第15話 元剣聖アラン・リートベルト
アラン・リートベルトは子供から大人まで知っているお伽噺の人物である。剣聖の冒険物語は俺も何度も読んだことがあり、ワクワクドキドキしながら本を捲っていた記憶がある。そんな剣聖アランは実在する人物である。隠居してからはほとんど目立つようなことはしていないし、後進に道を譲って田舎に戻ってひっそりと暮らしていた。そんな田舎町で小さな剣術道場を開いて小さな子どもたちに剣の道を説いていた。その中の一人がロジーナ・ペルセウスである。ロジーナの剣は実直、素直が取り柄の真っ直ぐな正統派の剛剣であった。アランはそんなロジーナを孫のように可愛がり、そして剣の師匠として厳しく鍛えたのである。現剣聖は水のように流れ、柳のようにしなやかな柔の剣を使う。その剣が悪いというわけではないが、アランはやはり剛の剣こそが剣聖にはふさわしいと心では思っており、いつかはロジーナを晴れやかな舞台に送り出してやりたいと厳しくも心を込めて彼女の剣、そして彼女の心を育てた。彼女もそれに応え修行に励んでいたが、彼女の剣が大陸中に広まってきた頃から、彼女が女であることを理由に、女の剣なんぞとか、女とは剣を交えることはできぬとかそんな声が多く聞こえてくるようになり、それを疎ましく思った彼女は表舞台から姿を消したのだ。
アランはそれに心を痛め、薄汚れたこの世界にはワシの剣を理解できる者はおらんと言って、人を避けるようにロジーナを連れて山に篭ったのだった。
それから数年の後、ロジーナは山を下り俺の師匠となる。俺が人生を繰り返す中でロジーナの剣に魅せられ、父と母に我儘を言ってなんとか俺の師匠になってもらえるように説得してもらったのだ。
その際、ロジーナの師であるアランも山を下り、王都において再び剣術道場を開場。性別にとらわれず、種族にとらわれず、身分にとらわれず、紛れの無い剣の強さ、嘘偽りのない剣筋、澄み切った心を持つものを対象とした、アランの人生そのものを体現したような剣を学ぶ道場である。
この旅において、王都で世話になる道場はアランの道場である。この道場に通う者であれば、変に遺恨を残すこともないだろうとのロジーナの考えにより決定した。
「師匠、この度は対流稽古を承諾頂きありがとうございます」
ロジーナがいつもとは異なり、礼節をわきまえた言動をとっており、俺は笑いを堪えるのに必死だ。
「今回はお前が育てているという子供を鍛えると言うことだが、そこにいる子のことかね?」
アランは俺の方を見て少し目を細める。
「はい、けんせいアランさま。プラタス・バンクールともうします。どうぞごしどうをおねがいいたします」
俺もロジーナに習い、丁寧に挨拶をする。
「カッカッ!ワシはもう剣聖ではないわ。何十年も前に隠居しておる」
アランは快活に笑うと俺の方を見ながらロジーナに尋ねる。
「ロジーナよ。プラタスはある意味で完成しているように見えるがどうだ?」
それに対してロジーナも応答する。
「はい、プラタスは体の強さはまだまだ向上すると考えておりますが、技術的には既に私と同レベルにあります」
それを聞いてアランはフームと少し悩むような素振りを見せる。
「となると、その先にはワシの剣があるわけだが、まだ子供の筋力では技術を学ぶことすら難しいであろう」
眉間にシワを寄せて宙を睨む。
「そのように思いますので、完成の域にあるこの技術を一旦壊し、師匠と修行することで新たな剣に導くことができないかと考えております」
ロジーナは自分の考えていることをスラスラと述べる。正直脳筋だと思っていたので驚いている。
「ワシの剣とお前の剣、同じ技術を元にした剣であるにも関わらず、新しい剣の可能性をお前は感じるのだな?」
アランが鋭い視線でロジーナを見る。
「はい、プラタスにはその才があると私は思っています」
アランは目をつぶって腕を組み、その言葉を噛み締めてから
「わかった。まずはやってみよう。やらずに諦めているのはワシの剣にあらず」
アランは心を決めたように俺に向き合う。
「プラタスよ、いつまでかかるかワシにもわからないが、事を成すまで必死に研鑽せよ」
そう言うとロジーナに向かって
「ワシはこいつに修行をつける。お前はこの道場に通っている門徒に剣術を教えておけ」
有無を言わさずにそう言うと俺を連れて道場の外に出る。
「久方ぶりに楽しくなってきたな」
そう言って俺に笑いかけると、
「ついてこい」
と言って走り出すのであった。




