第13話 王宮魔術師①
王城には王族直属の魔術師がいる。彼らを王宮魔術師と呼び、魔術研究をする部隊や、魔術戦闘に特化した部隊などその性質によりわけられたいくつかの部隊を構成している。その中でもスピカ師匠の同窓生であるナタリー・トゥエルノは魔術研究の若き天才と呼ばれており、魔術研究師団の中でも高位の聖級第三位に最年少で上り詰めた人物である。前世で俺が勇者として王都に来たときには聖級第一位となっており、転移魔法の研究を行っていたと記憶しているが、その研究は完全に秘匿されており、俺も詳細を知ることはできなかった。
この時代ではまだ転移魔法には関わっておらず、空間と時間の魔法を専門にしているようだ。
王城の中の1室、彼女の研究室にて俺はスピカから紹介された。
「プラタス・バンクールです。どうぞよろしくおねがいします」
丁寧に、かつ子供っぽさを演出し挨拶をする。
「ふむ。ふむふむふむ。私はナタリーだ。よろしくな」
珍しいものでも見るように、俺のことを見つめている。
スピカが笑いながらナタリーを諌める。
「ナタリー、プラタスさんの魔力に興味があるからと言って、そんなにジロジロと見るものではありませんよ」
ナタリーは頭をクシャクシャっとかき上げながら
「ああ、済まない。魔力の質もそうだが、量に関しても申し分ない。そして普段から魔力を自然と練っている子供なんていないからな。意識を奪われてしまった」
ナタリーは悪びれる様子もなく、相変わらず俺のことを珍しそうに眺める。
「あなたは魔法のことになると見境がないですからね」
スピカはもう諦めたようにナタリーに話しかける。
「お前だって学生の頃は似たようなもんだっただろう。魔力で人を判断していたのは」
意外とスピカは魔力至上主義だったんだな。
「誰しも若い頃は勘違いするものです。私はちゃんと魔力だけではなく、その方全体を見て判断することができるようになりましたよ」
スピカもやはり魔法バカであったことは間違いないらしい。
「それにしてもプラタスの魔力はムダがなく研ぎ澄まされているな。お前の教育の成果か?」
ナタリーは俺の魔力についてスピカに尋ねる。
「プラタスさんは私と会う前から魔力がかなり洗練されていました。なので私は魔力というよりは魔法の成り立ちや考え方を教える方が多いですね」
どうやら俺に何を教えるかと言うことをナタリーは考えているようだ。
「そうだな。魔力の使い方については既に身につけているだろうし、スピカお得意の魔法感情論は教わっているだろうから、あたしは魔法理論を教えるとしようかな」
ナタリーは俺への教育方針を決めたようだ。
「はい、ごきょうじゅよろしくおねがいいたします」
さあ、どんな新しいことが飛び出してくるのか。俺はワクワクしながらナタリーの授業を聞く。
「今あたしが研究しているのは空間の固定化と固定空間の時間操作についてだ。その基礎となる魔法陣は結界魔法と加速魔法となる。プラタスは使えるかな?」
俺は座ったままの状態で結界魔法と加速魔法を同時に行使する。
「なっ!おい、どうなっている?スピカ、お前は何を教えたんだ!」
ナタリーが相当慌てている。何かまずいことでもしたか?こんな魔法たいしたもんじゃないと思うが。
「ナタリーから見ても普通じゃないですよね」
クスクスと笑いながらスピカは説明を始める。
「プラタスさんは、私が魔法を教える前から頭に術式を思い浮かべるだけで魔法陣を構築できていました。なので同時発動に制限がありません」
通常は手を使って簡便に魔法陣を描くので魔法の行使にタイムラグが生じる。発動の時間はいくらでも揃えられるから、魔法陣を構築しておけばいくらでも同時行使できるのだが、魔法陣を描き出すのに時間がかかるためそこに時間が取られるのだ。特に強大な魔法を行使する場合、その魔法陣も複雑になり、描き出すのにかなりの時間要する為、魔法師は後方にて守られながら戦うのだ。
加速魔法は大したことはないが、結界魔法はそれなりに魔法陣の情報量が多く、先程のスピードでは発動できない。それを一瞬で2つの魔法を発動したことに驚いているのだろう。
「頭に思い描くだけで魔法陣を構築できるなんて聖級魔法師でもなければ難しいだろう。末恐ろしい子供だな」
ナタリーは憧れにも似た眼差しで俺を眺める。
「それで、この2つのまほうがどのようにむすびつくのでしょう?」
1人会話に入れていない俺は、ナタリーに先を促す。
「あぁ、すまなかったな。ちょっと驚いてしまって」
そう謝るとナタリーは講義を進めていく。
「結界魔法は何か物質や魔物、呪いの類を縛ったり保護したりできる多用途な魔法だが、そこにはもちろん空間も含まれている。そこで縛る対象を空間に限定した魔術式を魔法陣に組み込めば、その空間を固定することが可能だ」
ふむ。当たり前のようでなかなか目の付け所が違うな。確かにその方法なら空間を切り取ることが可能かもしれない。
「でも、そのくうかんをしばってどうするのですか?そこからはうごかせないでしょうし、ただのおおきいはこをつくっただけでしょう」
疑問に思ったことをナタリーにぶつける。
「そうだな。このままでは理論的に面白くても実用性がない」
ナタリーは学者らしくそのことをちゃんと認める。
「ただ、ここに対して加速魔法、この場合は遅延魔法のほうがわかりやすいかもしれないが、この空間に対して遅延魔法を重ねがけする」
俺は先程描いた加速の魔法陣を一旦破棄し、遅延魔法を空間に対して発動する。見た目では何も変わったようには見えないが、ナタリーは微笑みながら
「ちょっと見ていろ」
と言って俺の空間魔法の条件を書き換え、物質の通過を可能にした。
「今ここには時間の流れが遅くなった空間が存在する。そこにこの球体を投げ入れるとどうなるか」
ナタリーがその空間に向かって球体を投げ込むと、空間にはいった瞬間にその球体の速度が急激に失われた。
「わー。すごいですね!このくうかんぜんぶがちえんまほうのえいきょうかにあるということですか」
俺が驚いていることに満足そうに頷くと、ナタリーは更に研究成果をお披露目しようとする。
「今は2つの魔法を組み合わせたが、時間操作の魔法陣の中に結界魔法での空間の座標を規定し、1つの魔法陣で完結させることもできるだろう」
そう言うとナタリーは手のひらサイズの空間を切り取り、その中に花瓶に生けてあった切り花を入れる。そうするとその花はみるみるうちに枯れ果ててしまった。
「このように結界魔法を応用すれば様々な組み合わせで多くのことができるようになる」
ナタリーは自慢げに説明する。
「このくうかんをじゆうにだしいれできたらべんりになりそうですね」
俺はいつも通り率直な感想を述べる。
「それは面白い発想だな!!」
ナタリーはうーんうーんとうなりながらブツブツと思考の海に沈んでしまった。
「こうなってしまったら今日はもう無駄ですね」
スピカは苦笑しながら外を眺める。
「そろそろいい時間になりましたし、また明日にしましょうか」
ナタリーはきっと夜まで戻っては来ないだろう。
「そうですね。それでは、ナタリーせんせい、ありがとうございました。またあしたよろしくおねがいします」
そう言うとナタリーは、あーとかうーとか言いながら奥のスペースに引き篭もっていく。
「あれでは今日は徹夜することになりそうですね」
スピカは懐かしそうにナタリーのことを見つめている。
「さあ帰りましょうか」
スピカはそう言うと俺を連れて研究室を後にした。
「いろいろとすごいかたでしたね」
俺はナタリーに好感を抱いた。俺の方でも空間魔法の持ち歩きについて明日まで考えてみる。
「あの子は学生の頃からあーなのですよ。魔法のことになると周りが見えなくなっちゃって」
スピカが苦笑しながら王城の1画を見つめている。
「でも、今のプラタスさんにはあのようなタイプの学者が刺激を与えてくれるんじゃないかと思いまして、今回は連れて来させていただきました」
スピカは俺の成長のことを第一に考えてくれる。
「ありがとうございます。スピカししょう。あしたもたのしみです」
俺はそう言うと、王都での我が家に向かって歩き出す。
初日からだいぶ濃厚な内容だったな。残りの期間も濃密に過ごせるといいな。明日からの王都での生活に思いを馳せながら、家路へと向かうのてあった。




