僕が得た"力"と僕が持つ勇気
「はっはっはっ。しかし、まさか勝ってしまうとは思っていなかったな!」
コボルトの族長、バーナードさんが豪快に笑う。その後ろには何とも悔しそうな顔のハスキーさんと、必死に笑いを堪える金色毛のゴールドさん。
広場から場所が変わって、今はまた族長の部屋で僕たちは顔を向き合わせている。
「むう・・・。それについては僕も同意見だけど、そもそもバーナードさんは何を確かめたくて僕とハスキーさんを戦わせたの?危うく死ぬところだったじゃないか」
結果的に僕が勝ったから良かったものの、何かひとつでも間違っていたら今ごろ僕のお腹はとても風通しが良くなっていたことだろう。
「ハスキーを焚き付けて"技"を使うよう仕向けたのはシダ殿であろう?儂はヒーラー殿のような御仁にあそこまで言わせる貴殿の知恵と度胸を試したかっただけだったんだがな。ある程度で止めようとは思っていたぞ?」
「・・・どこまで本当なんだか・・・」
それならそうとハスキーさんにも言っとくべきじゃない?あの人は絶対に本気だったよね。最後の突進なんて来ると分かっていても、かなり恐かったし。
「はっはっはっ。・・・しかし、よくハスキーの技を躱せたな。まるで使う技を知っていたようだったが・・・」
むむ。族長をしているだけはある。なかなか鋭い。
「ん~、それにはちょっと秘密があってね・・・」
チラリと横目でヒーラー様の顔を窺う。僕は話しちゃってもいいかな?と思っているけど、一応他種族の族長さんだからね。秘密にするべきこともあると思うし。その当たりの駆け引きはヒーラー様のほうが得意そうだったから。
「ふふ。私は良いと思いますよ。貴方の思うままに」
ヒーラー様はそう優しく微笑む。となりのメイ爺やハントさん達も、無言で頷いてくれた。
「皆もいいみたいだし、よしっ!特別に教えてしんぜよう!」
腕を組みめいっぱい胸を反らす。どこかからプッと笑いを堪える音が聴こえた。・・・誰だ?笑ったの。正面のバーナードさんは楽しそうな顔をしているし、ハスキーさんは自分が負けた理由を聞けるとあってうつ向いていた顔を上げて真剣な眼差しだし、ゴールドさんはちょっと驚いた顔をしている。てことは、僕の視界に入ってない人だろうから・・・、きっとホブおじさんだな?あとで覚えてろよ。
「ごほんっ!え~っ、僕が勝てた理由。それはバーナードさんが言うように、ハスキーさんが使うだろう技を知っていたからなんだ」
「・・・お前はどこかで俺の技を見たことがあるのか?」
ハスキーさんが疑わしい表情を僕に向ける。
「ううん。見たことも聞いたこともないよ」
「では、何故──」
僕が手に入れた"能力"。どういうものかはまだよく分かってないけど、僕に色んな知恵と方法を教えてくれるあの"明かり"──
「それは僕の能力、『説明書』のおかげなんだ」
説明書──
それは、ヒーラー様の癒しの力のように傷を直したり、トラップさんの罠を仕掛ける能力みたいな特別な力はない。もちろんハスキーさんが使った技のような直接的な攻撃力もない。
ただ、僕に何かを教えてくれるだけ──
それは、これまでになかった触媒を使って新たなゴブリンを生みだしたり、命の資源を多く使うことで能力値や能力を強化した。
また、倒した相手や同意を得られた他種族の魔物と同盟を組めることを教えてくれたり、まったく知りもしないコボルトの技を教えてくれたりした。
僕が・・・僕たちゴブリンが、人間によって散々にやられ、絶滅寸前まで数を減らされてしまった状況で、こうして数を増やし、力を付け、コボルトとの同盟を結べたのも、ハスキーさんが使うだろう技を知ってたのも、すべてこの"能力"のおかげだった。
"能力"とは、ゴブリン族は基本的に生誕の祭壇に何かしらの触媒を捧げることによって、特殊な進化をして身につけるものだと、説明書もそう教えてくれている。
ゴブリンの進化先には、『ヒーラー』『ホブ』『ハンター』『トラッパー』『メイジ』の5つがあるようで、僕たちはひととおり全部揃えてるわけだけど、どの進化をしても説明書なんて能力を覚える職業はない。
ちなみにコボルトはゴブリンの様に触媒は使わず、子供として産まれたコボルトが成長する過程で自分の役割を決め、経験を積むことによってその武器種や役割に応じた技を覚えていくようだ。
種族が違うとこうも違うもんなんだと驚いた。でも、なんでかコボルトの集落にも"生誕の祭壇"があるんだよね・・・。
「──つまりは、全部この便利な"能力"のおかげってわけ。ハスキーさんが使える技なんて最初は知らなかったけど、まぁ途中でズルしたってわけ」
この能力がなかったら、僕なんてただの非力なゴブリンでしかない。──運がよかったって言葉で済むような話ではないけど、それが真実だ。僕は決してヒーラー様につけてもらった『シダ』の名に見合った、ゴブリンの神さまのような存在ではないのだ。
「・・・そんな力を持っていたとはな。それではハスキーも負けるわけだ。やはりシダ殿はその名に見合った強者だったようだな」
「いやいや。ただ単に知ってたのを隠して騙しただけで、ズルして運よく勝っただけだよ。僕が強いだなんてそんなことは──」
そう──僕にはこの力以外、何もできることはない。やっぱりゴブリンの族長的な立場には、ヒーラー様のような人が相応しい。
「果たして、それはどうかな?」
「えっ・・・」
僕の言葉を遮ってバーナードさんが、なんとも愉しそうな視線をこちらに向ける。
「何の技を使うかを知っていたとしても、それに対しての策を考え行動に移したのはシダ殿だろう?それに、聞けば鉱脈争いのときにも5倍もの敵を相手に恐れもせず、的確に罠を仕掛け見事打ち破ったのもシダ殿の案だったと聞いたが、それらは果たして知識だけで出来るものなのか?」
「そ、それは・・・ほら、コボルトの槍使いが使える技は3種類だし、そのうちのひとつは覚えるのに特殊な条件が必要みたいだから、見た感じハスキーさんがその技を覚えているようには見えなかったし残りの2つの技で使ってきそうだったのは、もうひとつの範囲攻撃技より突進系の技だろうなと思っただけで──」
「そう──判断したのは結局はシダ殿だろう?ハスキーが使うだろう技を的確に読み取ったこともそうだが、来る技が分かるだけではそれに立ち向かえまい。自分の判断を信じて進める勇気があったから、シダ殿は勝つことが出来たのだ」
勇気──
僕は説明書が教えてくれるままに作戦を立てそれを実行しただけ──だと思っていた。僕が弱いただのゴブリンなことは確かだし、鉱脈のときも皆がいたから勝つことができた。
でも、思えば誰も僕が言ったことに疑問を持たないで信じて戦ってくれていた。同盟に関してもヒーラー様も、皆も、コボルトたちさえも、僕を信じて行動してくれた。
「知識はあるだけではただの情報でしかない。それをどう活かすか、どう力に変えるかはそれを使う者の勇気次第。シダ殿はゴブリン達の"神"ではなく、示し導く"勇"あるもの──『ゴブリンヒーロー』なのかもしれんの」
勇者?僕がゴブリンのヒーロー?
「ふふ。貴方にぴったりの役割ですね」
ヒーラー様も、皆も、コボルトたちも。皆その言葉に深く頷いていた──