脚本のない運命
(……背中の羽、やっぱり飾りじゃないよね………)
目の前のカレンに生えている羽は前に一回だけ見たことがある。眠らされて連れていかれた変な部屋……あそこにいる時は確か、『本体』が近くにあるから本来の姿に近いとか……ってことは、この舞台の近くに……?
(そうか、よく考えたらあのカレンの体は身代わりみたいなものだった……アレを倒しても、本体をどうにかしないと意味無い)
まあ、その本体がどこにあるだとかどんな姿だとか、何も知らないけど。
(とにかく今は目の前に集中……!)
「ふふ……固まって、どうしたのかしら……深淵の闇からいでしワタシの姿に見とれて、戦う気すら消え去った……」
「なんて自惚れ……背中の皮膚突破って気持ち悪い血垂れ流しながら虫みたいな羽生やす人間のどこか美しの……! わたしには理解できないよ……! まだまだ戦うし!」
カレンが見上げるくらいの高さを浮遊してても関係ない。膝を少し曲げ、強く地面をければ今のわたしは高く飛ぶことだってできる。
「……ふふ、所詮は単なる跳躍……神秘の羽で舞うワタシには遠く及ばない……」
わたしが高く飛ぶと、カレンはニヤニヤと笑いながらスーッと後ろに下がる。たしかに、羽も浮力もない今のわたしにはそんな動きはできない。出来ないけど……!
「それはどうかな!」
最高点に達する前に、わざとらしく、観客席にまで聞こえるような大声で叫ぶ。すると予想通り、イブとルナが反応する。
「くっくっくっ……堕落した愚かな神に見せてやれ……型破りの貴様の戦う姿……!」
「何考えてるか知らねーけど、絶対失敗するなよ!!」
「……ふっ、任せて…………」
(………いや、嘘)
本当は何も考えてない。高く飛べばカレンに届くし、なんとかなると思ったけど、剣を振っても届かない位置にまで距離を取れらたら何も出来ない。下から魔法を撃つのは多分隙だらけになるし、かと言って最高点に達した一瞬で魔法を撃つのは狙いが定まらない。当然、わたしは空中で移動なんて出来ないからこのままだと下に降りるだけ。でも、それこそ隙だらけになる。威勢だけで何か策があるかのように見せたけど、カレンは表情を変えずにわたしを見ているだけで、動揺もしていない。
「ふふ……翼のない人間は地べたを這い回り天に座す神に刺される……これが舞台の結末、閉幕よ……」
(……そう、このまま落下したら着地の瞬間を狙われてそうなるに決まってる。それなら、最高点に達する前に、なにか………)
あと0.5秒くらいしかない。視界の中にあるもので使えそうかもの……かつてないくらいの速さで、一瞬で思考をめぐらす。メルの前でモンスターを倒した時にやった、魔法の力で無理やり方向転換……でも、それをやると一瞬とはいえ背中をカレンに対して晒す。そんなことしたら、きっと貫かれる。手だけ後ろに回して風の魔法を……できるかな、そんな器用なこと。目視なしで魔法なんて試したこともない。いや、…………やったことないなら、できる可能性もある! やる!
「舞台に渦巻く気高き旋風……わたしの力になって!」
剣を持ってない方の手をできるだけ後ろ側に回し、片手で魔法を放つ。手のひらから放たれた風の魔法は、その反動で空中のわたしの体を前に押し出す。
(いけた!)
その直線方向にはカレン。わたしが剣を突き出してカレンに向かって突っ込むと、カレンは避けることも人工遺物を呼び出すこともしないで、その場にただ、浮遊していた。つまり………
「……あ」
「………ふふ」
これまでに感じたことのない、不快感の極めて強い感触。わたしの手にした剣はカレンの胸部を貫いていた。カレンを貫いたわたしの剣は、わたしの手を離れ舞台上に落下する。それから少し遅れ、わたしも着地……目の前……というか、眼下には鋭利な剣で貫かれ、気持ちの悪い血液をとめどなく流して倒れるカレンの姿。
「………うっ」
「ユイ!! おまえ……やるな〜」
観客席でイブがまた叫ぶ。
「う、うるさい……」
(さすがに、ちょっと気分悪いな……)
本気で殺す気でいた相手とはいえ、こうなると……ちょっと。申し訳ないとか、可哀想とかは全く思わないけど、さっきのあの感触……もう二度と味わいたくない。忘れたくても忘れなれない。
「自らの刃で他者を貫く……くっくっくっ……これで貴様も我と同じ道の上だ」
「ユイちゃんと犯罪者一緒にしないでください! これは仕方の無いことなんですから……」
(喧嘩………わたしの事で争わないで……)
カレン……結局、なんだったの? 動かないし、本体らしき気配もどこにも感じない。実は本体ってのは嘘だったり。
「ねえユイちゃん。カレンちゃんは……」
「ん?」
観客席からスティアがなにか言おうとすると、それを遮りナナミが遠くの席からよく通る声で言う。
「……もしもほんとにこれで終わりと言うならば、それはワタクシも流石に興醒め……あまりに期待外れでございます。世界を超えて真なる神になろうという箱庭の神が果たしてこの程度で朽ちるのか……。舞台の幕は以前あがったばかりでございます。ここらでそろそろ、真打登場……と。」
「……さすがにこれで終わるわけない……か」
観客席の方からカレンの方に視線を戻すと、倒れたカレンは少しだけ動いていて、よく見ると溢れ出た血液も消滅している。ゆっくりと剣を抜いてみると、貫かれたはずの胸は傷一つ無く、それはそれとして服がすこし破れてて別の意味でちょっと危ない感じになってる。
(……これで普通の人間だったら……それこそ、神がかってるレベルの超美人だったのに)
なんて、くだらないことを考えてられる時間はすぐに終わった。倒れたカレンは背中の羽を激しく揺らし、少しだけ浮遊した。相変わらず体の方は意識のないように見えるけど…
「……邪悪に染まった神にトドメを……目覚めて、わたしの中の光と雷……! 制裁」
でも、その魔法は放てなかった。わたしが言葉を紡終わる前に、現れた……目覚めてしまった、カレンの本体が。




