神のみぞ知る
セリフが長くなってしまいました。お喋りが好きな女神様のようです……。
(あ、まだ本題じゃなかったんだ……)
と、言おうか言わないか迷っていると、女神が言う。
「今のはほんの前座でございます、これより語るは真なる創世神話……ワタクシが知りうる限るのことを全てお伝えする……ともいかないのが世の運命。しかし言えることだけは存分にお伝え致しましょう。さて、こちらへ」
言い終わると、女神はわたしの手を引いて山頂へ向かう。かわいらしい女の子なのは外見だけなのか、その力はかなり強い。
(見た目も自由に変えられそうだし、当てになるわけないよね)
山頂まで戻ると、女神は何も気にすることなく地面に座る。少し躊躇ったけど、仕方なくわたしも正面に座ることにする。目線を遠くに向けると、遥か下には荒野がみえる。
「あ、そうだ……名前ないの? 呼びにくい……」
「名前……それもまた千差万別。ワタクシの呼び名は世界が違えばそれも変わり、またある時は同じ世界の中ですら変わることすらございます。故に、決まった呼び名もございません……なのでどうぞお好きなようにお呼びくださいな。」
(絶対的な神……とすれば最高神だけど、それは男神だし……となればその妻の……いや、それもなんか違うか……うーん……)
そもそも、既存の神の名前を当てはめる……いや、ちょっと待ってよ。
「ねえ、ありとあらゆる世界に干渉できて、そのほとんどの世界で存在を認知されてるなら……わたしがいた世界ではなんて呼ばれてたの? その呼び方でいい気がするし」
すると、女神はわざとらしく笑って言う。
「はっはっはっ、確かにそれはご最も。お嬢さんがいた世界でも当然ワタクシは名前を貰い受けておりました。その名前はワタクシの頭の中で残響のように存在しております。しかしそれを用いてワタクシを呼ぶのは困難極まること。特に呼びたい名前が無いと言うならば、お嬢さんの生前の名前をお借りしてナナミとでも名乗ろうかと思う次第でございます。」
「別にいいけど……じゃ、よろしくね、ナナミ。」
(納得はしないけどね!)
名前も決まったところで、ナナミは改めて話し出す。
「お嬢さんからすれば気になることはごまんとあるはず。その一つ一つを鮮明に明かしたくても、そうは問屋が卸さない。故に必要なことを、できるだけ簡潔に伝えたい次第でして。さて、それでは改めて。これより語るは宇宙創成原初開闢に迫らんとする叡智の物語。一言すらもお聴き逃しのないように。」
「はぁ……」
どうにもノリがわからない。ふざけてるって訳じゃなさそうだけど、イマイチ信用出来ない。
「既にご存知のことと思いですが、この世界に生きる人間を作ったのは、かの虚神……カレンでございます。しかし世界創世はまた別のお話。まずはそこからお話致しましょう。」
ナナミは右手で地面を軽く叩きながら喋る。
「それ、気になってた。カレンが人間を作った女神なのに、ナナミは世界創世……分業制なの?」
「あいや、そもそものスケールの違いでございます。カレンは所詮この世界の女神にすぎません。言うならば箱庭の中でだけの全能。それに対してワタクシは、その箱庭の外……全ての世界の女神。全ての世界や宇宙、更にはそれらを凌駕した高次元もワタクシの産物。お嬢さんの世界の宇宙創成ビックバンもワタクシの力でして。世界を作った順番はあれど、どの世界が一番、といった優先順はございません。ワタクシから見ればどの世界も可愛いわが子のようなもの。ないがしろになどできようもありません。」
「……?」
ツラツラと語られても、全然何言ってるか分からない。
「世界を作れるワタクシからすれば、その世界に囚われるだけの箱庭の女神を作ることも造作もないことでございます。何が言いたいかといえば、世界を作るのはいいのですが、その世界の行く末を見守ったり、管理したり……手が回らないわけでございます。故に、ワタクシはその世界の形が安定したところで、その世界のための女神を作るわけでございます。それがカレン……スティアと名乗っていた女神というわけです。」
「なんか無責任……管理出来ないのに世界をどんどん作るの酷くない?」
わたしが思ったままのことを素直に聞くと、ナナミは嫌な顔もしないで笑って答える。
「確かに確かに、真っ当な人間であるならそのような感覚であるのが正常。しかし、そのような感情論だけではどうにもならんこともあるのです。世界が存在して、その世界それぞれに活気がないとならんのです。そうしないとワタクシが消滅して、全ての世界が消えてしまう……それが理というもの。故に、世界を作り続け、それぞれの神に管理を任せるんでして。」
「あ〜……なんかもうなんでもいいや……とりあえず、カレンを何とかする方法教えてよ」
宇宙の生まれた時の話とか、ナナミの事情とか知ったことじゃない。そんなスケールの大きい話、どうでもいい。
「どうにか……しかし実は簡単な話では無いんです。この世界は既にワタクシが管理を離れた上に、カレンは自らの力を一度手放し、今再び力を手にしようとしております。これがなかなかに厄介でして。ワタクシだけでなく、神を超える程の力をもつお嬢さんや、世界を守り抜く最強の勇者、叡智を受け継ぐ戦姫、究極に至る二刀の狂戦士、虚構の神の名を持つ偽りの神、皆が力を合わせようが止められるかは未知数。それに力を合わせることが可能かもわかりません。幸いにして、カレンが行動を起こすにはまだ時間があるようでして。その間、お嬢さんには……」
ナナミはそこで一旦言葉を区切り、頭を軽く叩いてから続きを言う。
「お嬢さんの元に集う、バラバラの因果をまとめて欲しいですな。今のままでは力を発揮することが出来ない。手を取り合うべき相手同士でいがみ合っては守れるものも守れません。…………そのように、露骨に嫌そうな顔をされましてもね。」
ナナミは珍しく困り顔で、とぼけたようなポーズで言う。どこまで本気なんだかこの女神……
「そりゃあ顔にも出るよ。だって、要するに……イブとかルナとかスティア、みんなで仲良くしろって話でしょ? そんなの無理だよ、だったらまだ今すぐゴッドランク目指せとかの方が出来る。あんな……個性が溢れてぶつかり合うキワモノのみんなを仲良くとか……女神でも無理だよ、そんなの。」
(そもそもルナは敵対してるし……)
わたしが悩んでると、ナナミは立ち上がり、空を見上げ言う。
「勇者イブはお嬢さん達に嘘をついた。見てのとおり、ここには世界を脅かす邪悪な存在なんていやしません。ならばどうして、そんなことを言ってまで彼女はここを目指すのか? それは己のため、祖国のためでございます。『世界創世の女神』がいるとまではわからずとも、彼女の国の知識あるものはこの山にワタクシが居ることに気がついたのかもしれません。そして、詳細は伏せさせていただきますが、彼女の国もまた、問題を抱えている。勇者イブはそれを解決するため、この地を目指すために国を巻き込み嘘をつき、ギルドを訪れた。それは単なる偶然か、はたまたお嬢さんが紡ぐ摩訶不思議な因果なのか……」
「いきなりなに?」
ナナミは空を見たまま続ける。
「人は誰しも言えないことや後ろめたいことを抱えて生きるものでございます。全ての因果をひとつにまとめるならば、それらの秘密を共有できるほどに密接になるべきなんです。ええしかし、それは容易ではない。とは言え……お嬢さんに与えられたその力……女性のみを虜にする力があれば不可能なことなどあるはずもない。ということで、しばしの間ワタクシは見守らせていただきます。幸い、この世界、この場所は意心地が良いのです。どうしてか、ギルドはここを実質的な立ち入り禁止区域にし、この世界の人々はワタクシを認知していない。こんなに素晴らしい場所は他にはございません。と、言ったところで本日はお別れの時間。またいずれ会いましょう。ではでは、これにて閉幕。」
ナナミは幕が閉じるような手振りをして、話を終わらせようとする。
「え、ちょっと……最後に一つだけ聞きたい!」
「おや?」
「ナナミが本当に創世の女神なら……! 前に図書館で読んだ。今の時代……アルカディア歴って呼ばれる時代より以前の文明は不明だって。でも、その時代に存在したとされる、オーバーテクノロジーのようなもの……オーパーツ。それってなんなの? この世界の人が知らない、知らされていないだけで、大昔には何があったの? 」
(思い返せば、大規模な戦争があったととも書いてあった……カレンが人を見捨てたのは、それだったりするのかな……。それに、それだけじゃない。オーリン教会に語られる歴史とか、ギルドやお城の成り立ちとか……ありとあらゆる要素が微妙に噛み合ってない気がする。至る所に矛盾がある。何が正しいのか……わからない)
わたしの問に、ナナミは顔を背けて答える。
「無粋な質問でございます。世界の謎とは人類の叡智が行き着く果の、世の神秘。それを森羅万象を知る女神に尋ねるなど笑止千万。とても答えることは出来ませんな。世界を巡り、歴史を辿れば深淵の答えにたどり着くヒントは無数にあるはず……ワタクシが言えるのはこれだけでございます。では、これにて失礼」
「そんなぁ……まってよ……」
女神ってのはみんな自分勝手なのか、わたしの言葉なんて聞かないで姿を消してしまった。それと同時に、急激に眠くなる。…………まったく、ろくでもないよどの女神も。
(………あっ)
眠くなって、意識が遠くなるなかあることに気がついた。それは、前に少しだけ感じていた違和感の正体。いま、自分で思考したことにこそその違和感はあった。
(ズレてる……)
かつて起きた大きな戦争がきっかけでカレンが人間を見捨てた……それはありえないんだ。戦争は今から500年以上も前で、オーリン教ができた……つまり、カレンが人間に接触してたのは400年ほどまえ……つまり、大きな戦争以上に、その400年でなにか人間を見捨てることでもあった……
(だめだ……)
もう考えられない。意識は混濁して、沼の中。掴みかけた『なにか』も、その中に飲まれて、手から離れていってしまう……




