オーリン教会
(このひと…………)
どう考えても目は見えていないのにわたしのことがわかるなんて………それに教会にいて、こんな格好をしていることを考えるとこの人は………。
「フィリア様、彼女はユイ。私がここまで案内をしました。」
(あ、エルザ………)
お祈りをする場所は、今わたしが立っている入口から見て、手前の方に長い椅子がいくつか置いてある。その奥に、大きいテーブルがあって、一番奥に祭壇と、その隣に扉がある。女の人はその祭壇の前にいて、エルザは横の扉から出てきた。
「そうでしょう……女神様の仰っていた通りです。さあユイさん、こちらへどうぞ………。」
「あ、はい」
流されるように、そのまま奥へ進む。エルザと並んでいると、エルザの方も聖職者にしか見えない。まあ聖職者は鎌なんて振り回さないけど……。
「この方はフィリア様。このオーリン教会の………というより、オーリン教の始祖たる方ですよ。」
「紫蘇?」
「……………………始まり、という意味です。」
「いや、ごめんて」
珍しく怒ったような顔をされた………そりゃそうだよね、自分が尊敬してる人をバカにされたようなもんだし………ごめん。
「エルザ、いいのです。……ところでユイさん。」
「は、はい!」
「オーリン教はご存知ですか?」
(不思議な人だ……)
ずっとわたしの方を見て喋っている。試しに少し移動してみても、ちゃんと顔をわたしの方に向ける。どう考えても見えてるわけないのにどうして……。
「オーリン教……ごめんなさい。知らないです。」
すると今度はエルザが言う。
「無理もないです。ユイは遠くから来たのですから。流石のオーリン教も、異国の地までは布教していませんよ。」
「そっか………」
(オーリン教………か)
どんな宗教なんだろう。エルザとフィリアさんの言い方からすると、恐らく『女神様』と呼ばれる存在の一神教かな?お墓があることを考えると、死に対する考え方は異質なものでもなさそう。ステンドグラスに刻まれている絵画のようなものは、何を示しているかはわからないけど……太陽や光を思わせるような赤や黄色の明るい色が多いから、そんな変わった考えもなさそうかも?
「教会の屋根の三本の槍はご覧になられましたか?」
「あ、はい」
「あれこそがわたくしたちオーリン教の女神様……『スティア』様を表現しております。」
(オーリン教、だけど女神の名前は別なんだ……)
「折角ですから、ユイにはオーリン教のことをお話したいのですが……どうですか?もちろん、ユイが興味が無いのなら無理にとは言いませんよ。」
「うーん………」
(あんまり興味無いし……)
「………エルザ。わたくしはこれからやらねばならないことがあります。この場はあなたに任せますので、ユイさんが帰る時はお見送りをお願いいたします。」
「かしこまりました………フィリア様。」
(あ、どっか行っちゃった……)
フィリアさんはそのまま教会の外に行ってしまった。髪の毛が地面に当たりそうできになる。さて……。
「どうしますか?」
「まあ……せっかくだし聞こうかな。あ、でもさ………その代わりって訳でもないけど、エルザのこともききたい!なんで冒険者になったのかとか、きになるし!」
「……そうですか。しかし………」
「ん、なに?」
「話すこと自体に抵抗はありません。ただ……いいのでしょうか?」
「いや、だから何が?」
エルザがなにを躊躇っているのか全く分からない。
「………私は冒険者ですが、ユイとは先日一度だけ同行しただけ。それが女神様のご意志ならと私は従いました………が、それはそこで終わったこと。ユイは私のことをどう思っているのでしょうか。そこまでして知りたいほど、友好的な関係とも言えな」
「えー!!!!!」
「な、なんでしょうか……」
ついついバカでかい声を出してエルザを驚かしてしまった。でも、だって……
「わたしはエルザのこと友達だと思ってたけど違うの!?」
「……っ」
(なんでそんなに驚いた顔するの……)
「そもそも、今日だってそっちから声かけてくれたし!仲良くないと思ってたらそんなことしないでしょ!?エルザがどう思うかは知らないけど、わたしは友達だと思ってるんだよ!………それとも、それも女神の意思で、自分の気持ちは関係ないの?」
「それは……」
「………………」
「………申し訳ございませんでした。私は……すこし、怖いのです。」
エルザはわたしから目を背けて言う。
「え、何が?」
「友達……仲間……私にとってそれは……」
(あ、これ踏み込んだらダメなやつだ)
「ご、ごめん!今のは無かったことにしてさ、オーリン教会とかのこと教えてよ!ね?」
さすがのわたしでもこれくらいは察することはできるよ。
「そうですね……そうしましょう。それでは、たって話すのもおかしいですし座りましょうか。」
「うん」
エルザと二人で、長い椅子に並んで座った。座ってみると、祭壇とかの位置がちょうどいい位置にあることがわかる。視界に入りやすい。
「オーリン教会はフィリア様が女神様から神託を受けて作り上げたのですよ。」
「………ってことはそんなに大昔からあるわけじゃないの?」
「いえ、オーリン教会はアルカディア歴600年頃から存在していました。」
(……………?)
フィリアさん何歳?
「………よくわからない」
「そもそも、ここライズヴェルを中心とした国家が設立したのはアルカディア歴590年……つまり、国ができて、その後すぐにオーリン教は誕生したのです。今はそれほどでもないですが、当時は国と教会で協力して政治を行っていたと聞きます。」
「なるほど……」
「そして、その時代に……初代のフィリア様がこの教会を作り、以降は補修や改修をしながらも、祭壇周りだけは当時のままを保っています。」
(………襲名制だった)
「具体的にはどんな教えとか考えの宗教なの?」
「『人はみな幸せであるべき』や『支え合うことで世界は平和になる』、『女神様はいつでも見守っていてくれているので、恥じない行動をするべき』など、当たり前のことですよ。フィリア様が女神様のお言葉をきき、それを私たちに伝える……そういうの形です。歴代のフィリア様はみな、誓約により目が見えない代わりに、女神様の声を聞くことができるのです。」
(なるほど……)
「そっか……その女神様はどんな神なの?」
「スティア様はまず、虚無の世界に原初の炎をともされました。その炎は明かりも熱もなかった漆黒の闇の世界に暖かさと光をもたらしました。そこから人間をはじめとした全ての生き物が生まれたのです。光も闇も、正義も悪も、正も負も、全てはそこから始まりました。」
「…………」
「その後、スティア様は世界を形づくる三本の槍を創造されました。ひとつは『平和』、ひとつは『愛』、そして………『怒り』。」
「ネガティブなもの……」
「きっとそれもメッセージなのでしょうね。しかし、それは私のような普通の人間には分かりません。フィリア様ならあるいは………」
(難しいな……)
宗教に触れてこない人生だったから、全然理解ができない。所謂神話なんだろうけど、難しい。
「………そして、そのスティア様の教えを信じるのがオーリン教です。理解できたでしょうか?」
「まあまあかな……でも、エルザはこの教会で働いてるわけじゃないんだよね?」
「ええ。オーリン教を信じてはいますが、私はただの信者の一人。訳あってここを手伝うことは多いですが、私には特別な力はありませんよ。」
エルザは少し俯いて、なにか思うことでもありそうに言う。
「そっか。」
「話はこれで終わりです……もし嫌でなかっから、また来てくださいね。」
「うん……」
(なんだろう……)
教会で喋っている時のエルザはなんだか別人のように感じる。普段から静かで優しそうな人ではあるけど、なんていうか……教会だと、喋り方とか、全体的に柔らかい雰囲気に包まれているような気がする。この前一緒に蟷螂龍を倒しに行った時は、もう少し硬い雰囲気で、付け入る隙もない感じだったのに……これが女神の力?
「じゃあわたし帰るね……ばいばい」
「それでは、ギルドまで一緒に……」
「いいよ、そんな……1人で歩くの嫌いじゃないしさ!」
中学生の頃とか3年間登下校1人でしたし。悲しいね。
「そうですか……では、また。」
「うん、またね。」
教会、悪くない雰囲気だった。またいこう。