人に歴史あり……と
「………その斧重くないの?」
前を歩くリズの背中にある、長くて両刃の大きい斧が気になって仕方ない。わたしの金属バットならまだしも、あの斧を背負って歩くとか、背筋バグってない?
「別になんてことないわよ。」
リズは振り返ることなく答える。
「へえ、見た目の割に軽い素材で出来てたりするの?」
「何言ってんのよ……素材が軽かったら武器としての威力が下がるでしょ?軽いわけないわよ。」
「??」
(何を言っているんだ………)
3秒で矛盾してますよ。
「あんた………ほんと何も知らないのね。」
「うん」
「あんたの持ってるその武器は元々の重さが大したこと無いかもしれないけど、普通の武器はもっと重いのよ。だから本来なら腰につけたり背中に背負ったりなんて出来るわけない………」
「だよね」
「でも、軽い武器作っても、武器種によっては威力が出せないでしょ? 斧もそうだけど、ハンマーとかなら尚更よ。」
(レイピアとか短剣なら軽く出来そうだけど、斧とかはまあ無理か……)
「だから、武器を作る時に『魔結晶』を武器の素材に使うのよ。」
「魔結晶………」
(なんかいきなりファンタジーなものでてきた………)
リズは背中の斧を手に取り、片手だけでそれを持って続けて喋る。
「この斧は持ち手の部分は木製…刃の部分は銅と鉄を混ぜて作っているわ。だから、本来ならこんなふうにあたしみたいな人が片手で持ち上げるなんて無理………でも、それを可能にするのが魔結晶ってわけ。あんたの住んでたところにはなかったの?」
「は、はじめてきいたかな………」
「あら、魔結晶がないなんてよっぽどな田舎から来たのね。」
「ぐぬぬ」
凄い煽りっぽい言い方で言われてしまった。
「ま、とにかく……魔結晶を混ぜる量によって、その武器の重さが変わるわ。ただ、魔結晶にも種類があって……軽くするものと、重くするものがあるの。」
「重くする?なんのため?」
「重撃を主体とする武器なら重くすればその分、威力はあがるのよ。でも、元の素材は変えたくないし、配分的に増やしたくもない……そう人もいるわ。そういう時に魔結晶を混ぜると、あたしも原理は知らないけど、元の素材の配分量のまま、重さだけ増えるのよ。あとは……魔結晶で軽くした場合、いくらかは本来より威力は下がっちゃうわね。それでも、この軽さでこの威力の武器は魔結晶無くしては作れないのよ。いい? ちゃんも理解したかしら?」
「大丈夫!」
「ふーん、そう………」
(あ、これ信じてないな………)
いや……ほんとに理解したし。原理は知らないけど、その魔結晶ってやつを武器に混ぜることで、重さと強さのバランスをいじられるんだね。例えば、鉄と銅を50%ずつ混ぜた武器が2kgの重さになるところに、重くなる魔結晶を入れれば鉄と銅50%ずつ、なおかつ鉄と銅の総量は変わらずに、重さだけ4kgになるとか………でしょ? なんか質量のとかエネルギーの概念ぶっ壊れそうだけど、本来ならありえない重さと威力の組み合わせもできる………と。ま、わたしには関係ないか。とりあえず、その魔結晶後からのおかげでリズの武器はみためほどおもくないけど、素材はちゃんと鉄やら銅が使われてるからそれなりの威力も保証されてる……と。
「ん、着いたわよ。今回の目的地。」
「お……綺麗………」
話しながら歩いてる間に、いつの間にかたどり着いていた。広い平原のなか、突如現れた広い湖。水は透き通っていて、小さい魚が泳いでいる。周りには少しだけしも生えていて、このいい天気の下だとすごい気持ちがいい。
「それで、どんなモンスター倒すの?」
「見てればわかるわよ……ほら、あんたはあそこに岩の影から見てなさい。間違っても出てこないでよね。」
リズが指さす方を見ると、ちょうど隠れられそうないい岩がある。なるほど、あそこから見学だ。
「はーい………じゃ頑張ってね」
「言われなくてもわかってるわよ!」
そう言って、リズは斧を両手に持って湖の方を向いた。……もう話しかけない方がいいね。
(さて……何が出てくるんだろ)
――――――――――――――――
見学を初めてから10分くらい。未だに何も出てこない。その間も、リズはずっと斧を構えて、湖の方を見つめている。
(まだかな……)
もう少し待っても何も来なかったら一旦リズの方に行こうかな………なんて考えてたら、いきなり湖の中からなにか飛び出してきた。
「!」
「来たわね……!」
そのモンスターは、高く飛び上がったあと、地上に降りてきた。その姿は………
(…………かっこわるい)
その姿。大きい魚に、トカゲのような足としっぽをつけたような間抜けな姿。ウナハク、蟷螂龍もそうだけど、なんでこの世界のモンスターって微妙な姿してるんだ………。
「あんたなんか………すぐ倒してやるわ!」
リズは叫んだ後、斧を持って走り出した。そのまま一気に足元まで行き、前足を斧で切りつけた。
(うわうわうわ………)
足からは黒っぽい血が飛び出していて、ちょっとグロい………R15でよかったな………。
「まだよ!」
リズはそのまま振り向き、もう一方の前足も切りつけた。ふたつの部位を攻撃されたモンスターは、甲高い鳴き声を上げその場に倒れ、魚らしくじたばたと暴れだした。
(リズは強いのかな……)
と思ったのも束の間。暴れだしたモンスターのしっぽにぶつかり、リズは吹き飛ばされた。一応鎧はきてるけど、普通に痛そう。口の動きをみると何か言ってそうだけど、少し遠くに飛ばされたせいでわからない。
(大丈夫………かな)
今のわたしは岩の影から見守ることしか出来ない。リズは立ち上がって、また走り出しモンスターに近づいてきた。
「大人しくしてなさいよ……きゃっ!」
だけどまたすぐに吹き飛ばされた。今度はこっち側に飛ばされてきた。
「くっ……馬鹿みたいな見たい目のくせに………」
(それはわたしも思ってた)
その後も、リズは斧でモンスターを切りつけてはすぐに攻撃を受ける……を繰り返し、最終的に、何とかモンスターの討伐に成功したっぽい。モンスターが倒れて動かなくなったところで、わたしの方を見て手招きをした。
「倒した?」
近くに行き、モンスターをみながらきく。
「ふぅ……倒したわよ。もう動かないし、確認もしたわ。まったく、思ったよりしぶとくてたいへんだったわ……。」
リズの持っている斧と、着ている鎧はモンスターの血が着いて汚れている。リズ本人も、少し怪我していて自分の血も付いてそう。…………
「………ねえ」
「ん、なによ?」
「もしかしてさ………リズってあんまり強くない?」
「は………バカにしてんの!?」
「ちょ、斧持ったまま怒らないでよこわい………」
「さすがに人を切ったりなんてしないわよ………」
と言いつつ、リズは背中に斧をしまい、不機嫌そうに言う。
「なによ? あたしが弱く見えたかしら?」
「弱く見えたって言うか………戦い方がちょっと…………」
「あんたがあたしにアドバイスできることなんてあるの?」
「どうかな………まあ、リズにはリズのやり方があるだろうし、わたしがあーだこーだ言うことでもないよね。」
「わかってるじゃない、それでいいのよ。………よし、モンスターの素材も取れたし帰るわよ。ほら、ついてきて。」
「うん………」
(リズの戦い方は………)
歩いているリズを見るとまだまだ全然元気そうだけど、たぶんあの戦い方を続けてたらいつか、大怪我をすると思う。
性格的にそうなのかもしれないけど、リズはモンスターにすぐ向かっていって、隙がなくてもどんどん攻撃してる………ゲームでいうなら、ヒットアンドアウェイがまるでできてないってことだよ。そんなんじゃ逆に攻撃の機会は減る。もちろん、これはゲームじゃなくて自分の体で本当に、命をかけて戦ってるんだから理屈とは違うところもあるけど………それにしてもだと思う。攻撃しては反撃され、またすぐ立ち上がって反撃されて………見てて辛くなる。
「あたしだってさ、好きでこんなことしてるんじゃないのよ。」
「え?」
帰りの道中、不意にリズが話し出した。
「あんたはどーせ知らないだろうけど、ライズヴェル領に住む人達は昔から、『平民』と『貴族』に別れているのよ。でも別に、貴族だから偉いとか、平民だから差別されるとはないわよ。ただ……貴族って呼ばれる人たちは、その家系に歴史があるだけ。だからむしろ、平民より辛いわよ。○○家にうまれたからにはこうあるべきだってのを押し付けられるんだから。」
「なるほど………」
「………察してると思うけど、あたしもそうよ。あたしの本名はリズ・シュバルツハイン。シュバルツハインっていう家系の貴族。めんどくさい事に、あたしの家系は『強さ』を代々掲げてきてるのよ。だからあたしも無理やり冒険者にさせられて、高いランクになれって言われたの。でも無理よ。あたしはマリアみたいに魔法も使えないし、あんたみたいな底抜けの自信もない。」
「ちょ、わたしは自信だけじゃなくてほんとに強いよ?」
「だからそういうところよ!サラッとそんなことを言えるのが自信の現れなの!」
「そ、そっか………」
いつの間にかリズは足を止めて、本気で喋っている。
「あたしはまだブロンズランクよ。シルバーも遠い。こんなんじゃまた両親から言われるわ。『お前は自覚がたりてない』って。自覚ってなによ? あたしは好きでそこに生まれた訳でもないし、冒険者にだってなりたくなかったわよ!」
「リズ………」
「あんたみたいに、遠くから来て好き勝手やってる人が羨ましいわ……。」
「…………」
「ってあたしはなんでこんなことあんたな話しちゃったのかしら……ほら、とっとと帰るわよ!」
急に我に返ったように、リズは早足で歩き出した。
(リズにも色々あるんだ………)