怪しいよ
「……で、どうすんだよ。もう1回地下に戻ってみるか? そうすれば元の世界に戻れるかもしれねーだろ?」
イブは少しイライラしながらわたし達に提案してくる。たしかに、メルの仮定が正解だとすれば、その線が1番ありな気がする。でも……
「まって。もう少しこの世界も見てみたい。だから……わたし、ちょっと教会の方見て来るねっ! みんなはここで待ってていいよ、もしかしたら危ないかもしれないしね……!」
地形とか建造物は元いたところと全く同じだから、墓地を出ればすぐに教会がある。わたしが早足にそっちに向かおうとすると、メルが言う。
「あ、あの……せっかく4人いるんですし、2人ずつに別れて行動した方がいいと思うんです。私は……ユ」
「よし。お姫サマはボクと一緒にここにのこれ。ユイとエルザが教会の方行ってこいよ」
「あ……」
(メル……)
メルは今明らかにわたしと一緒に行きたいって言おうとしてたけど、イブは何故かそれを遮った。……多分、エルザと2人で残るのが嫌だったのかな。別に仲良くもないだろうし、メルの方がまだマシって思ってそう。
「そうですね。私のほうが教会についてもよくわかると思います。メルリア様はここでお待ちください」
「わ、わかりました……」
露骨に残念そうにするメル……っていうかわたしは1人で行きたかったんだけど……とはいえ、そんなこと言ってごねる方が変だし、しょうがない。むしろ、エルザならいいや。
(それにしても……メルとエルザって2人とも敬語だしちょっと分かりにくいな……)
『私』と『私』だし。
――――――――――――
半ばしかなたい感もありつつ、エルザと二人で教会の方に行く。教会のドアの方に近づくと、エルザが少し小声で言う。
「ユイ……」
「ん」
「お手洗いですか?」
「は〜〜〜〜〜〜???? ……なんでわかったの?」
絶対気が付かれてないと思ってたのに。結構前の時点からそれなりに行きたかったけど。
「普段のユイであれば、メルリア様の考えを聞いた時点ですぐにもう一度地下に戻るはず……ですが、やたらと1人で教会に行こうとしていたので。それに、以前もそのようなことがあったので、もしかしたら……と」
(……普段のわたしを語れるほどわたしのこと知らないでしょ〜)
まあなんにせよ、バレちゃった。別にいいけど。見た感じ、建造物の内部構造も同じだろうし、トイレだけ使わせて貰ってとっとと元の世界に……
「……」
「ユイ?」
「……開かないんだけど」
教会の入口の大きめの扉。元いた世界と比べると少し汚れていてボロくなってるその扉、何故か開かない。わたしが開かないドアをガチャガチャしてると、エルザがそれを見て言う。
「なるほど……理由はわかりませんが、鍵がかかっているようですね。……残念ながら、教会の鍵はフィリア様しか持っていません……私でも開けられません」
「え〜……」
(困ったなぁ……)
行けると思ってたのに行けない時が1番嫌なんだよね。何事もそうだよね。
「仮にここが異なる世界だとしても……教会のドアを壊す訳にはいきません。……壊すことと比較すれば、多少汚してしまう方がまだマシでしょう」
エルザは辺りを見回しながら何か言い出す。
「は?」
「ここにいると墓地にいるメルリア様達から微妙に見える位置になってしまうので……あちらの方の、教会の陰になる場所の方がいいでしょうか」
「は?」
「ユイ……どうかしましたか?」
「え? いや……普通に……え? なに? 何の話?」
なんでそんな、わたしの方がおかしいみたいな目で見てくるの?
「ですから……教会の中に入れない以上、仕方がありません。元よりこの場所には私達以外の人もいないようですし、建物の陰にかくれて済ましてしまえば……」
「え〜……さすがにそれはやだよ。外じゃん、外。教会の中はいれないなら戻ろ。イブ達の方戻って、もう1回地下降りてみようよ。それですぐ戻れれば全然間に合うし」
(それにしても……なんだろう、エルザってこんな感じの人なのにそういうことに抵抗がないのかな? それとも……冒険者とかって外で活動する時間が長いから、しょうがない時は割とそうなの? だとしたらかなーりカルチャーショックだよ)
無理なもんは仕方ない。イブ達の方に戻る……その前に、何となく窓から教会の中を覗く。薄汚れて曇った窓からみえる教会の中の様子は……よく分からないけど、荒れてるし汚そう。この感じじゃあ仮にドアがあいてもトイレなんて使えなかったかもね。
(まあ……エルザの言ったのはほんとに最悪の場合だよね)
窓から目を逸らし、墓地の方を向く……その一瞬の視線の移動。その瞬間に、何かが目に映った。何かと思い視線をまた窓の方に移すと、薄く曇った窓ガラスの向こう……教会の中の壁に、なにか赤い字が書いてある。よーく目を凝らしてみると、何とか読めそう。
(……)
「ユイ?」
不自然に立ち止まるわたしを見て、エルザは不思議そうな声を上げる。
「あ……や、やっぱりさ! ちょっと無理そうだから待ってて! すぐ戻ってくるから!」
「そうですか……」
微妙に呆れたようなエルザをちらっと見つつ、急ぎ足で教会の裏手側に回る。……まあ、無理そうってのは嘘だけど。それより、ちょっと1人で考えたいことがある。
(……いや、でもまあせっかくだし……)
多分、この後まだ暫くはここに残る必要が出てきた。そうなると、ここでしちゃった方がいいかも。めっちゃ嫌だけど。幸い(?)、紙やらなにやらは常に持ってる。これは冒険者……というか商人でもなんでも、街の外を歩く人ならみんな持ってる装備の1つらしい。まあ、怪我した時とかに使うものとかもあるし。(わたしはそんな怪我とかしないからそういう意味では要らないかもね)
そして、その場に屈みつつ、さっき見たものを考える。
(教会の中の壁……見間違えじゃない。『たすけて』って書いてあった。しかも、あの黒っぽい赤……血でしょ、多分)
いまのわたしの状態からはとても考えられないようなシリアスは思考だね。でも、あれは絶対見間違えじゃないもん。あんなものみたら、すぐに帰る気にはなれない。もうすこし、ここを探索したいよ。
――――――――――
「ごめんね、エルザ。お待たせ」
エルザの方に戻ると、エルザの方もまた何かを見つけたようで、訝しげに協会の壁を眺めている。
「ユイ……もうすこしこの建物を調べてみてもいいでしょうか?」
「おっ……ならちょうどいいや、わたしもそのつもり!」
エルザが何を見つけたのかわからないけど、やっぱりここは何かあるんだ……と思う。