小さいあのころ描いた夢の地図
わたしの光の壁にぶつかったモンスターは、そこで初めて力の差を認識したらしく、逃げるように飛んで行った。しばらく待っても戻ってくる様子がないため、後ろにいる女の子に声をかける。
「大丈夫?」
「は、はい………助かりました」
女の子は、少し苦しそうに立ち上がりながら答えた。左手にはいつの間にか剣も持っている。
「でもかなり怪我してるじゃん……一人で帰るのは辛いでしょ。」
「いえ……お構いなく……これくらいなら…………」
(いやいや……どう見ても無理だよ………)
手も足も怪我してるし、服もところどころ破けている。かなりギリギリのところで助けられたみたいでよかった。もう少し遅れていたら………って思うと、ヒヤッとする。
「………おーい、カレン」
相変わらず、何故か遠くに立つカレンを呼ぶ。しかし、全くこっちには近づいてこないで、その場にたったまま答える。
「ユイ、あなたは治癒の魔法は使えないの?」
「え、そんな魔法あるの?」
「ないわよ」
「なんなの?」
こんな時にふざけるとかまじでありえないし………ていうか、どうして意地でもこっちに来ないんだろ?
「カレン………という方はどうして遠くに……?」
わたしの肩に手をかけて立ち上がった女の子は、ご最もな質問をしてきた。
「さあ?わたしが知りたい。おーい」
やっぱり呼んでも来ない。わざわざ離れたところで大きい声出すくらいならこっち来なよ……。
「…………その子を連れたまま採取に行くのは大変ね………でも放置もできない………残念だけれど、ここからはワタシ一人で行こうかしら。ユイはその子を連れてギルドに戻るといいわ。」
「え、ちょっ………」
一方的にそれだけ言うと、カレンは背中を向けて歩いていってしまった。走って追いかけたいけど、そしたらこの子が困るよね…………。
「あ、私のせいで………」
「ううん!違う違う!あの人がちょっと頭おかしいだけだからへいきへいき!」
(……………なかなか可愛い子じゃん………わたしの次くらいにね)
落ち着いてから改めて見ても、やっぱりとても剣をもって近接戦をするような格好には見えない。着ているのは鎧じゃなくておとぎ話のお姫様が着るような綺麗で可愛い服だし、頭にはティアラが乗っかってる。よく見ると腕にも宝石の着いた腕輪をつけてたり、なにかと高そうな装飾。長めの緑色の髪もすごい綺麗でよく手入れしてるってわかる。こんな子がどうして………
(ってそれどころじゃなくて!)
「怪我……痛くないの?」
どう見ても痛そう。血とかでてるし。
「痛くないといえば嘘になりますが……これくらいなら平気です。……ギルドに戻るのですか?わざわざ私のために申し訳ないです………」
「気にしなくていいってば!ていうかわたしもあのカレンって人とは1秒たりとも一緒にいたくなかったし。win-winってこと!」
「そ、そうですか………しかし……これは私の事情になるのですが……ギルドには行きたくないのです。」
「へ?なんで?」
「あ、それは………その……た、助けて貰っておいて申し訳ないのですがここで失礼します!」
「なっ!?」
(消えた!!!!!!!!!!)
女の子の腕に着けていた腕輪。それが光ったと思ったら、女の子はいなくなっていた。え? なに? もしかしてわたしがまだ知らないだけで転移系の魔法とかあるの?
「すげー………」
(わたしの光の魔法のこととか、色々聞いてみたいこともあったのに……)
そして誰もいなくなった平原。いい天気のなか、弱い風が吹いている。
(……………帰ろっと)
カレンを追いかける気にもなれないし、他にすることもない。ギルドに戻ろう。
―――――――――――――――――――
「……まじか」
(我ながらびっくりだ………)
ギルドに帰る途中、すごいことが起きた。信じられない。え、ほんとに?
道に迷った。来た道を帰ったつもりなのに、いつまで経ってもライズヴェルのお城の影が見えてこない。え? そんなことある? こんなだだっ広い平原で目標物見失って迷子? ヤバすぎる。
(なんでだ………)
どの方角見ても全くそれっぽいものが見えないってことは、かなり離れてる可能性が高いよね。どうしてだろう。不思議。世界七不思議のうちのひとつかもしれない。
「いやーまいったまいった!」
なんかもうどうでも良くなって、その場に寝転ぶ。天気のいい青い空に、白い雲が流れている。眩しくない太陽のおかげで空を見渡しても目がやられない。
(気持ちいいな………)
わたしが元の世界で住んでいたのは地域は、どちらかと言えば、すごく多めに見ればまあギリギリ都会かもしれなくもない場所だったから、こんな広い平原なんてなかった(そもそも日本には少ないかも)。だからかな。なんかすごい特別なことをしているような気分になる。ここが異世界かどうかなんて今は関係ない。
(………わたし、死んだんだよね…………)
今更ながら、当たり前のことを考える。あの変な場所で『七海ユイは死んだ』、それを知ってすぐの時は転生できるってテンションでなんかどうでも良くなってたけど、改めて考えるとどうだろう…………。
(そりゃたしかに、友達もほぼ居なくて学校もしょうがなく行ってだけだし、将来の夢なんてものもなかったけどさ………)
小さい頃はあれになりたい、これもやってみたい、なんて思うけど、そんなのは夢なんかじゃなくて現実を知らない子供のただの理想。さすがに高校生にもなれば、世の中わかってきてたし、自分は何も特別じゃない普通の人間だってわかってた。だからこそ、将来の自分なんて想像出来なかった。ま、今は『特別な人間』かもしれないけどさ。
(でも………良く考えれば未練だってあるし)
家族に最後に会いたかった…………なんていうのは正直そんなに思ってない。死ぬ時はいつでも突然なんだし、わたしは毎日が家族との最後の出会いだと思って生きてたし。この考えめっちゃ良くない???
家出る時の『行ってきます』『行ってらっしゃい』、これが最期の言葉かもしれない………なんてね。
わたしの中の未練と言えば、『毎週見てたあのアニメはどうなるんだろうか』とか、『好きなゲームの続編決定してたのに!』とか、『応援してたプロのチームの優勝をまた見たかったな』『好きなアイドルのライブにまだ行けてない』とか、そんなのばっかり。オタクじゃん。あとは………あれか、でもあれは……
(………………いや、大したことないな)
確かにこれらのことは気になるし、ちょっと悔しい。でも、仕方ない。それにそもそも、普通は死んだらそこで終わりなのに、わたしはこうして新しい世界で、素晴らしい力と可愛い容姿、それと謎のモテモテパワー(これは要らなかったけど)をもらって生きている。それだけで幸せだよね。
(だとしたら………わたしはこの世界で何をするべきなんだろ………)
別にわたしは世界を救う勇者としてこの世界に呼び出された訳でもないし、魔王に手を貸す悪の存在でもなければ、現代の知識で世界の文明を発展させるような頭の良さもない。勉強苦手。
(それなら…………夢…………そうだ! 小さい頃の夢……いや、夢なんていうたいそうなものですらなかったただの憧れ………でもこの世界なら………)
まだ小学生にもなる前だったかもしれない。お母さんに読んでもらったカラフルで綺麗な絵本。そこにでてきたお姫様に憧れた。でもそのお姫様はみんなに大切に守られる深窓のお姫様なんかじゃなかった。自ら武器を持ち、みんなに前に立って戦っていた。そして、国のみんなを護っていた。
現実的に考えれば王族が前線で戦うとかまず無いけど、その絵本の中のお姫様はかわいくて、かっこよかった。それに憧れたんだわたしは。
(さすがに、そんなものに憧れるのは子供っぽすぎるってすぐに気がついて、忘れてた………)
現実じゃあ到底叶えられない夢。それでも、この世界で、今のわたしなら………?ホンモノのお姫様にはなれないけど、みんなを守る綺麗でかっこいい、そしてかわいい、『みんなから憧れて頼りにされるお姫様のような存在』にならきっとなれる! いや、なる!
(それが、この世界でのわたしの夢……!)
草原に寝転んで、空を見て、やって思い出して見つけられたわたしの夢。せっかく貰ったこの命………そのためにがんば
「うわ!?びっくりした!?死んでるかと思った………ってユイ? 何してんのよ………」
不意に顔を覗こまれて、驚かれた。
「お、リズ……ちょうどいい所に! 道に迷ってたんだよ!」
依頼に行く途中か帰る途中か、すごい奇跡的なレベルの偶然でリズと出会えた。リズは寝転んでいるわたしの姿を遠くから見て、人が死んでると思って急いできたみたい。
「それは普通にごめん」
「急いで損したわ…………ていうか、道に迷ったって何よ?どこに行くつもり?」
「街に帰りたい……」
起き上がり、背中の草をはらいながらリズに伝える。
「え、街に帰る道もわかんないの……? 呆れたわ………。」
「まだ慣れてなくて………リズは帰るところ?なら着いてくけど。」
「あたしはこれから依頼のモンスター討伐よ。……でもそうね、せっかくなら着いてきてもいいわよ。依頼はあたし一人で受けてるから手出しはしちゃダメだけど、見学ならいいわ。それが終わったら、一緒に帰ってあげてもいいけど?」
リズは少し楽しそうに提案してきた。なんだろ、本心では一緒に来て欲しいのかな?
「うん、いくいく!」
「わかったわ。なら着いてきて。もう少し行ったところに湖があるのよ。今回はそこが目的地。」
「はーい」
(……夢を叶える前に、地理的な知識が必要だね)
わたしのあの夢を叶えるのは、まだ少し先になりそう。