不穏の影
なにか来てるはずなのに、なかなか姿がみえない。
(また狂獣…!?)
すぐに動けるように、剣を抜いて構える。銃の方は本気の戦闘で使える気がしなかったからティアナの方に投げ捨てておく。やっぱり、わたしは手に持って振り回す武器が一番しっくりくる。
「……そんなに大きくないかも」
あえて声に出して言ってみる。大きな物音も影も見えないから、きっと相手は小さい。そして、いよいよそいつがわたし達のいる浜辺に姿を現した。
「人……?」
(……じゃない!)
一瞬、出てきたのは人間かと思った。わたし達と同じような二本足で歩く人型のそいつ。でも、明らかに違う。そいつは……
「まるで……影……」
シルエットそのもの、立体的な影がそこに立っていた。真っ黒で、前も後ろもわからない。顔があるのか、表情があるのかもわからない。
「なんで!? 来ないで!! 」
「ティアナ……?」
突然、ティアナが立ち上がって叫び出した。1度だけでなく、何度も拒絶的な言葉を影にぶつけ出す。その言葉が聞こえていないのか、聞こえて上であえてそうしているのか、影は少しずつわたし達に近づいてくる。
「アタシになんの恨みがあるんですか! どこまで逃げてもいつまで逃げても永遠におってきやがります……言いたいことがあるならはっきりいえばいいです!!」
「な、なになに?」
いつの間にかティアナはわたしより少し前に立って叫んでいる。来ないで、なんて言いながらも影と自ら距離を詰めている。
「死ね!! 消えろ! 今すぐいなくなってください!」
ヒステリックに叫びながら、まだ隠し持ってたのかティアナは影に向かって銃を乱射する……けど、全弾とも影に当たるとそのまま消えてしまった。
「ゆ、ユイちゃん! あのくそバカ陰湿影野郎ぶっ殺してください!! ほら、早く!!」
「陰湿影ってちょっと二重表現っぽいね」
「いいから早く!!」
いきなりティアナに背中を蹴飛ばされた。その拍子で影にかなり近づいてしまった。後でお返しするし。
(……なにこいつ)
近くで見ても、まるで変わらない。影がそのまま立体的になったとしか表現ができない。そして、わたしが近くに立つと影は立ち止まった。
「何者なの? ティアナはあなたのことやたらと恐れてる……今すぐ殺したほどに。 まあ、ティアナが少しおかしいのかもしれないけど……それにしたって、立体的な影なんてわたしも少し怖いし。答えてよ、それとも喋れないの?」
切っ先を、おそらく顔だと思われるところに向けて問いかける。それでも影は一切動じず、何も答えない。
(相手は正体不明の影……か)
それなら
「正体をみせろっ!」
思い切って顔面らしき場所を切り裂き、剣を持ってない方の手を顔に伸ばす。でも、どちらの手にもなんの感覚もなく、虚しく空を切った。
「くっ……そんな単純じゃないか……」
影はぶれることも無く、その場に存在し続けている。何も言わない、何もしない、正体不明のそいつにだんだんとイライラしてくる。ならば次はと、魔法をぶっぱなしてやろうとした所で影が動く。
「なに……」
影はわたしの顔のすぐ近くまで近づき、奇妙な音を発しだした。その音はわたしだけじゃなくて、ティアナにも聞こえてるようで
「ユイちゃん! 耳! 塞いで!」
と、叫んだ。でも、その声が聞こえた時にはもう遅い。影が発する……人間のつぶやきのような、それでいて全くききとれない不快な音は全てわたしの耳の中に入ってきて、鼓膜を震わす。
「っ……!!?」
(な、なにこれ……気持ち悪い……やめて!)
まるで体の内側、皮膚の下を小さな虫が這いずり待ってるかのような不快感。それが身体中を包む。耐えられずにむちゃくちゃに剣を振り回しても何も変わらない。それどころか、徐々にその不快感は増していく。体の内、外、目や耳、口の中……ありとあらゆる場所が侵食される。剣を持つ手にも力が入らなくなり、立っているのすらやっとになる。
(やだ……やめて……)
逃げられない。たとえこの場から駆け出して逃げたとしても、この不快感から逃れることは出来ない。もし逃れる方法があるとするなら、ひとつしかない。究極的な方法だけど、それを選ぶことすら今は躊躇いはない。それは
「なにをひとりで勝手に深刻に、シリアスになってるんですか。そんなのユイさんらしくないです……よ」
「うっ……」
突然、頭を強く殴られた。強い、いや強すぎない? なに? だれ? なに?
「セレナさん?」
振り返ると、わたしが持ってたやつとはまた別の金属バットをもったセレナさんが立っていた。その後ろには泣きそうなティアナ。
「どうでしょうか? いつも通りになりましたか?」
「なった、超なりました。え、ていうかそれ? 今それで殴りました? それガチガチに金属ですけど」
「はい、殴りましたね。それはそれはもう全力で」
セレナさんは笑顔で答えてくれた。
「こわ……でも、ありがとうございました」
何が起きたのかさっぱりだけど、セレナさんがわたしを全力で殴ってくれたからわたしは助かったらしい。多分、あのままだったらわたしは死んでた。死んでたって言うか、自殺。今にして思えば謎だけど、ついさっきまで『このままならもう死んだ方がいい』って思考に支配されていた。こわ〜。
「……とりあえず、村に戻りましょう。話したいことが沢山あるので」
「うぅ……」
セレナさんはチラッとティアナの方を見てから言った。まあ……うん。