天使の傷痕
とりあえずギルド支部の建物の中に戻ると、セレナさんがニコニコしながら待っていた。さっきと同じところに座ってるけど、バジリスクのトサカは置いてない。カウンターの方に置いてきたのかな。
「……アイテールはどっか行っちゃいました」
「だと思いました。アイテール様はひとつの場所に留まるのが苦手な方なんですよ。いつも忙しそうで。……それで、もう分かったんですよね。私とかソフィアのこと。」
「……はい。でも、エルザのことだけはまだちょっとわかりませんけど……」
すると、セレナさんは突然立ち上がりわたしに背を向けた。
「え、なんですか?」
「エルザのことはまた今度話します。とりあえず今は……もうバレちゃったので、この前のこと教えちゃいますね。……ほら、一緒にお風呂に入れなかったやつですよ。」
「ああ……って、ちょっ……!」
何を思ったのか、セレナさんはいきなり服を脱ぎ始めた。下着も外して、あっという間に上半身だけ裸になる。背中こそ向けてるけど、いきなりなんてことを……なんて言おうと思ったけど、セレナさんの背中を見たらそんな軽い言葉は出てこなかった。
「それって……傷痕……とも少し違う……」
少し予想してた、『身体中にえぐい傷跡とか火傷があるから肌を見せたくない』の予想が当たったと思ったけど、どうやら違う。背中の大部分にそんな感じに見える傷も確かにあるけど、それとは別に……肩甲骨辺りの骨? の形も少しへん。湾曲して少し出っぱってる。
「翼をもがれた天使……なんて言うとなんかオシャレにも聞こえるかもしれないですけど、実際はそんなもんじゃないです。そもそも、天使の翼は体の一部で、そんな簡単に剥がれたりもぎ取れるものじゃありませんし。人間と比較した時……天使の翼は骨が変形して皮膚を突き破って生えてる感じなんです。そんな翼を無理やりもぎ取ったら骨も皮膚もぐちゃぐちゃです。だから前はもっと酷かったんですよ。皮膚なんて裂けてるし骨も飛び出てるし、肉も見えてて……」
そう言って、セレナさんは自分の背中を撫でている。……しれっとやってるけど体……肩周りの関節柔らかいなこの人……。
「でも……そこから考えると今は傷跡とかはあるけどだいぶ綺麗です……ブラックジャックでもいたんですかね」
「……何の話ですか?」
「あ、気にしなくていいので……」
(伝わるわけないじゃんねぇ……)
さっきアイテールに宝塚の例えが通じたから間違えた。あっちが異質なんだよね。あと、もしいたらもっともっと綺麗になってるし。
「というわけで、私はこのもがれた翼の傷跡を見せたくないが故に人前で服を脱がないわけです。こんなもの、誰彼構わず見せるなんて無理です。……とはいえ、アイテール様とか関係なく、いずれはユイさんに見せてもいいとも考えてましたけど。……理由は自分でも分かりませんけど、何となく、ユイさんならいいかなと……」
そう言い終わると、セレナさんはすぐに服を着直した。そして、こっちを向いてまた言う。
「ついでに言ってしまうと、ソフィアが前にユイさんにあげた武器……あれ、元々私のやつなんですよね。最初はアレで冒険者やろうと思ったんですけど、ソフィアに止められて奪われました。金属バット……この世界に無い概念ですからそりゃあ目立ちますもんね。」
「あー……少し納得……それでソフィアさんはあれをわたしから回収したのか……やっぱり自分の手元に置いておきたかったのか……」
(……天使ってバットが好きなのかな)
「あ、それと────」
「ユイ様! セレナさん……リズさんが……!」
「マリア!?」
突然、マリアがギルド支部に入ってきた。それも、かなり慌ててる。走ってきたみたいで、息が切れていて辛そうに見える。
「マリア……何があったんですか? リズさんになにか?」
「はぁ……はぁ……わたくしがここに帰る途中……リズさんの斧が落ちていましたの……近くにはサンダーバードのものらしき羽が落ちていて……それで、わたくし急いでここまで……」
「サンダーバードってヤバいの?」
名前は聞いたことあるけど、そいつが何者かよく分からない。わたしが名前知ってるのとマリアの慌て方とかから考えると、十中八九狂獣だとは思うけど。
「ユイさん知らないんですか……? サンダーバードは……って説明なんていいですから! その状況から考えるとリズさんかなり危険です! ユイさん! とりあえずマリアと一緒に行ってあげてください!」
セレナさんの普段見せることのないような、キリッとした表情で指示されるとさすがのわたしもふざけたり出来なくなる
「わ、わかりました! マリア、行くよ! 案内して!」
「わ、わかりましたわ! 」
ここまで走ってきて疲れてるはずなのに、マリアらわたしより前に出て走り出す。友達のピンチなら疲れたなんて言ってられないってことだよね……!