運命の輪
「倒してきました〜」
村に入ってからギルド支部に行くまでの間、誰にも会わなかった。バジリスクのトサカを持ってアイテールと一緒に建物の中に入ると、リズとマリアはまだ居なくて、セレナさんがひとりで待ってた。
「お疲れ様です。1番最後だったのに、1番初めに帰ってくるなんてさすがです……しかもちゃんと倒した証拠も持ってますね。……強いっての、嘘じゃないんですもんね。では、こちら……あれ? その人は……」
わたしのあとから入ってきたアイテールの姿にすぐに気がついたセレナさんは、カウンターから立ち上がってこっちに近づいてきた。
「あ、この人はですね……森で偶然であって、ちょっと道に迷ってたみたいだったんで連れてきちゃいました……あはは……ね、そうだよね」
同意してもらおうとアイテールの方を振り向くと、なんか凄いびっくりしたような顔をしてる。なに?
「……はは、僕が言うことじゃないけど……運命ってのは……神様のイタズラかなにかなのかい?」
「は?」
「ユイさん……その人って……?」
わたしの目の前まで来ていたセレナさん。わたしのことをどかすようにしてアイテールの方にさらに近づく。そして、顔をじーっとみている。
「……全知全能の絶対神アイテール様……今更どうしたんですか?」
「唯一の天使……だったセレナ……君こそ何をしているんだい? まさかこんなところであってしまうなんてね。」
「は? ちょ、なに? あの、あの……お二人さん……おーい、なにを……え?」
困ったような顔のアイテールと、不敵な笑顔のセレナさん……またなんか始まるの?
――――――――――――
「説明してよ」
とりあえず、3人でテーブル席に座る。どうせ誰もいないし誰も来ないから気を使う必要も無い。セレナさん曰く、料理とかする人は夜だけ来るらしい。
「ユイさんなんか怒ってます?」
「うん、めっちゃ機嫌悪い。最悪。理由は……まだ自分でもハッキリわかんないけど、アイテールから説明してもらえば多分ハッキリする。わたしの中で明確な答えを出せる気がする。」
「僕の話を聞いたら怒るって……そんなふうに言われてから話すなんて困った役回りだよ。」
おどけたように、わざとらしい言い方をするアイテール。
「そういうのいいから」
「……怒った人間は怖いね。さて、と……さっき言った通り、セレナは元々天使だった。帰り道で話したヤツだよ。僕が作った唯一の天使さ。作ってしまったからには天使のままいてもらっても良かったんだけど、彼女はルールを破ってしまったから人間になってもらった。」
(ルール…?)
「でも、私はそっちの方が良かったですよ。だって天使はつまらないんです。基本死ぬこともないし、他の人間と直接かかわってもいけない。要するに暇なんです。ただひたすら人間を観察して、困ってる人がいたらこっそり助ける。なので別に感謝もされません。助けて貰った人はみんな『神様ありがとう』なんて言うんですよ。」
「じゃあもしかしてセレナさんってめっちゃ長生き?」
「いいや、そういう訳じゃない。彼女を作ったのは……ええっとたしかに……にじゅう」
「私は見た目通りの年齢ですよ、ユイさんよりすこーし歳上ですよ。」
恐らく、何年前に作ったかを言おうとしたアイテールを、セレナさんは急いでさえぎった。
(年齢バレはしたくないんだ……)
「……天使だったなら、わたしの正体もわかっちゃう?」
「……? ユイさんの正体とは? ご出身の国の話です? それともなにか秘密が? 実は世紀の大犯罪者とか?」
正面に座るセレナさんはとても嘘をついたり、とぼけたりしているようには見えない。つまり、わたしがこっちにきた時点では天使じゃなくなってて、そういう他の世界のことはわからなくなってた……のか、それとも元々天使にはそこまでの力はないのか……とにかく、無駄なことを聞いちゃった。
「あ、いや……きにしなくていいです! ……アイテール、天使のルール?ってなに? セレナさんは何を破ったの?」
問いかけると、わたしからみて右の方に座っているアイテールは誰もいない正面を見て喋り出す。
「……天使や悪魔は人間と関わってはいけない。もしそのルールを破ったなら、人智を超えた力は消滅して、人間になる。さらに天使や悪魔だったころの記憶が周りの人々からきえる。このルールは僕が決めた訳じゃなくて、世界がそういう風にできているんだ。……そして、セレナと悪魔は2人でそのルールを破った。……ねえ、君ならもうわかるだろ? 僕が何を言ってるか……」
「……」
(それはつまり……)
理解した。それと同時に、わたしの中にあった妙な感情やら怒りの意味も理解した。
「……アイテール、ちょっと来て。外行こ。」
「ああ、いいよ。悪いね、セレナ……少し待ってて欲しい。」
「わかりました……あ、ユイさん。バジリスクのトサカは机の上に置いておいてくださいね。後で回収するので」
「あ、はい。……それじゃ行くよ、アイテール。」
アイテールは素直にわたしに従ってくれた。多分、わたしの意図もわかってるのに。
―――――――――――
ギルド支部の建物の外。周りに誰もいないことを確認して、アイテールに言う。
「……ほんとに、くだらない。」
「……」
「わかったよ。悪魔ってのは……ソフィアさんのことでしょ? あの二人は天使と悪魔だったのに、人間のエルザと協力して冒険者になって、その強さで有名なった。それに気がついたアイテールが……その強さも奪って、みんなの記憶からもあの二人を消した……でも、エルザからは消えてない……それは今は良いや、後で聞かせてもらうから……いまわたしが言いたいのさ」
「うん」
「わたしはさ……この世界に偶然転生して、偶然色んな人と出会って、偶然変な女神達に目をつけられて、それを偶然出会った仲間達となんとか退けて……そんな中で出会ってきた人立ちを取り巻く不思議なことや謎も解きたいって思って……わたしはわたしの信じる道を、自分の判断で歩いてるつもりだった。でも、本当は全然違った。」
「……僕のことかい?」
「そうだよ! 結局、わたしの転生も進む道も……ナナミを殺すっていうこの思いも全部、アイテールの手のひらの上みたいなもんじゃん……! これじゃあ運命の輪も何も無い! 舞台の上で踊らされてる人形だよ……わたしだけ台本も筋書きも知らないで演じさせられてるだけ! バカみたい……。しかもセレナさんとソフィアさんは実は人外でした? 天使と悪魔? ふざけてるでしょそんなの。唐突に、いきなりさ……」
「ああ、そうさ。伏線も何も無い、唐突でバカみたいな話だ。君は結局上位存在に利用され、都合のいい道に進まされ、そしてそれに気がつけないなんて愚かさ。」
まるでなんとも思ってないかのような涼しい顔でそんなことを言うアイテール。
「……ナナミみたいだね、しょーもない」
「……違う。アイツと一緒になんてするな。……くだらない、しょーもない……だから僕はもう終わらせるよ。僕の罪そのもののあいつを殺したら……僕も死ぬ。そうすれば全ての世界は僕みたいな出来損ないの全能神の支配から解放されて、本当に意味で自立した世界になる。筋書きのない世界を歩むんだ。」
とても冗談を言う状況じゃないし、アイテール顔も真剣で、エセ宝塚感も今は薄い。
「死ぬって……そんなことしたら世界が壊れるんじゃ……ナナミが言ってたよ」
「そんなのアイツの嘘だよ。神が死んでも既に完成した世界は保たれる。新たに世界は生まれなくなるけど、もう生まれた世界の人からしたらそんなことは関係の無いことさ。……君のその怒りは何も間違ってない。別に僕は許して欲しいなんて言わないし、ムカついたなら君の手で僕を殺しても構わない。でも、ナナミを殺すのには協力して欲しい。」
そして、アイテールは……びっくり。土下座してきた。そんな……
「あ、そんなそんな……頭はあげてよ……。わたしもブチ切れすぎたし……。あー、あと……なんか壮大すぎない?」
「……神の戦いに君を巻き込んでしまって申し訳ない。」
「あ、そうじゃない……こう……わたしが百合ハーレムでわちゃわちゃするもんかと思ってたから、天使やら悪魔やら神やら、世界を守る戦いやら……そういう、ね?」
アイテールは頭を下げたまま言う。
「……どちらにしても、今すぐ開戦はしないさ。それまではまだ平和な世界だ。……僕は一旦この場からいなくなるけど、また用がある時は来る。セレナには適当に理由をつけて話しておいて欲しい。それじゃ」
「あっ逃げんなっ!」
と言った時にはもうアイテールはいなかった。女神ってどうしてみんな……
(……何も知らないで踊らされてる……ほんとに気分悪い。誰がなんと言おうとわたしの人生はわたしのものだし、運命は不確定なんだから。)
だからこそ、ナナミを殺す。その後でアイテールにも消えてもらって、今度こそ本当に……。
(むしろ、ナナミを殺す理由が増えて良かった……なんてね)
それにしても、せっかくやっと平和に静かに普通の冒険者みたいに生きていけるの思った矢先にこんなことになるなんて。元の世界にいた頃には考えられない波乱万丈な人生になってしまった。