論理的矛盾の産む化け物
なんかこういうタイトルの新書とかありそう
「そう。……まあ、言葉の意味くらいなら説明しなくてもわかるだろう? 特に君はそういった事象が好きだろうし」
自称女神の女の子はその辺に倒れていた木に座って、少しわざとらしく問いかけてくる。
「……わかるけど。それがなんなの?」
「全知全能の神がいたとして……いや、今ここにいるんだけどね。その神に『あなたが出来ないことをしてみてください』……具体的に例をあげるなら『誰にも持ち上げられない岩を作ってください』と頼んだらどうなるか……って話だよ。」
「あ、それなら聞いたことあるかも。本当に誰にも持ち上げられない岩を作れちゃったら、その『誰にも』に全能神である自分が含まれちゃうし、作れなかったらそもそも全能神じゃない……ってやつだ」
わたしが記憶を頼りに言ってみると、女の子は笑顔になる。
「ふふ、その通り。…で、僕は思ったんだよ。『僕が全能神なんだとしたら、僕は僕を超える神を作ることができるのか?』ってね。ほら、僕が普段その世界ごとに作ってた神は当然、僕より弱いから。」
「で、試したと」
「そうさ。……そしたらナナミが生まれた。結果から言えば、僕は全能神であるが故に僕を超える神を作れてしまった。だけどそうなるとその瞬間、僕は全能神じゃなくなる。目の前にいる、己が作り出した神を越えられないからね。」
今度はやたらと悔しそうになるかつての全能神。なんか、喋り方や声、振る舞いを見てると……
「……そのエセ宝塚みたいなのなんかムカつく」
「おっと……そんな例えをするなんて……ナナミの手のひらで踊らされたあの舞台の熱がまだ君を酔わせているのかな?」
そして、立ち上がってわたしの額に手を当ててくる。さらに左手は腰に回してきて、その動きが様になってるのがまたムカつく。
「だから!! そういうところ!! だいたいそんな可愛らしい見た目で男役みたいな振る舞いも無理あるし! なんかそういう、変な役を演じるところナナミに似てない?」
「それは当然。子供は親に似ると言うだろう?
それなら僕が生み出したナナミが僕の真似事をするのは至極真っ当。……さて、と。話が逸れてしまった。退屈を理由に、僕はとんでもない全能神を生み出してしまったわけだ。」
わたしから体を遠ざけ、どこかに向かって歩き出す女の子。多分森を出たいんだと思う。急いでバジリスクを倒した証拠……気は進まないけど頭のトサカみたいな部分を剣で切り落として、それを持って追いかける。
「はぁ……っとそうだ。名前教えてよ。呼びにくい。いちいち『全能神』とか『女の子』とかめんどくさいし。それとも、ナナミみたいに名前もないの?」
「いいや、それは違うよ。僕は常にこの僕であり続ける。きっとナナミは遠回しに長ったらしく理屈のようなものを語って君を納得させただろうけど、結局のところアイツの存在が不安定なのは僕が後から作った存在だからだ。全能神とはいえ、もしかしたら放っておけばいつか消えるかも……なんて待つ時間もない。……そういうわけで、僕の名前は『アイテール』さ。」
「……うん、わかった。あと……」
「ん?」
「アイテールもナナミと同じくらい話長い……」
(あれ?)
アイテール? なんか聞いたことある気がするんだけど……いつ? だれから? なんで?
「おや、どうかしたい?」
わたしが悩んで歩いていると、少し前を歩くアイテールは振り返って笑いかけてくる。
「いや……その名前、なんか聞いたことある……なんだろって思って……」
すると、アイテールはなにか思い当たるようですぐに言う。
「ああ、それなら多分、君の世界でも使われてた名前だからだよ。君の世界の神話ではこの名前は……たしか、原初の天空神だったかな。神の名前って言うのは実は、色んな世界でつかわ」
「原初の……神……原初の名前!! 始まりを意味する名前だ!」
「い、いきなりどうしたの……発声練習かい?」
わたしのクソデカvoiceに流石の女神サマも少し引いてる……いや、結構引いてる。
「アイテール!! イブのフルネームだ! 初めて会った時に言ってた……イブ・アイテール……始まりを意味する名前………ん、あれ……始まりを意味する名前だとすると……」
「ふふっ、ノーザンライトの勇者イブ……そうだったね。たしかに彼女の名前もアイテール
(25部辺り)。でも、『始まり』を意味するのはそっちだけじゃないよね。」
「イブ……アダムとイブ……それこそ、創世の……あ、ちょっと待って。」
歩みは止めずに少し周囲を警戒して、アイテールに近づいて囁く。
「どうしたの?」
「あんまり宗教的な話広げない方が良くない? 神の名前くらいならセーフかもだけど、アダムとイブとか創世記とか、もっと言うなら旧約聖書とかに踏み込むのはちょっと……ね? それにそっちは良くてもわたしはかなり無知だから多分すごい変なこととか失礼なこと言うからやめて欲しいし。」
「……何を心配してるかはよくわからないけど、別に僕もそこについての話を広げるつもりはないさ。ただ、『イブ』だったり『アイテール』って名前はこの世界においても何かしら『始まり』『原初』を意味するって理解してくれればそれでいいんだ。」
歩くペースを少しあげて、アイテールはなんてことの内容に言った。
「そ、そっか……でも、どうして? 世界が違うのに、同じ概念や名前が……」
「うーん……何から話すべきか、本当に難しい……だからまずは、僕の目的を話させて欲しい。できるだけ、端的に話すからさ。」
「うん。それも気になってたから教えて」
森の木々が少し薄くなって、明るくなってきた。
「僕の目的は1つ。僕が生み出したあの全能神……ナナミを殺して無に返すこと。君も知ってのとおり、あいつは道楽で人を殺す。…僕自身、己の罪は己でケリを付けるべきだ。でも、さっきも言ったけどあいつは僕を超えた存在になってしまった。だから、僕だけじゃどうしようもなかった。……だから、君が必要だった」
「わたしをこの世界に転生させたのはアイテール……。あの変な空間も、わたしの身に宿るこの力も、アイテールが?」
アイテールは振り返らず、前を向いて歩いたままこたえる。
「そうさ。ナナミがこの世界に留まり続けていることは僕もわかっていた。けど、この世界で最も強い存在……それこそ、勇者イブのような力を持ってしてもナナミには勝てない。それどころか、カレンと名乗っていたあの女神にすら勝てない。人間が勝てるとしたらスティアがギリギリさ。」
(スティアってやっぱり神にしては弱いのか……)
「……世界間を移動させるときに限り、人間に対し過剰な力を付与することが出来る。理屈がある無いなんて関係なく、世界はそういうルールになっていた。だから僕は、あっちの世界から君に来てもらった。その過剰な力を使って、僕と一緒にナナミを倒して欲しいんだ。」
「……ナナミを殺したいのはわたしも同じ、そこは受け入れる。でも、わからない……なんでわたし? 無数にある世界から、どうして? せめてさ、もっと元々強いひとの方がよくない? 格闘家とか、元々魔法のある世界の人とか……ねぇ?」
すると、アイテールは立ち止まりわたしの方に振り返り言う。
「そうでも無い。いや、たしかに都合よくそういう人がいたらそれで良かったんだけどね、なかなかいないんだ。『自らの死を理解してない』『生きることを諦めていない』『底抜けの前向きな思考』『この世界に近い文化水準の世界で生きていた人』『神や超常的なことをすんなり受け入れられる』……とか」
「あー……ん? なんかそれってわたしが都合のいい世界で死んだだけのバカって言われてる気が……」
「さ、もうすぐ森を抜ける。とりあえず急いで抜けてしまおうか。こんなところに長くいたくはない。」
わたしの意見は無視して歩き出すアイテール。その無視は肯定とかわらないからね。
「あ! もうひとつ聞きたいこと! さっき言いかけたやつは? 世界が違っても同じ名前や概念があるのはなんでなの?」
走って追いかけ、これまたずっと気になってたことをきく。ナナミはどうせこういうこと聞いても教えてくれない。
「それは……僕がめんどくさいからさ。」
「は?」
「幾千よりも多くある世界、いちいちその世界固有の生き物や伝承、神々の名前を考えてたらキリがない。だからある程度は使い回しさ。」
「ろ、ロマンの欠片もない……」
「それで言うなら……ほら、そいつ。バジリスクなんかもそうさ。この世界では偶然にもそいつらは狂獣って呼ばれてるけど、君の世界には存在していなかったろ?」
「それも不思議。わたしの世界の空想のいきものが、どうして異世界に……」
「それも僕が手を抜いたからさ。生き物をいちいち考えるのって面倒なんだ。だから……それこそ、君たちの世界の誰かが『バジリスク』って生き物を考えて、それが『空想のいきもの』ってその世界に広まったら、僕はそのアイディアを元にほかの世界では実在の生き物になるように世界を作るのさ。」
まるでそこに台本でもあるかのようにスラスラと解説をしてくれるアイテール。
「わかるようなわからんような……」
「例えば、この世界には『鯨』はいない。『魚類のような哺乳類。それも超巨大』なんて生き物は空想のいきものらしいね。」
「バジリスクとかドラゴンはいるのに?」
「そんなもんさ。だから僕はその鯨のアイディアをほかの世界では実在させた。そういうこと。」
「ん〜……ほんと、夢がない……」
(つまんないし、なんか……)
自分でも上手く言えないけど、なにかすごい不満がある。不快感? わからないけど、なんかキレそう。不機嫌。何にそんなに怒ってるのか自分でも分からないけど、なにか大切なものを蔑ろにされたような、すごい嫌な気分。