宵の月
「それで……今伝えたいことって?」
「ん〜……ねえ、外行かない?」
「はぁ? もう髪ほどいちゃってるし外に出る気もないんだけど……」
(意味わかんない)
否定的な返事をしたのに、スティアは立ち上がって玄関の方に向かう。自由気まま、大人みたいなのに子供みたいな変な女神……ほんとに何一つ理解できない。ナナミとカレンが近くにいる時は多少は真面目そうにしてたのに……。……これは拒否しても意味ないやつだ。
(……書き置きしとこ)
リズがお風呂から出た時にわたしがいなかったら困惑するだろうし、『セレナさんと話があるから外行くね』とか適当な事を書いて………
(……………書いて……………)
「書けない……」
この世界の独特な文字は読めるけど、未だに書けない。読めるだけとかいう中途半端なサービス能力(?)のせいで学習に弊害が出てるんだよ……。とはいえわたしは英語とか難しい漢字も読めて書けないタイプだからもしかしたらわたしの方の問題もあるかも。
「ま、いいや」
リズはどうせ気にしないでしょ。あんまり気は乗らないけど、スティアの後について外に出る。鍵はかけようね。
―――――――――――――――
「おや? ユイさん?」
「あ……」
外に出て少し歩くと、偶然とはいえ本当にセレナさんと出会った。時間的にはまだそんなに遅くはないけどもう暗くて、街灯的なものなんてもちろんない満月だけが照らしてる村の中。月が意外と明るくてびっくりする。そんな中で出会ったセレナさんはまたしても見たことない服着ててびっくりする。なんか、ミニスカメイドみたいな訳の分からない格好してる。趣味?
「髪ほどいてるの初めて見ました……誰ですかその人……もう村の方とお友達ですか?」
セレナさんの視線はツインテ解除モードの激レアなわたしじゃなくて、当然のようにスティアに向いている。そりゃそうだ。誰だよって思うのが当然。
「わたしね〜スティア、女神よ〜。」
スティアはいつもの調子で手をヒラヒラとふって言う。
「あ〜……ユイさんってホント変わった人に好かれますよね。最近見かけないですけど、カレンさんとかもそうでしたし、マリアさんもまあそうですし……ていうかもしかしてのんでる感じですかこの人?」
「カレン……」
ちらっと見るとスティアの横顔は曇っている。名前聞くのも嫌なのかな。
「ん? どうかしました? カレンさんのこと知ってるんですか?」
「あ、気にしないでください……あと、別にのんでるわけじゃない……っていうかお酒とかあるんですね?」
セレナさんはわたしを見て、『何言ってるんだ』みたいな顔をして言う。
「ここが辺境の田舎だからってそれはさすがになめすぎですよ〜、せっかくですしお店とか行きます? ギルドの所ならライズヴェルと同じでこの時間でもやってますし、聞いた感じだとほぼ人いないですよ。ほかの店は夜になると直ぐに閉まっちゃって、村の人も夜は外出しないらしいですよ。」
(わたしが言いたかったのは『この世界にもあるんだ』なんだけど、それは言えないしまあいいや)
「わたしも行きたい〜……ねえユイちゃん、一緒にいこ。」
やたらと乗り気で嬉しそうなスティアはわたしの手を引っ張ってる。
「話は?」
「お店でするわよ〜、せっかくだしセレナちゃんにも話しちゃう。」
「はいはい……」
そんなわたしとスティアの様子を見たセレナさんは。
「もう仲良しですか……さすがですね」
と、少し小さい声で言った………気がした。
「?」
――――――――――――――――
「……狭い」
「辺境のギルド支部ですからね、あるだけマシです」
最初に訪れた村はそこそこで、ライズヴェルのギルドはすごい大きかったけど、ここはヤバい。依頼の受付とか以外の、お店的なスペースは個人がやってるラーメン屋くらいの広さ(?)
「料理とか作る人はちゃんといるの〜?」
「そこはご心配なく、人数はものすごく少ないですけど交代制でちゃんと居ます……ぶっちゃけ、ここの支部の人がすぐ辞める理由、村の人がどうこうじゃなくてこういうところだと思いますけどね。冒険者が実質居ないようなもんで、人口が少なくてもこんな人数で回せませんって。普通に飲食店としてここ使う人はいますし、どんなに少なくともあと3人はいた方がいいと思いますよこれ。まあ、とりあえずは私が来たので何とかしますけど。そもそも、24時間営業の意味ない気が……」
「お、お疲れ様です……」
(たしかに、意味ないと思う……来る人いないでしょ。)
「ねー、わたしあれが食べたいわぁ〜、あれ。」
壁にかかってるメニューを指さしてスティアがのんびりと言う。子供みたい……。
「……『雲魚の頭揚げ』?」
「うん〜」
(なんだこれ?????????)
雲魚の頭揚げ? 何一つとしてわからない。何を何したって?
「……ライズヴェル城下町には無い料理ですけど、やっぱりこの辺の人は一般的に食べるのでしょうかね?」
「知らな〜い〜」
(セレナさん、スティアがこの村の人って思い込んでるし、スティアもスティアでこの世界のことなら全部知ってんだから分かるでしょ……)
「セレナさん、雲魚ってなんなんですか?」
「海と川が交わる辺りにだけ生息してる変わった魚ですよ。なので当然、かなり内陸にあるライズヴェル城下町の近くにはいませんね。大きさは鯉くらいなのでそこそこ大きくて、繁殖期になると本当にありえないほど高く跳ねる……それこそ、雲を貫くくらいに……なんて言われるのでそういう名前らしいです。私も食べたことは無いですね……あと、頭揚げは知りません。……ユイさんもそれにしてみますか?」
「い、いや……もっと無難なものでいいです……」
スティアは勝手に席の方に行っちゃったから、セレナさんと二人でカウンターの方に注文に行く。カウンターにはそんなに若くない男の人が立ってる。やっぱりこういうところも若い人少ない。
「『雲魚の頭揚げ』と……『竜葉液』でお願いします。ほら、ユイさんも。」
(竜葉液ってなんだ………!)
無難なものにしようと思っていたけど、スティアもセレナさんもなんだかよくわからないものを頼んだせいで、わたしの中の謎の冒険心に火がついた。
「あ……わたしは……『月光茸』……? ってやつでお願いします………はい。」
(最早料理名でもなんでもなさそうな、聞いたことの無いキノコだけのメニュー……値段的には他のと大差ないけど、どんなものだか全く想像が出来ない。)
「かしこまりました、完成したらテーブルまでお持ちしますのでしばらくお待ちください。」
「はーい」
他のお客さんも居ないから、多分すぐ出来ると思う。一体どんなのか楽しみ………
「ユイさん、月光茸って……」
「へ?」
セレナさんの方を見ると、『それ頼むの?』みたいな顔。先に席に着いてたスティアもなにか言いたそうな顔してる。あ、これもしかして地雷かも