激情に揺れる魂
「死ね!! ふざけんな!! 何が全知全能……!! 人を殺して楽しんで嘲笑う………なんでよりによって世界創世の女神がこんなクソ野郎なの……!?」
「熱くならないでくださいな。」
「なんで……」
ナナミは槍を収め、わたしに1歩近づいてきて言う。
「それならば……選択肢を差し上げましょう。このままこの世界で七海ユイとして生きるか、この帰還も無かったことにして、もう一度死に魔法と魔物のひしめく異界の地へ舞い戻るのか……。とはいえ、人間の答えなど皆同じ。何を語ろうが最後は自分の命が惜しいもの。となればお嬢さんの答えも自ずと」
「殺してよ」
「お?」
その刹那。ナナミの表情が変わる。余裕のある意地の悪い笑顔はきえ、訝しげにわたしを見る。
「殺して……わたしはもう一度死んで、あの世界に帰る。わたしが生き返ったことでアリサが死ぬなら……こんな世界に価値なんてない。わたしの本当の願いはね、アリサに会いたいことだったけど……わたしかアリサのどっちが死んで、どう足掻いてもそれを叶えてくれないって言うなら、わたしなんて死んだままでいいから、アリサに生きて欲しい。」
「ほほう……もう一度会いたい……ならば特別にその願いを叶えて差し上げても良いですがな。……お嬢さんはあちらの世界にまた戻り、アリサという少女はこの世界で一度死に、ワタクシの力でも異世界への転生は出来なくはない故、向こうの世界でめでたく再会……と。」
真剣な顔で全く的はずれな提案をするナナミを見てると怒りが収まらない。
「違う!! アリサが死んだらその時点でなんの意味もない!! そんなのわたしだって望んでない!! ……だから、わたしが死ねば……この生き返しを無かったことにすれば全部元通りになるなら、殺してよ」
「綺麗事ですな。それなら今すぐこの場で胸を貫かれてもいいと? もう一度因果を歪めてお嬢さんが死んだということにするなら、それ以上はもう無理……故に、もう二度とこのようなチャンスは訪れないとしても?」
「構わない」
この決意は本物。
「わかりませんな〜。生まれ育った世界に帰れるチャンスを捨ててまでのことなのか、ワタクシには理解出来ませんな。」
ナナミは首を振り、困ったような顔をこちらに向ける。
「………ふふん、そっか」
(見つけた……全知全能なんて嘘だ)
ナナミにだってわからないこと、知らないことがあるのがその証拠。人の気持ちや感情、理屈を超えた直観的な思いを理解出来ていない。そもそも、わたしの転生自体がナナミが関与してないとするなら、もしかしたらもっと上位の存在とか本当はいるのかも。なんにしても、ナナミが全知全能じゃないとするなら………
「……もう一度聞かせていただきましょう。お嬢さんはこの世界を捨て、もう一度死に、あの世界に帰ることがお望みと?」
「当たり前。アリサにもう二度と会えないと確定したなら、こんな世界未練はひとつもない。アリサにはわたしがいなくても友達も沢山いるし、いくらでも幸せになれる。………何も無いわたしが1人でこの世界で生きるくらいなら、なんでもある向こうの世界でわたしのことを好きだって言ってくれる人達と暮らした方が絶対に楽しい!」
(逆にこれで断ち切った……元の世界のこと。もう一度あの異世界に戻ったなら、もう元の世界を思い出すこともない。それに、最大の目標も出来た。)
「さてさて……となると。ワタクシの槍でお嬢さんを貫き、あちらの世界に再び送る……それが終わればもはやお嬢さんは単なる人間でしかございません。お嬢さんにとっては幸いなのかもしれませぬが、ワタクシのような神が干渉することもございません。……言い残したことは?」
「……いつかまた、もう一度わたしはおまえに会う。絶対に。ゴッドランクさえも超えるような冒険者になって、霊峰に逢いに行く。」
「それはそれは」
「その時は……この命を掛けてでもぶっ殺す。カレンと同じ、灰も残さず焼き尽くす……だから逃げずに待っててよ……女神サマ。」
ナナミもニヤリと笑い、わたしに応える。
「箱庭の神に勝った程度でなにを言うかと……しかしそれもまた一興。もしもお嬢さんがワタクシと再び相見えることがあるなら全力を持って御相手して差し上げましょう。しかしワタクシを滅することが出来たとしてもその先に待つのは全ての世界の崩壊ですがな。だとしてもお嬢さんはいつかワタクシの前に立ちはだかるおつもりで?」
「覚悟は揺るがないから。……それに、本当に世界が崩壊するなんて思ってない。………もういいでしょ、殺して」
「あい、おまかせあれ。せっかくですので少しは神らしく行きますか。」
ナナミは仰々しい槍をまたどこからか取り出し、わたしに向ける。そして口を開く。
「数多の世界を生み出し滅ぼしなおも続ける破壊と構築。巡る逃れぬ因果と輪廻を貫くならばその身は新たな業に囚われる……貫け……神槍ロンギヌス!」
わざとらしい芝居をし、どこかで聞いたことある槍の名前を叫びながらナナミはわたしの体をその槍で貫いた。痛みすらかんじぬままに、わたしの意識は闇に沈んだ。