その3 何か忘れてるよーな
帰ろうとした泉だったが、何かを思いだし振り向く。
「あっ、リエコちゃん! 算数の宿題、忘れないようにね。計算ドリルの15ページから17ページだから!」
ただでさえ忘れっぽいリエコ。サッカーの興奮もあったせいで、宿題のことはすっかり忘れていた。
「あっ、そうだった。そんな宿題、出てたっけ」
途端に、リエコは暗い顔になった。サッカーでの勝利に酔いしれていたところを、現実に引き戻されてしまったのだ。
「泉ちゃんってばヒドい。せっかくいい気分だったのに、嫌なこと思い出させるなんて」
「ご、ごめんね。でも、宿題を忘れたら大島先生が怒るだろうし」
またまた、泉は申し訳ない顔になる。
「何てね」
リエコはいきなり笑顔に戻った。
「ジョーダンだよ。思い出させてくれてありがと。アタシ、かんっぺきに忘れてたよ。あやうく、先生に怒られちゃうとこだったよ」
リエコはぐっと拳を握りしめる。
「計算ドリル3ページは手強い相手だけど、アタシはハットトリックを決めた女の子よ! 絶対にか~つ!」
強引な理屈で自分を奮い立たせる。
「うん、リエコちゃんならきっと勝てるよ! 頑張って!」
だけど突然、リエコはうかない顔になった。はて? と首を傾げる。
「リエコちゃん、どうしたの? 計算ドリルに勝てる自信がなくなっちゃったの?」
「ううん、そうじゃないの。アタシ、もう一つ何かを忘れてるよ~な気がするの。何だったっけな~」
「宿題だったら、計算ドリルだけだったはずだよ」
「ううん、宿題のことじゃないよ。何かこう、さっきのサッカーに関係あるよーな」
リエコは、む~って顔をして考え込む。
たっぷりと時間をかけてから、リエコはあって声を上げた。
「思い出したあ!」
「何?」
「試合の前に、健太と約束してたんだ。この試合でどっちかがハットトリックを決めたら、決められなかった方が給食のデザートを半分あげるって。明日、ちゃんともらわなくっちゃ!」
忘れていたことを思い出し、リエコはとてもスッキリとした顔になる。
「じゃーね、泉ちゃん」
「うん、またね」
今度こそ泉と別れ、リエコは十字路を渡った。
「明日の給食のデザートって、確か桃ゼリーだったっけ? やった、アタシの大好物♪」
かろやかな足取りで坂道を上るリエコ。
言うまでもなく、茂みの中で見つけたおサムライ人形のことは、
まるっと! すっかり! かんっぺきに! これでもかってくらいに!
忘れてしまっていたのだった。