その2 リエコはVIP
夕暮れ時のあけぼの市を、ランドセルを背負った二人の少女が仲良く並んで歩いている。
野々原リエコと、図書泉の二人だった。
家の方角が同じなため、こうやって一緒に帰るのが日課になっているのだ。
「あ~~、勝った勝った。すっごく気持ちい~!」
大きく伸びをしながら、リエコが言う。百点満点の笑顔だった。
「リエコちゃん大活躍だったね♪」
興奮冷めやらぬといった様子で、泉が言った。大きな眼鏡の向こうの瞳は、リエコへの尊敬でキラキラと輝いている。
「あれぐらい楽勝、楽勝」
得意気に、リエコはフフンと鼻を鳴らした。
一度はシュートを外してしまったリエコだったが、その後はスーパープレイを連発する。3点もシュートを入れるというハットトリックを決め、1組チームを勝利へと導いたのだった。
スポーツなどで、最も優れた成績をおさめた選手のことをMVPという。今日の試合で言えば、リエコは文句なしのMVPだった。
リエコの活躍の記録は、『土汚れ』という形で彼女の顔や手足、服に残っている。
「リエコちゃん、プロのサッカー選手になったらどう? ほら、今は女子サッカーも注目されてるし。リエコちゃんがいるチームならオリンピックで金メダルを取れるんじゃない?」
「プロのサッカー選手か~」
ほんの1、2秒だけ考えて、リエコはうんと頷いた。
「決めた! アタシ、プロのサッカー選手になる!」
「うん! わたし、一番のサポーターになるよ!」
「サッカー選手を目指すなら、もう勉強なんてしなくてもいいよね。サッカーだけやってれば」
勉強嫌いなリエコは、元気よくそんな宣言をした。
「リエコちゃん……。さすがにちょっとそれは駄目だと思うな」
申し訳なさそうに、泉は言った。
「サッカー選手になるためにも、勉強は必要だと思うよ。それに、勉強しないなんて言ったら先生やリエコちゃんのお母さんが何て言うか」
「うう……そうだよね。そんなの、絶対許してくれないよね」
さすがのお気楽リエコも、現実に向き直る。
「じゃあ、プロのサッカー選手になるっていうのは止めにしよ。アタシ、他にもたくさんやりたいことがあるんだから。パティシエでしょ。婦人警官でしょ。遊園地のお姉さんでしょ。宇宙飛行士にだって興味あるし。映画のアクションスターだっていいな。今は一つになんて絞れないよ」
「うん、そうだね。すすめたわたしが言うのもおかしいけど、それが一番だと思うな。リエコちゃんの可能性は無限大なんだから。早くに決めっちゃったらもったいないよ」
泉が笑顔で頷いた。
そんな話をしているうちに、二人は坂道前の十字路へとやって来る。
ここからは二人、別々の道になるのだ。自然と足を止めると、二人は顔を向き合わせた。
「じゃーね、泉ちゃん。また明日」
「うん、また明日」