その1 放課後のサッカー対決
日本のどこかにあるあけぼの市。
放課後のあけぼの第一小学校の校庭では、サッカーの試合が行われていた。
試合をしているのは、あけぼの小学校の4年1組と4年2組の生徒たちだ。
それぞれの担任の先生が、お互いをライバル視しているのが原因で、同じ4年生なのにもかかわらず、このふたつのクラスは少々仲が悪い。何かと張り合ってしまう悪いクセがあった。
今日も、校庭の場所取りでもめごとが発生。やがてそれが、本気のサッカー対決へと発展してしまったのだ。
走り回る男子たちの中に、たったひとりだけ女子が混じっていた。
4年1組、出席番号28番、野々原リエコだ。
頭の両脇の高い位置で、結わえられた髪の毛がピコンと飛び出している。これがリエコのお気に入りの髪型で、なおかつトレードマークだ。
男子たちの中では目立つスカート姿で、全力でサッカーをしていた。
リエコは4年1組の中でも1番か2番ぐらいに足が速い。サッカーも上手だ。さらに、男子なんかに負けないぐらい気が強いものだから、こういった試合には主力メンバーとして外せない存在だった。
「リエコちゃ~ん! 頑張って~!」
応援をしている4年1組の女子たちの中から一際大きな声が上がる。眼鏡とおかっぱ頭が特徴的な女の子。リエコの大親友の図書泉だった。
「うん、泉ちゃん。見ててね~」
足を止め泉に軽く手を振るリエコに向かって、一緒にサッカーをしていた男子、健太が叫んだ。
「リエコ、頼んだ!」
同時に、持っていたボールをリエコに向かってパスする。
2組の男子に囲まれた健太が、リエコにボールを託したのだ。
かなりのスピードで回されたパスを、李声は外すことなく片足で踏むようにして受け取った。
その顔には、揺るぎない自信に満ちた笑みが浮かんでいた。
「後は任せて!」
リエコは、勢いよくボールを蹴り出した。そのボールに負けないぐらい早く追いかける。猛烈なドリブルの始まりだった。
「やべえ! 野々原が来るぜ!」
「ちゃんとマークしとけって言ったろ!」
「健太をおさえるので手一杯だったんだよ!」
「いいから早く! 野々原を止めろ! ボールを奪うんだ!」
慌てた2組の男子たちが、リエコに迫ってくる。
だけどリエコはそう簡単にはボールを奪われない。右に左にと体を動かし男子たちを避けながら、相手のゴールへ向けぐいぐいと距離を縮める。
「ディフェンス! 壁だ! 急げ!」
2組のキーパーの男子が叫ぶ。離れた場所にいたディフェンスの男子たちがリエコのシュートを防ぐため走る。
ディフェンスの男子たちが到着する前に、リエコは勝負に打って出た。ゴールまで?メートルほどの位置で、ドリブルシュートにチャレンジする。
スカートのめくれなんて気にせず、右足を大きく振り上げる。
「行っけ~!!」
リエコのキック力で蹴り出されたボールは、まるで弾丸のようにゴール目がけて飛んでいく。右の端ギリギリのラインだ。キーパーの男子がジャンプしたが間に合わない。
同じチームである1組の男子たちは、
ああ、これで1点は決まったな。
と確信をした。
同時に、相手チームである2組の男子たちも思った。
ああ、これで1点は取られたぞ。
って。
しかし、そうはならなかった。リエコが放った必殺シュートは、ゴールポストをギリギリ外側に外れてしまったのだ。
弾丸のような勢いはそのままに、後ろにあった茂みへと突っ込んでいく。
「何だよ、リエコ。ちゃんと決めてくれよな」
健太が文句を言った。1組の男子たちは、ガッカリムードに包まれる。
「あぶねー」
「ぜってー決まると思ったぜ」
2組の男子たちからは、そんな声が上がった。
「あはは、外れちゃった~。ごめんね~」
片手で拝むようにして、リエコが1組の男子たちに謝る。それから、ボールを追いかけ茂みへと駆けていく。
ゴールを外したボールは相手チームのものとなる。2組のキーパーの男子が拾いに行くのが普通なのだが、せっかちなリエコはそれを待っていられなかったのだ。
ボールは茂みの中に完全に埋まってしまっていた。リエコは茂みをかき分けてボールを探す。
「ボール、ボールっと。あ、あった!」
大きなサッカーボールはすぐに見つかった。それを両手で持ち上げると同時に、リエコはもう一つ変わったモノを発見した。
「あれ?」
それは、一体の人形だった。とは言っても、おもちゃ屋さんで売っているような女の子の形はしていない。白い着物に青色のはかまをはいた男の人の人形だ。長い髪の毛を頭の後ろの高い位置で結んでいる。ボリュームのあるポニーテールだ。
まるで、時代劇に出てくるおサムライだなとリエコは思った。
サッカーボールを脇に抱えると、リエコはおサムライの人形に手を伸ばし掴む。
「どうしてこんな所に人形があるんだろ?」
それにしても、おサムライの人形なんて珍しいと思い詳しく観察しようとするリエコだったけど、
「おーい! ボール見つかったんだろ? 早く続きを始めよーぜ!」
2組の男子の声が届いた。
今は2組とのサッカー対決の真っ最中。こんな人形に時間を取っている場合ではない。
――誰のか知らないけど、後で職員室に届けておけばいっか~。うん。今は試合に集中だよ!
リエコは掴んでいたおサムライの人形を、スカートのポケットへとねじ込んだ。
「ごめんごめん」
皆のいる場所へと戻ると、ボールを2組のキーパーへと投げて渡した。
すぐに、試合が再開した。
今度こそゴールを決めてやろうと意気込み、リエコは元気よくボールを追いかけたのだった。