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リューリ・ベルとめんどくさい人々

リューリ・ベルとプワソン・ダヴリル

作者:

とにもかくにもフリーダム。

「背後に気配を感じたので振り向き様にぶん殴ったら王子様だった話をしよう」

「導入部分が雑過ぎない!?」


分かり易くはあるけれども!

と、腹を押さえた前傾姿勢で力一杯叫んだのはこの“王国”の王子様こと稀代のトップオブ馬鹿である。実の婚約者であるフローレン嬢にさえ「どうしようもないお馬鹿さん」とか言われてしまっている時点でお察し案件の馬鹿王子ではあるが、いくら雑に扱ったところでめげないしょげないへこたれないというメンタル強度の異常さについては定評のある生命体なのでそこだけは割と評価していた―――――いや、なんとなくでついうっかり殴っちゃったけど叫べる余裕があるんなら案外元気だし頑丈だなこいつ、という上方修正さえ入ったけれども今。


「ていうかお前、リューリ・ベル。振り向き様にボディブローって何処の戦闘民族なの?」

「何言ってるんだ王子様。私は“北”の狩猟の民だぞ? 戦闘民族とか知るわけない」

「それは知っているんだけれどもぶっちゃけ『対象を物理で狩る』という点においては相違ない気がしてしょうがない」

「どうでもいいけどお前を一撃で仕留められなかった時点でどっちにしろ未熟な気がしてきたんでもう一発ぶん殴っていい?」

「嫌に決まってんでしょうが何なのお腹空いてるの!? さっき喰らった一発だって事ある毎に容赦なくセスにどつかれてる私だからこそ持ち堪えられただけであって常人なら保健室送りだからな!?」

「いや頻繁に幼馴染にどつかれまくる王子様って“王国”的にどうなんだよ」


うるせぇな、という本音を視線に込めてじっとりと半眼で睨んでやれば、存在がもう騒がしい王子様はやれやれと言わんばかりに首を振った。ぶん殴られたダメージは既にどこかへと逃がしてしまったのか驚く程の立ち直りの早さで胸を張った彼はと言えば、人生エンジョイしているなぁといっそ感心したくなるレベルの明るさで「分かってないなぁ、リューリ・ベル」と鬱陶しい前置きの後で快活に一言。


「セスやフローレンの私に対する扱いの雑さは今に始まったことじゃないぞう!」

「そういうこと言ってるんじゃないっていうか会話しようとした私が馬鹿だった」

「今の他愛ない遣り取りでコミュニケーションさえ諦められた!?」

「ちょっと廊下で話しただけで途轍もなく疲れる王子様の相手を長年真面目にし続けてるフローレンさんホント尊敬する」

「それに関してはぐうの音も出ないし同意しか出来ないんだけれども人のことを疲労困憊ストレスフル人間量産装置みたいに言うのは止めなさいね、リューリ・ベル。流石の私でも傷付いちゃうから」

「自覚があるなら自重しろ馬鹿、って再三言われてるのにどうして学習しないんだろうなこのトップオブ馬鹿王子様」

「学習する気はあるんだけれども気付くと同じ轍を踏んでいる不思議」


うん、それ不思議でも何でもないな。ただの馬鹿が馬鹿たる所以だよまごうことなき馬鹿の台詞だようっせぇ失せろ馬鹿王子、という罵声を吐くのも面倒で、私は真顔のトップオブ馬鹿を置き去りにする決意を固めた。そうしてその場を後にしようと彼に背中を向けた直後、またしても嫌な予感がしたので今度は思いっきり前方に跳ぶ。

着地と共に振り返ったら、そこには両手を前に突き出した奇妙な姿勢で固まっている間抜けな王子様が居た。その手がしっかりと持っているのは一枚の紙っぺらであり、透けて見えた裏側には何やら魚の絵が描いてある。


「いやなにしてんだよ、王子様」

「いや、今日ってプワソン・ダヴリルだから。せっかくだし“王国”の風習をリューリ・ベルに知ってもらおうかと思って」

「聞きたくないから言わなくていいぞ」

「えー。そんなこと言うなよつれないんだからー。じゃあ今日の学食のオススメ聞く?」

「話の流れがまったく分からんのはさておきそれなら聞いてやってもいい」

「わぁ、仮にも“王子様”を相手にブレることのない雑さ! と、まぁそれはさておき王国カレンダーで言うところの四月一日である今日は一部地域では『プワソン・ダヴリル』と呼ばれていてな。子供たちが紙に書いた魚の絵を人の背中にこっそり張り付ける悪戯をする日だ」

「ふざけろ食堂のオススメ教えるっつったろ嘘吐きやがったなこのクソ王子」

「こら! お口が悪いでしょうが! セスの真似しちゃいけません! ちなみに四月一日はエイプリルフールとも呼ばれていてな、その名の通り四月馬鹿の日であり『この日は嘘を吐いたとしてもなんやかんや許される日』ってことになってたりする」

「喧しい。“王国”の風習がどうなってるかはさておき私は絶対許さんぞ何が四月馬鹿の日だこのオールウェイズ馬鹿王子」

「誰が上手いこと言えって言った!? ちなみにプワソン・ダヴリルは『四月の魚』という意味なので、今日の食堂のオススメメニューはこの時期よく獲れるサバ料理だぞう」

「欲しかった情報が出て来るまでに要らない雑音が多過ぎる」

「だいぶコンパクトに纏めたられたと思ったのにそれはちょっと酷くない? 王子様頑張ったのになー」

「心の底から黙れ馬鹿」


かなり本気で吐き捨てて、今度こそその場を離れようとした私はそこで、そういえばいきなり王子様を振り向き様にぶん殴った件について詫びていないと気が付いた。なんとなく背後に嫌な気配を感じたくらいで殴っちゃって悪かったかなぁ、と一応反省はしていたのに相手のペースに巻き込まれて謝罪を忘れるとは短慮が過ぎる。流石に自分でもどうなんだ、とは思いつつ、しかし背後に立たれた気配程度で咄嗟に殴ってしまったのはやはり暴挙というやつだろう。

私は狩猟の民ではあるが、けして蛮族ではないのだ。暴力的であることは認めても民族の品位まで貶めてはいけない。例え平素が馬鹿であろうが非がこちらにあるなら詫びを入れて然るべき―――――と、そこまで考えて謝罪の言葉を口にしようとしたところで、私はあることに気が付いた。

背後の気配。王子様。その手には一枚の紙っぺら。透けて見えている魚の絵。今日の学園食堂のオススメメニューははサバ料理。馬鹿と四月馬鹿と嘘。子供の悪戯。四月の魚―――――おい。こら。ちょっと待て。


「おい、答えろ王子様。その手に持ってるのは魚の絵だな? 今日は人の背中に魚の絵を描いた紙を張り付ける悪戯をする日だってさっき言ってなかったかお前―――――ってことは要するに、私の背中にそれ張るつもりだっただろふざけるな」

「はっはっは―――――違うぞう。これはセスに張るやつです」


嘘を吐いてもいい日だか知らないが、悪びれずに笑顔でそんな分かりやすい言い訳を宣った馬鹿の顔面にもう一発くれてやるべきか、と拳を固めたこちらの決意は、しかし必要なさそうであると判断したので引っ込めた。そして実際、無駄になる。具体的には四秒後くらいに。


「へぇ―――――俺に何を張るってんだ言ってみろやレオニール」

「タイミングに作為を感じる件! 登場するタイミング絶対計ってただろうセス!!!」

「うっせぇ黙れクソ王子!!!」


ごっ、と鈍い音がして、王子様の後頭部がものすごい勢いでどつかれた。やった犯人は言うまでもなく王子様の幼馴染こと不機嫌な三白眼のセスである。今日も今日とて面構えが凶悪なのはそろそろ見慣れてきてしまった。


「たまたま通りがかったタイミングで自分の名前を聞き付けるなりこっちに早足で向かってくるあたり、幼馴染としての経験則とどうしようもない慣れを感じるな、セス」

「テメェがこの馬鹿殴り倒してりゃ普通にスルーするつもりだったのに俺を見付けるなり傍観決め込む気満々であっさり拳引っ込めたやつに言われたくねぇよ、リューリ」

「あの距離でそこまで見えたのか。純粋にすごいな三白眼」

「三白眼なのは否定しねぇが視力にゃ影響しねぇよ白いの」

「ちょっとダブルフリーダム! 激痛で声もなく悶絶してる王子様挟んで普通に会話するの止めてくんない!? 仲間外れ過ぎて寂しいでしょうが!!!」

「元気一杯何言ってるんだろうなこのトップオブ馬鹿王子様」

「反省の色がまったく見えねぇのがいつも通り過ぎてウゼェ」

「わかる。ところでセスの持ってる袋から良い匂いがしてくるんだけどそれ中身なに?」

「あ? プワソン・ダヴリル」

「は? 魚料理の匂いじゃねぇんだよ菓子系の甘い香りだわ騙されねぇよお前まで嘘吐くのかエイプリルフール鬱陶しいな」

「あァ? おい、レオニール。テメェこいつに何吹き込みやがった。人間不信の野生生物ばりに荒んだ目ェしてめちゃくちゃガン飛ばしてきやがるじゃねぇか」

「うーん、まさかここまで喧嘩腰になるとは流石の私も罪悪感」

「口先だけの罪悪感とか顎砕きたくなるから黙れ王子様」

「物騒の権化が爆誕している! 人慣れない獣どころじゃないなコレ!?」


ぴゃー! とか言いながらセスの後ろに退避する王子様である。率直に言ってかなりうざい。図体がでかいので余計に腹立つ。セスも同感だったらしく、鋭い舌打ちとともに鋭い肘鉄をお見舞いして手っ取り早く留飲を下げていた。打ち込みに容赦というものがない。そういうところは嫌いじゃない。でも嘘吐かれるのは気分が良くない。

そんな気分で凄む私を高い位置から見下ろして、三白眼はしょうがねぇなと言わんばかりの顔をした。袋を開けて手を突っ込んで、引っ張り出した中身の物体を無造作に私の眼前へと突き出す。


つぶらな瞳のお魚さんと、ばっちりしっかり目が合った。


厳密にいえば生魚ではない。そんな生臭さとは程遠いふんわりと甘酸っぱい果実の香りを漂わせたそれは、なんとお魚さんのかたちを模したそこそこでっかいパイである。土台がパイ。その上にたっぷりと敷き詰められた大粒のイチゴはおそらく鱗をイメージしてトッピングされているのだろう。ぎっちりと隙間なく並べられている様はまさに魚の鱗のようで、執念のようなものすら感じる芸術的な圧を醸していた。さらにその上にちょこんと乗った目玉のパーツはチョコレート。ホワイトチョコの白目にビターチョコの黒目でくりくりと表現されている瞳はまさにつぶらの一言に尽きた。ちょっぴり愛嬌のある顔である。ぶっちゃけめちゃくちゃメルヘンだった。

それを、セスが持っている。顔立ちこそは整っているが常に不機嫌そうな鋭い眼光が通常装備な取っ付きにくさの半端ない無類のパイ料理好き三白眼が、そんなつぶらな瞳のメルヘン極まるイチゴの鱗のお魚さんパイ(しかもそこそこでっかいサイズ)を手に私の目の前に立っている。控えめに申し上げまして笑いを堪えようとする腹筋がそろそろ本気で攣りそうです。


「無理。絵面が面白過ぎて笑う」

「誰のせいだと思ってやがんだ」

「私のせいだな。嘘じゃなかった。なるほど『プワソン・ダヴリル』っていうお魚さん型のパイなんだな。早とちりした。嘘吐き呼ばわりしてごめん」


自分が悪いと分かっているので至極当然にあっさりと、しかしきちんと心を込めて素直な謝罪を口にした。セスは「おう」と返しただけで、元からそんなに気にしてもねぇと器の広いことを平然と言う。


「テメェのその潔さに免じてひとつやるわ」

「まじか。なんて気前の良い三白眼なんだ」

「褒めてるつもりなのは分かるがまったく嬉しくねぇなオイ」

「おいこらくれるって言っただろ、やめろセス、お魚さんを高い高いするな! 私じゃ普通に手が届かないから跳んでぶん捕らなきゃならなくなるだろうが!!!」

「強奪する気満々で笑う。ていうかテメェ、『高い高い』ってなんだそれどこでそんな表現覚えやがぶふっ―――――」

「言ってる途中で堪えきれなるレベルでツボに入っちゃったのセス!? 確かにかなり和んだけれども!」

「腹抱えて笑ってるくせにお魚さんを頑なに下ろさないお前の根性には敬服するぞセス」

「テメェそう言いながら諦めるどころか跳躍のために重心移動してやがるだろリューリ」

「とれるモンならとってみろ、というお前からの挑戦と取った」

「ガチ狩人の目ェしてやがる。流石にそこまで大人げなくねぇ」


言うが早いかあっさりと、セスは思いっきり上に伸ばしていた手を大人しく下げてお魚さんパイを私にくれた。透明なラッピング材でしっかりとカバーされているので埃もつかないから安心だけれど、冷静に考えてみれば食べ物で遊んでいるようなものだったのでそこについては猛省したい。


「うーん、正直お兄ちゃんムーヴっぽいのをぶちかました大人げないセスも大人気の気配」

「何言ってんだこのクソ王子」


雑極まりない端的さでワイルドに切って捨てたセスが王子様の脛あたりにローキックを叩き込むのを他人事感覚で眺めつつ、何処からともなく聞こえて来た「セス様ただの優しいお兄ちゃんだった」「末っ子ちゃんの『高い高い』は攻撃力も高い高い」という息も絶え絶えみたいな声については幻聴ということで処理しておこう。疲れてるのかな。疲れてるんだろうな。セスはともかく王子様と会話してるとどっと疲れが押し寄せて来てもう面倒臭いからないろいろと。


「さて、遅くなったけどランチに行こう」


プワソン・ダヴリルなるお魚さんを模したパイを手に王子様たちに一声かけて、私は軽やかな足取りで食堂を目指して駆け出した。

ちなみに本日のオススメについては嘘じゃなかったと言っておこう。


お目通しいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「リューリ・ベルとめんどくさい人々」シリーズに入れてあげてくださいっ!!
[一言] 魚の▪️▪️▪️パイ? ん〜これはあれだな!  魚にまつわる無駄に職人感じるパイならば、食堂のおばちゃん作で間違いはないだろう! しかし、今回のパイは美味しそう! 一から作るの面倒いか…
[良い点] 多忙にも関わらず、短編投下しちゃう作者様! [一言] お疲れ様です! 相変わらずの面々にお会い出来て嬉しい限り。 今もなお、現在進行形で、何処かの世界にある、学園の片隅でわちゃわちゃモグモ…
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