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水曜日のファーストキス

「明日は水曜日かあ」

そう心の中で呟くと、志保の心臓は音を立てて跳ね上がった。

「一緒に帰るだけでこんな…」と、耳まで赤くなった頬に手を添え、一度パチンッと叩き、布団に潜った。

週に一度、水曜日だけ、学校終わりに幹也と一緒に帰るようになったのは、志保のピアノ教室の時間が変更になったからだ。部活が終わったあと、ピアノ教室までの道程を幹也と一緒に歩く。幹也と2人になれる、一番恋人らしく過ごせる時間だ。

卓球部の練習が終わり、志保が外へ出ると、サッカー部がまだ着替えているのが見えた。サッカー部はいつも遅い。そんな彼らを横目に、志保は歩き出した。学校から一緒に歩くと、同級生たちが茶化してきて恥ずかしい。だから、少し離れたところまでひとりで歩く。

「ここまで来たらいいかな」と、志保は一旦立ち止まり、後ろを振り返る。幹也がいるかもしれないから。でも誰もいない。「早く来ないかな…」さっきよりもペースを落とし、時々振り返りながら、進まないようにして歩く。

ザッと足音がして、志保が振り返ると、両手をポッケに入れて歩いてくる幹也が見えた。急ぐ素振りはない。志保は立ち止まり、幹也を待つ。「待った?」「ううん、そんなことないよ」まだ学校が見える距離だが、ひとり亀のように進んだ志保にとって、それは長い時間だったが、幹也の機嫌を損ねたくないので、嘘をつく。

幹也は歩くのが早いので、いつもあっという間にピアノ教室に着いてしまう。「まだ20分も一緒にいれたのに…」と志保は到着する度にがっかりするのだった。来週こそは、もっと一緒にいたいと言おう。そう決意するが、結局いつも言えずに別れてしまう。でも、今日こそは。「もう少し時間があるの」うん、こう言おう。前を行く幹也の背中を見て心臓が高鳴る。頑張れ私。

ピアノ教室と、幹也の帰宅方向を別ける道に差し掛かった。いつもはここでバイバイ。でも今日は…。志保が口を開こうとした時、前を歩く幹也が急に振り返り、「チョコあるけど食べる?」と聞いてきた。志保は驚いて、「食べるっ」と早口で返した。「じゃ」幹也が帰宅方向を指差す。「こっち行くか」願っても無い、延長コースだ。

「あの」珍しく横並びになった幹也に、志保はさっき用意したセリフを言う。「もう少し時間があるの」「ふぅん」前を向いて返事をする素っ気ない幹也。「いつもね、もう少し時間があるの」と、志保は絞り出す。だから、もう少し一緒にいたいの…。「じゃあ、今度からはあの街灯のところまで行けるな」と幹也は先にある街灯を指差した。今志保の横にある街灯から3本向こう。もうすぐそこじゃない…と志保は思うが「うん」と明るく返す。

志保はまたゆっくり歩くことにした。こうすれば、街灯まですぐたどり着けないから。しかし幹也はペースを崩さず歩いていく。あっという間に街灯まで行ってしまった。「歩くのおせーよ」と幹也がふてくされて言う。「ごめんごめん」だって、歩いたら着いちゃうじゃない。ゆっくりな志保を待ちながら、幹也は街灯の下の縁石に座り、カバンからチョコレートを取り出した。食べ物持ってきちゃいけないのに、うちの中学校。そう思いながら、志保は駆け寄った。

「これさ、新発売なんだぜ」縁石の上に横並びに座り、幹也が一粒取り出して、志保に見せつける。ダークチョコと、ホワイトチョコが綺麗に層を作っているチョコレートだった。「へえ、美味しそう」そのまま貰えるのかと思っていたら、幹也は自分の口にそれを入れた。「ん、んまい」そう言いながらカバンの中に手を入れ、「お前はこっち」と違う袋のチョコレートを取り出した。幹也が食べていたのものと同じシリーズで、ダークチョコと抹茶のものを寄越した。「ありがとう」同じのが食べたかったなあ…まあいいか。幹也にもらったものなら。

「うまい?抹茶」幹也が尋ねてくる。「美味しいよ」志保が半分かじったところで聞いてきた。「ふぅん」幹也が急に志保の目を見つめる。「俺にもちょうだい」そう言うと、志保の口に手を伸ばし、残りのチョコを取って自分の口に運んだ。えっ、それ間接キス…。志保の心臓が跳ね上がり、顔が赤くなるのを感じた。「ほんとだ」幹也は目を逸らしながら、「うまいね」そう言った。

「ホッ、ホワイトチョコのはっ」志保は切り出す。「どんな味?」嬉しい、どうしよう。とりあえず話を振らなきゃ。「…食べる?」そう言いながら幹也がホワイトチョコを差し出す。「ありがとう。美味しいね」志保は食べながら、本当のキスってどんなものなのかしらと思った。

「お前はさ」唇をぺろっと舐めながら幹也が口を開く。

「何か持ってないの」

「持ってないよ」幹也の少し艶めく唇を見ながら、キスしてみたい気持ちが膨らむ。

「ふぅん、真面目だな」

「お返し、期待してるわ」幹也がニヤッと笑いながら、志保の頬を突っついた。志保は衝動的に幹也の右腕を掴み、右頬に軽く唇を付けた。少し汗っぽい匂いがした。

しまった、ついー。志保は自分でも驚いていた。膝に目を落とし、なんてことをしてしまったのだと動けずにいた。

「ごっごめん」志保は声を振り絞る。

「チョコの、お返しに、と思って…ごめん…」どうしよう。幹也はどんな顔をしてるのだろう。ここで右腕をまだ掴んでいたことに気が付き、慌てて離した。

「こっち、見て」幹也に呼ばれ、志保の心臓はまた跳ね上がる。気持ち悪いって言われるかも、別れようって言われたら…。そう思いながら、志保は恐る恐る顔を上げた。すると、一瞬で視界が幹也でいっぱいになり、唇に何か当たった。え?今のは…キス?

「あー、俺のファースト・キスが…」そう言いながらきつく抱きしめられた。「あの、」少し息苦しい。「もう一回…したい」大胆かな、でも一瞬でよく分からなかったんだもの。幹也はパッと志保を離すと、「意外と積極的だな」ニヤッと笑い、もう一回、さっきより少し長くキスをした。


「あのチョコ、まだあるかな」スーパーの菓子売り場で幹也が立ち止まる。

「なんのチョコー?」娘の紗也が聞く。「二色のチョコが一緒になってて、美味しかったよな、あれ」

「なにあじー?」

「そうねえ、」志保は紗也と幹也を交互に見て、

「甘酸っぱい味かな」と答えた。

「ええー、チョコなのにい」と紗也は唇を尖らせる。幹也と2人で笑い合った。

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