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7.わたくしは、騙されたのかしら。

「……お父様、今、何と仰いました?」


 リーリアは呆然と、そう問い返した。僅かに顔色を悪くした父、トーキアロンに。

 クラキオの屋敷に招かれたその日の夜の夕食後、リーリアはそれぞれ部屋を出て行こうとするトーキアロンと母、ササラを呼び止め、クラキオの屋敷に招かれた理由を語った。弟のヒーラントはすでに眠そうにしていた上、まだこの話をすべきか迷ったので、部屋を出て行くのを止めなかった。両親を呼び止めるリーリアを、少し不思議そうな顔で振り返っていたけれど。

 トーキアロンは隣にいたササラと顔を見合わせて息を吐いた後、「本気で魔公の花嫁になるつもりか、と言ったんだ」と口を開いた。


「魔公の花嫁になるということは、文字通り魔物の公爵であるツォルン公爵の元で、花嫁として過ごすということだ。聖女として最も聖力が強いとされる、十六歳から二十歳までの五年間の間ではあるが……。ツォルン公爵邸に住み、ツォルン公爵の手伝いをしなければならない」


 「もちろん、その辺りの事はツォルン公爵から説明されていると思うが……」と、トーキアロンは続けるけれど。

 残念だが、全くそのようなことは聞かされていない。


 え、どういうこと? 説明し忘れたのかしら。


 さすがに、五年間も住み込みで働かなければならないというならば、もっと色々と考えたのだが。毎日カイネス侯爵邸からツォルン公爵邸に通い手伝えば良いという話なのだと思っていたのだけど。


 確かに、社交界シーズンはわたくしもこちらにいるからそれで良いけれど、それ以外はどうするのかしら、とは思わないでもなかったわ。


 カイネス侯爵邸には、地方に領地がある。トーキアロンは宰相という立場上、このタウンハウスを離れることは滅多にないのだが、ササラを筆頭としてリーリアの家族たちは皆、シーズン以外は領地にあるカントリーハウスへと移るのだ。だから、今度からはトーキアロンと共にこちらにいなければならないのかと、そのくらいしか考えていなかったのだけど。


「まあ、通常の結婚とは違い、あくまでも仕事としての役割。五年の間だけであり、その間に正式な婚約者を見つけることも認められているから、問題はないと言えばない。それどころか、魔公の花嫁になるほどの聖力の持ち主だと国中に認められるわけだから、ある意味では良い話だ」


 まるで自分に言い聞かせるように呟くトーキアロンの肩を、そっとササラが撫でていた。

 それにしても、住み込みになるというのは、ある意味では都合が良いかもしれないと、ふと思う。同じ敷地内で過ごしていれば、クラキオの魔力が減っていればさすがに気付くだろう。


 わたくしには、奇跡と呼ばれるほどの聖力があるんだもの。ツォルン公爵様の魔力が減っていることに早い段階で気付くことさえ出来れば、聖石を造り出して公爵様に渡すことも出来るはず。早速今日からでも、少しずつ聖石を造り出して溜めておきましょう。


 もちろん、それだけで全てが上手くいくとは思えないが、少なくとも魔力の足しにはなるはずだから。

 本の中でしかよく知らない、それも人間ではなく、魔族の元で過ごすことが怖いなんて、言っている場合ではないのだ。


 ツォルン公爵様は貴族としても認められた方だし、わたくしを変な目で見ることもなかったし、ご自分も変な目で見られることを嫌っておられたし……。むしろ、隙を見つけてはわたくしに触れようとしてくる人間の殿方の所で一緒に住むよりは、ずっと安全かもしれないわ。うん。そうよ。


 うんうんと、自分を納得させるべくそう心の中で呟く。どのみちクラキオと少しでも交流を持たなければ、彼の暴走を止めることも出来ないのだ。ここまでくれば、腹をくくるしかないのである。

 だけどせめて自分付きの侍女だけでも連れて行こうと、リーリアはまた一つ心の中で呟いた。


「それに、悪い話ならば別だが、リアが自分で決めたことならば、私たちに反対することは出来ないからな。数日のうちに、王城の方にリアを花嫁にする旨をツォルン公爵が伝えに来ることになるだろう。おそらくお前も共に城に上がることになるだろうから、気を引き締めておきなさい。国王陛下の前に出ることになるだろうからな」


 溜息交じりに言われた言葉に、リーリアはぎゅっと掌を握りこんだ。王国でも重要な立場である魔公が、形式だけとはいえ花嫁を娶るのだ。予想してはいたがやはりそうなるかと、リーリアはトーキアロンの言葉に頷いた。

 まあ、自分は侯爵家の令嬢であるため、いつかは本当の結婚の許しを得るために王城に上がることになる。その予行練習だとでも思うことにしよう。そうしよう。

 自分を必至に納得させながら、リーリアは小さく息を吐いた。

 その翌日、トーキアロンの予想通り王城とカイネス侯爵邸に、ツォルン公爵から手紙が届いた。侯爵邸に届いた手紙には、三日後の午後にカイネス侯爵邸を訪問し、事の次第を説明するということ。そして王城に届いた手紙には、宰相であるトーキアロンの話によると、三日後の夕刻にリーリアを連れて城に上がりたいという旨が書かれていたという。

 ただどんよりと表情を曇らせたトーキアロンに、あくまで住み込みの仕事だからと言い聞かせるササラを横目に、リーリアは決意も新たにぎゅっと拳を握るのだった。


「カイネス侯爵夫妻に話しておいてくれたんだね。話が早くて助かるよ」


 カイネス侯爵邸を出て、ツォルン公爵家の馬車に乗り込んだリーリアに、クラキオはそう言って嬉しそうに微笑んだ。そのうっそりとした艶のある笑みにひくりと頬を引きつらせつつ、曖昧に笑う。役職としての花嫁とはいえ、話さないわけにはいかないと思うのだが。

 手紙に書かれていた通り、カイネス侯爵邸を訪れたクラキオは、トーキアロンとササラに話をし、花嫁としてリーリアの身を預かりたいという旨を伝えていた。トーキアロンは不服そうな顔をしていたが、渋々といった体で頷いてくれた。反対にササラはというと、クラキオの艶やかな流し目と甘い笑みを向けられ、始終嬉しそうにしていた。

 二人から承諾を得たその足で、予定通り、リーリアはクラキオと共に王城へと向かうことになり、現在に至る。扉のすぐそばに座ったクラキオの反対の奥の席に腰掛けたリーリアは、少し躊躇った後、「あの、ツォルン公爵様」と、口を開いた。


「魔公の花嫁になると、五年の間、公爵様のお屋敷に住むことになると父から聞いたのですが……。本当ですか?」


 少しだけ恨みがましい表情になったのは否めないが、何も訊かされていなかったのだから仕方がないと思う。クラキオは軽く首を傾げると、くつりと笑う。黒く長い髪がふわりと揺れた。


「そういえば、伝え忘れていたね。カイネス侯爵の言った通りだよ。君はこれから五年の間、俺の屋敷で過ごすんだ。もちろん、部屋は別だしあくまで役職みたいなものだから。心配しなくても大丈夫だよ」


 さらりとクラキオはそう言って笑う。本当に忘れていたのか、あえて伝えなかったのか、その金色の目を細めたとろりとした笑みからは何も読み取ることは出来なかった。

 リーリアは内心で小さく息を吐き出し、「そうなのですか」と適当に呟いた。今更彼を問い詰めた所で、意味はないと分かっていたから。


 確かに、公爵邸に住むことになると知っていれば、わたくしももう少し考えた上で返事をしたことでしょうけれど。わたくしの聖力のことについて、黙っていてもらわなければならなかったのだから、どのみちこうなったのでしょうし。


 ある意味無駄に悩まなくて済んだだけ良いのだと、リーリアはまたも自分を納得させる言い訳を考えていた。あの本の夢を見てから、事あるごとにこうして自分に言い聞かせていることに少し呆れる。

 仕方がないとはいえ、まだ言葉を交わしたことも片手の指の数で足りる二人の会話は、そこで途切れてしまった。リーリアとしては、今だ頭の中で疑問として漂っている、魔力の枯渇による暴走、という一文についてを訊ねてみたいと思っていたのだが、それを直接クラキオ自身に問いかけて良い物かと悩んでいた。魔物や魔族にとって、魔力が枯渇するというのは瀕死の事態である。魔公という、魔物や魔族の中でも最高位にある彼に、魔力が枯渇したらあなたはどうなるのですか、などと訊いても、無意味なような気がしてならない。彼自身、体験したことがあるかどうかも分からないのに。


 と、言いながら、ただどのように訊ねたらよいか分からないだけなのよね。きっと。


 ここでクラキオの気を悪くしてしまえば、今から向かう先で彼が国王にリーリアの聖力を再度調べるよう助言し、そのまま第一王子の婚約者として内定することさえなくはないのだから。

 質問は、もう少し彼自身を知ってからの方が良いかもしれないと、逃げ腰でリーリアが考えていた時だった。「アイル嬢」と、口を開いたのはクラキオの方だった。


「少し聞きたいのだが。……結局君は、何で聖力の事を隠そうとしているんだい?」


 不思議そうな表情で、クラキオはそう訊ねてくる。自分の考え事で頭を悩ませていたリーリアは、咄嗟に返事をすることが出来ず、「あ、えっと……」と、曖昧に口を開いた。

 まさか、第一王子の婚約者となって、将来的に貴方と共に心中しないためです、とは言えないではないか。おそらく気が触れていると思われてしまう。それだけはカイネス侯爵家の令嬢として回避せねばならない。

 何と答えようか、いっそのことはぐらかしてしまおうかと悩んでいた所、助け舟を出したのは他でもない、質問をして来たクラキオ自身であった。


「もしかして、だけど。……誰か、想う人でもいるのかな?」


 問われた言葉。一瞬、何を言われたのか分からずに頭の中で反芻する。想う人。何で急にそんな話になったのだろう。

 そんなリーリアの疑問に答えたのもまた、クラキオだった。彼は申し訳なさそうに笑った後、「いや、君のことは社交界でも話題になっているからね」と呟いた。


「君を第一王子の婚約者にと考えている者は多いから。もちろん、カイネス侯爵があまり乗り気ではないらしいから、微妙な所だけれど。君のその、強すぎる聖力を目の当たりにすれば、王族の側も君を囲い込もうとするだろう。第一王子の婚約者と言うのは、都合の良い肩書だ。けれど他に想う相手がいるのならば、絶対に得たくない肩書でもある。だからもしかしたらと思ったのだけれど」


 「違ったかな」と、問いかけてくる彼は、どこか伺うように首を傾げていて。普段から余裕のある様子の彼が上目遣いでこちらを見てくる様子は何故か可愛らしく、いつもとは別の意味で心臓が煩かった。

 リーリアは彼の言葉に納得しつつ、それもそれで都合が良いかもしれないと思う。想い人がいるとするなら、クラキオもまた安心するかもしれない、と。


 ツォルン公爵様、前の花嫁のことで色々あったみたいだし。わたくしに想い人がいるとすれば、本当にただの役職ということで安心されるかもしれないものね。そちらの方が、わたくしも色々と話し安くなるかもしれないから。


 彼の言葉に乗っかってしまおうと思い、リーリアは僅かに恥じらうように視線を俯かせ、頬に手を添えた。恋する乙女ってどんなだろうと悩んだ結果の姿である。内心ではびくびくだったが、両親に与えられた容姿のおかげか、傍から見ればそれなりに様になっていた。


「ツォルン公爵様は、気付かれたのですね……。実は、そうなのです。わたくしには、ずっと想う方がおります。第一王子殿下と婚約者となってしまえば、絶対に結ばれることなんて出来ません。ですから、どうしても聖力の事を周囲に知られるわけにはいかないのです。無理を承知でお願いいたしますわ、公爵様。どうか誰にも、わたくしの聖力の事をお伝えなさいませんよう……」


 切実に見えるように、最後には頬に添えていた手を胸の前で組んで、クラキオの方を見つめてみた。さすがにわざとらしいかと思ったのだが、クラキオは特に訝しんだ様子もなく、「なるほど」と呟いていた。それどころか、どこか眩しい物でも見るように目を細めて、柔らかく微笑んでいた。


「君も知っているかもしれないけれど、魔物と言うのは、一生をかけてただ一人の番いを愛することしか出来なくてね。だから君のように、ただ一人想う相手のために動く姿は、とても好ましいと思う。そのような相手のいない俺としては、とても羨ましいとも。……話を聞けて良かった。もちろん、誰にも言わないよ。安心すると良い」


 「想いが叶うと良いね」。

 そう言う彼は、本当に優しく微笑んでいて。思わず見惚れながらも、リーリアは彼を騙してしまっていることに少しだけ胸が痛んでいた。

木曜日って言ったのに…。王子出て来るって言ったのに…。

まあ、無理でしたすみません。

次回はさすがに王子出て来ます許してください。

…というか、ここにこうして色々書くのどうなのかな。お目汚しすみません。

ブクマ、評価、感想、いつもありがとうございます!

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