12. は、これ 後だ っている。
清々しく晴れた日の朝、王宮の門から、三台の大きな馬車がゆっくりと進み出てきた。白く華美な装飾の目立つその馬車には要人が乗っているのだろう、馬車の周囲を護衛の騎士たちが囲み、辺りに視線を巡らせている。
そんな三台の馬車の内、一番先頭を走るそれに、ニルヴィナはゆったりと腰掛けて座っていた。手にした白い羽の扇を、開いては閉じ、開いては閉じ、窓の外をじっと睨むように見遣りながら。
おかしいわ。こんなこと、あるはずがない。
ぎり、と奥歯を噛みながら、ニルヴィナは思った。ぱちり、と音を立てて勢いよく扇を閉じる。
有り得ない。有り得るはずがない。
あの小娘が、クラキオ様の『花嫁』なんて……!
有り得るはずがないのだ。
確かに、クラキオ様はあの小娘に惹かれるようになるわ。それは分かってる。ヒロインの下僕となったクラキオ様にも、あの小娘は優しく、どこまでも理想的な聖女で。……あの二人のカップリングが好きな人たちの間では、ヒロインとキースリール様が想い合うことを悲しむあの小娘を救うために、クラキオ様が心中なんて状況を作り出したのかもしれない、なんて話もあったくらいだもの。だからこそ、続巻では……。
傍らの座面に置かれた紙の束を睨みながら、手にした扇をぎゅっと握りしめる。その紙の束は、今から四十年近く前、ニルヴィナが自ら書きだした、記憶の束。
日本という、こことは違う世界を生きた、前世の記憶を書き出したものであった。
今から四十年近く前、十歳になるかならない頃、ニルヴィナはダンスの練習中に頭を強打したことがある。その際に、頭に浮かんできたのが、前世の記憶であった。
と言っても、自分がどうやって亡くなったのか、何をしていたのか、そういったことはあまりよく分からないまま。本を読むのが好きだったようで、たくさんの本の知識だけが頭にあった。
この世界がそのたくさんの本のうち、『紫王子の優しい眼差し』という題名の小説と同じ世界であると分かったのは、本当に偶然のこと。当時はまだ第一王子と第二王子であった、現在の国王と王弟とは、王家とクランシウ伯爵家が家族ぐるみで仲が良かったことから、幼馴染と言って良いような関係だった。主にニルヴィナと父であるクランシウ伯爵が王城へと足を運んでおり、記憶を取り戻したその数日後も同じように王城へと向かった。
その際に、出会ったのだ。国王と面会するために王城を訪れていた、当時はまだ二百三十歳、人間でいう二十三歳程度の姿の、クラキオと。
懐かしい……。あの時は、奇跡が起きたと思ったわ。覚えていた他の小説じゃなくて、最推しだったクラキオ様のいる、この世界に生まれることが出来たんだもの。
イラストのクラキオよりも少しだけ幼い彼と出会った時、ニルヴィナは思ったのだ。まだ、クラキオ以外の登場人物たちは生まれてもいないのだから。
自分が、彼の隣に並ぶことが出来たならば、と。
そしてそれは、一度は上手くいったのである。『魔公の花嫁』として、彼に選ばれたその時に。
でも、クラキオ様はわたくしを見てはくださらなかった……。だから何度も寝所を訪れて、思いを伝えていたのに。
クラキオがそれを受け入れることはなかった。だから。
仕方がないと思ったのだ。
未来で他の誰かに奪われるくらいならば、……わたくしが、あの方の魔核を奪ってしまおうと思ったのに。
クラキオはニルヴィナの思惑を察し、『花嫁』の仕事からも解雇してしまったのである。
当時を思い出し、また一度ぎりりと奥歯を噛み締めた。
そもそも、あの小娘が『奇跡の聖女』となっていないのがおかしいのよ。わたくし以外にも、あの物語を知っている者がいるのかもしれない。その者がわたくしの邪魔をしているのかも……。
思い、僅かに首を横に振る。それは駄目だ。自分の思惑に反するから。
何のために、クレイと結婚したと思っているの。クラキオ様の魔核を、ヒロインではなくわたくしが手にするためよ。クレイは王弟だもの。わたくしが欲しいと言えば、彼ならばわたくしにクラキオ様の魔核を預けてくれる。……だというのに。
一刻も早く、手を打たなければならない。自分はあの『紫王子の優しい眼差し』のシリーズを全て読んでいる。これから起こることも、全て分かっているのだから。
クラキオ様があの小娘に惹かれる前に、魔核を奪わないと。そのためには……。
より早い段階で、クラキオの魔力を枯渇させ、暴走させなければならない。最初の巻では、クラキオが何故、魔力を枯渇させるような事態になったのかは書かれていなかったけれど、続巻ではそれもきちんと書かれていた。
だから今ニルヴィナは、療養と称してそちらに向かっているのである。クランシウ伯爵領、その先にある、クラキオが統治している領地の、その外側へ。
「……やっとわたくしの物になるのね。クラキオ様」
思い、零れた言葉はうっとりと甘く。ニルヴィナは自らの望みを叶えるために、傍らの紙の束に目を通し始めた。
ωωω
王城の最も高い塔の上、人の到達できるはずのないその頂点に、彼は立っていた。誰かが見れば女性であり、誰かが見れば男性だと思う、そんな容貌を持つ不思議な人影。その髪の色や服装、年齢さえも人によって見え方が変わる、万華鏡のような人影。それでいて、一度視界から離れてしまえばその存在そのものを忘れてしまうような、そんな。
「ああ、また動き出したよ。アルド」
人影は走り去って行く馬車に視線を遣りながら、少し嬉しそうに呟いた。まるで、誰かに語りかけるように、優しく。
「彼女以外にも、思い出した者たちがいるようだ。少しずつ、世界の動きが変わってきている。……今度こそ、上手くいくだろうか」
声音はどこか不安そうで、しかしほっとしたようでもあった。
「何度繰り返しただろう、この世界の、この時間を。だがそれも、今回で最後。これ以上はもう、身が持たない……」
どうか、今度こそ、世界があるべき形に戻って。
アルドを、自分を、この時の輪から解放してくれ。
祈る対象を持たない人影は、ぎゅっとその唇を噛み締め、ただ静かに走り去る馬車を見送っていた。
明けましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いしますー!
今年はこちらの話を優先できそうですね! 分かんないけども!
……そしてそのうち、このお話の月とか日付とか魔力の強さの色とかをまとめたページを作らねばと思ってます。
いや、分かんないですよね。申し訳ない。
キリが良いとこに差し込むか、この部分に書くか……。まあ、そんな感じで考えてます。
ちょっとだけお待ちくださいませ。




