帰り道を急ぐ妹と迫る危険
ほ、ほら、元々不定期&亀更新って言ってたじゃん?
ししし仕方ないって、なあ?
・・・難産やったんです。
*******
波乱に満ちた謁見を終え、見事婚約者から「お前なんか大っ嫌いだ!」の言葉を勝ち取ったライナは、すぐさま帰りの馬車に乗り込んだ。王城には泊まれるようにと準備されていた部屋もあった。しかし、すぐにでも帰りたいライナがたてた行程によって家により近い宿屋で一夜をすごしそのまま帰路に発つことになったのだ。
そんなライナの怒気迫る様子を知ることなく、インガルはのんびりと食後のティータイムを満喫していた。使用人以外誰もいない家は思った以上に広く寂しく感じるが、のんびり本を読みながら一人で過ごした時間もそれなりに有意義な時間だった。
自分が、期待に応えられるだろうか。
自分が、願いに応えられるだろうか。
知らぬうちに陥っていく暗い思考から逃げるかのように、暖かい紅茶で喉を湿らせつつ本のページを捲っていた。
勇敢な騎士の軍記。賢王と称された王の自伝。優秀な先人達の手記。
才能、英智、戦法、技能、剣術。
憧れと同時に到底自分には無理だと卑屈に似た感情も沸き起こった。
―――でも、もしこんなふうに誰かを守る力が僕にあれば
守りたい、そう願う瞼の裏にはプラチナブロンドの美しい少女の姿があった。
初心な少年には、まだ彼女に対する気持ちに名前を付けられていない。戸籍上では妹、となっているが血は繋がっていないし実感などなく、もはや同じ生き物なのかすら疑わしく思っているほどだ。
そんな遠く手に届かないような美しい彼女。ふと触ってしまえば汚れてしまいそうな彼女。いくら天使のようだと言っても曲がりなりにも人間で、感情もあるし傷付くだろう。
彼女の心も、清さも、美しさも、なにもかもを守れる。
そんな存在になりたい。
でも、僕は、なにも・・・。
ぐるぐると暗い思考に落ちていくインガルは知らない。
インガルが守りたいと思う彼女。
その彼女は、先程王城で次期国王となる予定の王子に喧嘩をふっかけたこと。
そして傷付くどころか王子のプライドをズタズタにした上で、嫌いだと言われた瞬間勝ち誇ったような笑みを浮かべたことを。
夜は深まっていく。
次の日の朝早くから馬車を超特急で走らせているライナ達。両親はそんなライナの姿に最早諦めと苦笑いを浮かべていた。
領地はそれなりに栄えてはいるが王都は段違いだ。普段お目にかかれない珍しいものが溢れ飛び交う町は、大人でも心躍らせる。子どもの怖いもの知らずな好奇心があれば、何日でも王都中を回って飽きないだろう。しかし、そんなものには目もくれず早く我が家にと目を血走らせる娘の姿に両親も笑うしかなかった。
「ライナ、夕方には着くから今は休んでいなさい」
昨日も今日も早くに起きてずっと馬車で移動しているため体力的にキツイだろう。そんな思いで父親はライナに声をかけるが、当の本人は2日間会えなかったインガルに会える興奮で疲れも眠気も一切感じていなかった。
王都を抜け領地へ続く道を進む。少しでも領地への帰路をショートカットするため整備が不十分な悪路を突き進んでいる。ときに大きく揺れたり石で馬車が跳ねたりするが、公爵家の乗り心地抜群の馬車のおかげで臀部にアザができるほどではなかった。
あとどのくらい、もう着くかしら、そんな言葉を何度も御者に聞いては窓の外を見て領地がないか確認するライナ。領地に入った頃には2日ぶりに兄に会うのだと身だしなみを突然気にしだした。
時折はさむご飯時や休憩、御者の交代の時間以外ずっと馬車を走らせ、夕飯の時間が近づいた頃ようやく屋敷が見えてきた。今すぐにでも飛び出して2日ぶりの兄の姿を見たいと逸る気持ちをなんとか抑え、まだかまだかと徐々に近付く屋敷を見ていると、門の前に人影が見えた。
「・・・ッお、おにいさま!」
屋敷の門の前には会いたくて姿を見たくて仕方なかった兄の姿があった。その隣にはインガル付きの侍女や執事長、門番などもいるのだが勿論恋心に曇ったライナの目にはインガル以外写るはずがなかった。
「はぅっ・・・、う、美しい・・・」
まだ米粒程度にしか見えないにも関わらず、眩しいものを直視したかのように目を細める。事実ライナの目にはインガルが光り輝いてみえるので、ライナの目がおかしいだけでその反応は妥当だとも言える。
徐々に近付くインガルとの距離。近くなればなるほどにインガルのほのかな香りが漂ってくるようで、ライナはそれに酔ったかくらくらとし始めた。インガルに対してだけは異常な反応を示す五感は濁っているのか鋭くなっているのか。
「もうっ・・・、もう降ろして・・・!」
インガルの姿がはっきり見える距離になれば、すでに降りる準備をすませたライナが降ろせと御者に懇願する。馬車が止まらずともそのまま飛び降りんばかりの様子に御者もビビり、屋敷から少し距離のあるところで止まった。
両親の声など耳に入るはずもなく、全力で扉を開けそのまま子どもにとっては割と大きな段差を飛び降りる。インガルにロックオンしたライナは脇目も振らずに突撃する。インガルとの間にある距離がもどかしく、近寄りすぎたら鼻血を吹き出す自分の体質など頭から抜け落ちたライナはひたすら突き進んだ。
あと数メートル、走りよる義妹に驚くインガルの顔がしっかりと見えるくらいの距離になったときだった。
「・・・ィナ、あぶない!」
ライナの背中に父親の叫び声がかかった。
その声に思わず足を止めると、
ライナの目の前にキラリと鈍く光る、刃物があった。