妹は婚約者に喧嘩を売る
ライナは思わず出た間抜けな声に気を止めることもなく、アルバートの言葉を反芻する。
お気に入り、認めない、父上、寵愛・・・?
一体どういう意味だ、と王を見ると諦めたような目で乾いた笑みを浮かべていた。そして見比べるように父親を見ると、こちらも小さく苦笑いを浮かべている。
「・・・・・・どういうこと?」
「・・・アルバート殿下は陛下を心から尊敬されていてな。だから仕事と言って奪っていく私が気に入らないみたいなんだ」
苦笑しつつ父親はライナの頭を撫でる。アルバートにとってライナの父親は尊敬する父親に馴れ馴れしくして、仕事をさせては自分たち家族と過ごす時間を奪う嫌な奴、という認識なのだ。父親を誰よりも尊敬するがゆえの態度のため、大人たちはその子どもらしい微笑ましさに苦笑いするしかない。
しかし、それはあくまで大人たちの視点であり、ライナもまた子供なのである。
大人たちの反応を見るに、アルバートのこのような態度はいつもの事なのだろうことはライナも分かった。アルバートは威嚇するように敵意を剥き出しにしてライナの父親を睨みつけており、主人を守る番犬のようだ。ライナの目が徐々に冷めたものになる。
そもそもライナがここにいるのは婚約者であり将来の夫となるアルバートとの面会だ。その相手が自分の父親はもちろん未来の伴侶となる自分をも敵視してくる。こちらは正しく礼節を守り必要十分以上の敬意を表したというのに、向こうはどうだ。王家とはいえあまりにも礼を欠きすぎている。
普段のライナなら彼の態度に呆れる程度で終わること。
他人の態度や動向に興味を示さない彼女なら心動かされることなど滅多にない。
しかし、今日は違う。
ライナは史上最悪の機嫌の悪さなのだ。
わざわざお兄様のお食事風景に癒され、お兄様が使われたソファの残り香を嗅ぎ、国一番の画家にこっそり書かせたお兄様の肖像画を眺めるという至福の日々を涙を飲んで我慢しながらこうして赴いたというのに。
こんな奴のためにお兄様のお側を離れなければならなかったというの・・・!?
お兄様は今家族のいない家でお1人で過ごされているというのに・・・!
突如湧き上がった怒りの対処法を、滅多に感情が揺れることのないライナは分からない。抑え方の分からない感情は言葉となり態度となって顕著に現れた。
実に、ライナらしい形で。
「・・・っ、お、おまえなんだその目は!」
ライナは無意識のうちにアルバートを睨みつけていた。その瞳は普段眠そうに気だるそうにしている様子からは想像できないほど、鋭くアルバートを貫く。
恐ろしく整っているライナの静かな怒りの視線に思わずアルバートはたじろぐが、ライナはさらに怒りを爆発させる。
「うるさいですわ、ファザコン野郎!」
「なっ!?」
アルバートはライナの言葉に衝撃を受け固まる。周りの大人もあまりの暴言に目を見開く。
「私は陛下へのご挨拶と婚約者との面会のために参上したのであって、ファザコン野郎から敵意を向けられに来たのではありませんわ」
「お、おまえ、王子に向かって、ふぁ、ファザコンなんて言っていいと、」
「あらご存知ありませんの?この国では夫婦および結婚を約束した男女は対等ですのよ?」
この国は男尊女卑の傾向が強い。一般の貴族が長子相続制、つまり長男が跡を継ぐようになっていたため、相続権のない女子を軽んじる風潮があるためだ。
しかし安定した治世が続き、教育が男女問わず施され貧富の差が小さくなった世の中で、徐々に男女平等を叫ぶ声が大きくなってきた。突出した才能を持った有能な女性の登場が目立ち、かつての男優位の法では不便がでてきたのを鑑みて、王国は現在出来うる限りの男女平等を目指している。
そして最近、その足掛かりとして夫婦および将来を誓い合う男女を出身に関係なく対等とする法ができたのだ。
「一体なんのためにこんな法があるのか疑問でしたけど、納得しましたわ。こうして対等でなければ婚約者であられるアルバート殿下に対して‘忌憚なき’意見をご拝聴いただけませんものね」
「な、なにが忌憚なき意見だ!ただの悪口じゃないか!」
もちろんこの法は、爵位の低い者が治世権を相手と対等に持つことで領土を協力して治めたりするためのもので、決して相手を罵倒するためのものではない。
「何を、私はただ心から思ったことをそのまま申し上げただけですわ。あなたがどうっっっしようもない‘ファザコン’で、婚約者への気遣いもできない無神経なお・こ・さ・ま、ってね!」
慌ててライナの口を塞ごうとする両親を振り払って放たれた罵倒は、幼いアルバートの自尊心に大きな傷をつけ憤怒を沸き立たせるには十分だった。