はじめましての兄と妹
そう、それは運命の出会いであったと言えるかもしれない。
国内随一の有力貴族、王家も無視できないほどの力を持った公爵家。その名に恥じない豪奢な屋敷の一室。
その部屋では1人の少女が、ソファに座りながらつまらなさそうに脚をプラプラさせていた。
少女の母親はその隣に腰かけてのんびりと娘に話しかけているが、その応えは素っ気ない上に一言。しかし、これがこの家庭の普通であった。
10歳になるその少女は、公爵家の一人娘である。
名前は、ライナ・テンペスト。プラチナブロンドの髪に天使の輪が輝き、瞳は落ち着いた青。ふっくらとピンク色に頬は色づき、どのパーツも完璧に形作られている。暗い色を好む彼女はシンプルな紺色のワンピースを纏っているが、それは彼女の白い肌を映えさせ、美しさがさらに際立っている。
まさに、絶世の美少女。
しかし表情はつまらなさそうな無表情で、子供らしさのない一人娘に両親はいつも小さくため息をついていた。
そんな彼女が、今母親とソファに座っているのは、父親からの大事な話があるため。
この国の宰相として、また領主としても昼夜働く父親はとても忙しく、王都と領地を行き来して数日顔を見ないことも少なくない。そのためわざわざ時間を取らなければ親子3人でゆっくり話すこともできないのだ。
親子で過ごす時間も取れないことを心の中で反省しつつ、母親は娘と共に最愛の夫を待っていた。
幾分かして、扉が小さくノックされてようやく1人の男が入ってくる。公爵家の当主でありまさに母親と娘が待っていた父親だった。
「すまない、待たせたな」
癖になっている眉間の皺を少し緩ませながら、愛しい妻と娘に歩み寄る。浮かべられる笑みは微笑で変化は少ないが、普段彼と共に働いている部下たちが見れば驚くほどの変化だ。娘の表情の変わらなさは紛れもなく父親似である。
父親の後ろからは、従者が1人、そしてその従者の後ろに隠れるよう子供が1人着いてきていた。
「あなた、その子供は?」
立ち上がり夫を笑顔でむかえながら、不思議そうに子供を見る母親。
「色々と説明しなければならないことがあるのだが、まず紹介をしておこうか」
ライナ、と名前を呼び未だにソファに座ったままの娘を呼び寄せる。名前を呼ばれた少女はゆっくりと立ち上がり母親の隣に立った。それを見ながら、父親はゆっくりと従者の背後にいる子供の背に手を置いて、張り付いている背中から前へ出るよう促す。
「今日からお前の兄上になる、インガル・テンペストだ」
インガルと呼ばれた子供は俯きながらも、前にいる大人の女性と女の子を見ようと目を向けた。
その子は銀色の輝く髪に瑠璃紺の瞳をした少年。怯えているのか瞳は少し潤んで涙目になっており、子どもらしいぽてっとした赤い唇はギュッと引き結ばれている。恐る恐るというふうに上目遣いにこちらを窺う姿は、まるで捨てられた子犬のよう。しかし少女に負けず劣らず整った顔は、成長すれば誰もが振り返る美丈夫となるだろう。
母親は、まあ可愛らしい、と子供の目線に合わせてしゃがみこみ、笑顔を深める。その動作にビクッとしながらも、自分を害する意思のない女性の笑みにゆっくりと身体の力を抜き。
ぺこりと頭を下げて、その女性の隣にいる少女に目を向けた。
その少女は、少年が今まで生きてきた短い人生の中でも一番美しかった。思わず見蕩れ、お互いに視線が絡まる。見れば見るほど心惹かるその姿、白い肌や佇まいから上品で育ちの良さを感じられて。そんな少女に見つめられている、その状況に今更気付き、心臓がドクッと鳴る。
意識すればするほどに胸は高鳴るが、目を離すことはできない。その姿はまるで、小さい頃、絵本の中の美しい天使様のようだった。
ドクドクと心臓がますます高鳴る。彼はその瞬間、初めて美しさに見惚れて、我を忘れた。言うなれば、一目惚れ。彼はどうしようもなく、彼女に見惚れ、彼女に心動かされた。
何も言うことができず、動くこともできず、ドクドクと血が巡り顔が赤くなっていくのが自分でも分かる。なにか、なにかいわないと。引き結んでいた口をわなわなと開き、とりあえず挨拶でもと、なんとか声を出そうとしたときだった。
ブシュッッ
なにかが噴出する音がして、思わずその場にいた誰もがポカンと口を開く。
その音は、先程少年が見惚れていた少女から聞こえて。少女は前かがみになりながら、顔を、より詳細にいうなら鼻をおさえていた。指の隙間からはだらだらと血が流れている。
「え・・・、・・・あ、だ、大丈夫!?」
突然天使様かと見惚れていた少女が鼻を押さえて血を流す姿に、少年は慌てて声をかけ近付こうとする。が、
「ち、ちかよらないで!」
そういって少女は鼻を押さえたまま、ずざざっと後ろへ後ずさった。初対面で一目惚れした女の子に、ものすごい勢いで距離を取られ拒否された少年は、衝撃で声も出せずにフリーズした。両親は突然の出来事に驚き、ひとまず娘に駆け寄る。
「ど、どうしたのライナ?突然」
「体調が、いや、血が出てる、どうして」
困惑している両親があわあわとしながら娘の顔を窺い、思わず驚いた。表情筋が死滅しているのではないかと半ば本気で思っていた娘が、鼻血をぽたぽたと垂らしながら顔を赤らめ、幸せそうなニヤケ顔を浮かべているではないか。
「ら、ライナ?」
「・・・お、お父様、お母様」
常にない娘の姿に動揺を隠せない両親に向かい、少女は小さく、湧き上がる興奮を抑えるように言った。
「あ、あの子、可愛すぎる・・・!無理・・・!」
それは、少年の甘やかな初恋と、少女の変態的な情愛が開花した瞬間であった。