第7話 初めての村(2)
森も草花も眠る夜更けに、ボクとレンは偶然鉢合わせた。月光を反射する小川の水面を眺めながら、しばらくの間、ボク達は沈黙を破れないでいた。
仕方ないことだと思えた。ボク達はこの村――いや、世界にとっては異物のようなものなのだから。どういうわけなのか、村人たちがボク達を排除する気が全くないのが不思議なくらいだ。
「なあ、もう夜中に丸腰で外に出たりするなよ。村の中でも、たまに魔物がこっそり忍び込んでいたりするからな」
先に沈黙を破ったのはレンだった。
「魔物? 今日のあの、植物みたいな奴のこと? 確か、ヒトクイカズラだったっけ?」
ボクがそう聞くと、レンは少し苦笑しながら答えた。
「あれはこの辺りじゃ強い方で、さすがに『魔素』の薄い村の中までは入ってこない。強い魔物は、異界の存在である自分を維持するのに大量の『魔素』が必要だからな。俺が言っているのは、スライムとかゴブリンだ」
また色々と新しい言葉が出てきた。『魔素』と『魔物』、か。本当に異世界に来てしまったのだなと、ぼんやりと改めて実感していると、はっと死活問題となりうる疑問が頭に浮かんできた。
「あれ、ボク達も異世界から来ているけど、存在するためにその『魔素』っていうのが必要にならないの?」
慌ててレンに聞いてみると、彼はボクを落ち着かせるように、あえて陽気にゆっくりと答えた。
「安心しなって。お前らは『呼ばれた側』だからな。『呼ばれた側』はこの世界の住人として認識されるから、存在するのに『魔素』は必要ないんだ。悪いけど、『魔素』とかについては、これ以上のことはローザに聞いてくれ」
あいつの方がこういうのはよく知っているから。そう言って答えを打ち切ると、表情を暗く歪めて、先程までの重苦しい沈黙が再び訪れた。
「お前と一緒に『呼ばれた』あの女、ローザによると、あまり容体が良くないらしい。俺たちも最善を尽くすが、念のために『最悪の事態』を覚悟しておいてくれ」
レンが喉から絞り出すように言葉を紡ぎ、ボクの反応を恐る恐るうかがった。
やっぱりか――。
まさに最悪の宣告を、ボクは自身でも驚くほど冷静に受け止められていた。この世界に来てから、田村が現実を受け止めきれずに狂ったように、ボクも異世界に適応するため、冷徹な人間へと変貌してしまったのだろうか。
レンもボクの反応に違和感を覚えたのか、若干訝しげな顔をしている。
こんな顔を向けられたのは生まれて初めての経験――いや、どこかで同じ経験をボクはしている。
そう、あれは確か小学生のころだった。目の前に奇異の目線を向ける人がいるにも関わらず、ボクは記憶の底へと潜り込んでいった。
次回は8月15日の予定です。
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