第6話 初めての村(1)
「あ、あれ。足が……」
異世界に召還され、化け物に襲われ、やっと落ち着ける状況になったと思った時、花野が両足を抱え込んでその場に倒れた。
「痛い痒い痛い痒い痛い痒い痛い痛い痛い――!」
花野はのたうち回り叫びながら両足を掻きむしり、あっという間に白い靴下が血で真っ赤に染まった。
「くそっ、ヒトクイカズラの毒か!」
レンは革製の手袋をはめ、花野の両手を紐で縛った。それから素早く両足の血を拭き取って、粘り気のある液体を塗りつけると、
「おい、そこのお前。危険だから、近づくなよ」
多分、この時には確信に近い予感がしていたのだろう。ボクの心拍が徐々に上がっていき、脳内がその予感で埋め尽くされていった。
レンとローザも考えは同じなのだろう。表情に焦燥と悔悟、悲嘆と憐憫が入り混じり、滲み出ていた。
「ここにいても仕方ないわ。村に戻りましょう。レン、彼女をお願い」
あくまで淡々と、冷静にローザはそう指示した。しかし、すぐにこちらに顔を見せないように、ローブの裾を翻しながら背を向けた。レンは花野を手当しつつ静かに頷いた。
村に着いたのは夕方遅くになってからだった。森を切り開いて開墾した畑、その畑の隙間に詰めるように質素な木造の家屋が、十数ほどまばらに建っているだけの、実にのどかな村だった。
日没直前の太陽が村を橙色に染める中、何人かの村人とすれ違い、何か聞かれたような気がするが、後々になっても思い出せない。
ローザの手引きでその日の夜は、ひとまず村長の家に一泊することになった。村の代表者が住むだけあって、村の中では一番立派な家だった。
「大変だったね。突然、違う世界に呼ばれるとは」
白髪交じりの初老の男、村長でローザの父でもあるローグマンの優しげな言葉と笑みに、この世界に来て初めて、安堵と猛烈な疲労感を感じた。
それでも、その日の夜はどうしても寝付けず、こっそりと村長の家を抜け出し、村の中を散歩することにした。
村の西から中央を通って南に流れる、小川の清らかなせせらぎ。村唯一の風車を回す、木々の匂いを孕んだ夜風。色とりどりの宝石を、墨色のベールの上に散りばめたような満天の星空。
都会で生まれ育ったボクにとって、どれも元の世界では体験したことのないものばかりだった。
「よう。元気そうだな」
村の情景に夢中になっていたボクに、誰かが後ろから親しげに声をかけてきた。びっくりして慌てて振り向くと、長い髪を後ろに束ねた、浅黒い肌の少年――レンが穏やかに笑いながら立っていた。
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