第44話 オズウィン砦の夜(2)
旧世界暦1205年、魔王軍との戦争に勝利した人間は、それを記念して暦を新世界暦と改め、復興と再びの繁栄を目指した。しかし、五十年後の新世界暦50年、リヒテンブルク北部のセルモンド山岳が、大勢の魔物によって奪取されたことをきっかけに、悲劇の連鎖が始まった。
最初にセルモンド山岳の周辺に住んでいた人間が、魔物によって手当たり次第に殺された。翌年には当時の国王がリヒテンブルク各地から騎士と兵士を強引に集め、魔物の討伐とセルモンド山岳の奪還に向かわせたが失敗、敗北。
さらに悪いことに、兵を集めるための重税が原因で国内の経済と治安が急激に悪化し、以前より貴族と騎士の傲慢さと腐敗が目立っていたのもあって、国民の不満と怒りが『民政主義革命』という形で爆発した。後に『五年内戦』とも言われる戦いの始まりである。
「とまあ、そういうことがあったわけ。あたしとローザの母親はセルモンド山岳での大虐殺の生き残りなの。当時、有名な冒険者だったレウニグスとローザの父親に助けられて、そのまま一緒に冒険者として活動するようになったの」
クロミアは山岳の麓の森林を見つめたまま微動だにしなかった。おそらくは、かつてはそこに存在していた故郷の懐かしき風景と、共に住んでいた人々との暮らしを思い出しているのだろう。
「セルモンド山岳奪還作戦に参戦したり、『民政主義革命』で革命軍に協力することになったり、挙句の果てには『鋼鉄の盾』なんていう、それはそれは大層な組織のトップに祭り上げられるわで――」
彼女は星空を見上げ、小さなため息をつくと、白い吐息が彼女の顔を隠した。夜空を飾る星々も瞬きをしながら、静かにこちらを見下ろしている。
「この二十五年間、気が休まる時なんてほとんどなかった。ドワーフ族の掟で幼い頃から戦士の修行をしていて本当によかったわ」
クロミアは苦笑しながらそう言うと、今度は後ろに振り向いてローザの方を見た。遠くの宴の喧騒など聞こえない、張り詰めた空気がその場を支配した。
「いいかいローザ、間違っても独りで全てを抱え込もうとするんじゃないわよ。――昔の私みたいにね」
彼女は最後にそう口にして、砦内部の方へと去っていった。残されたボクとローザは重苦しい沈黙の中、その場で立ち尽くした。
「そろそろ私達も砦の中に戻りましょう。これ以上ここにいては風邪をひいてしまいそうだわ。――大丈夫、私は大丈夫だから」
沈黙を破ったローザはボクに向かって微笑んだ後、顔を隠そうとするかのように、一人だけ早足で先に砦内部へと姿を消した。勝利の宴もいつの間にかお開きになっていて、喧騒も灯りも段々と消え去っているようだった。
ただ一人だけその場に取り残されたボクは、両手の拳を強く握って、澄んだ夜空に煌々と光る月を見上げながら、「ローザ」と、小さく呟いた。口の中に苦いものが広がっていく気がした。
次回は2月13日に公開予定です。
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