第2話 始まりと出会い(2)
草と土の匂いが鼻をくすぐり、ボクは目を覚ました。徐々に焦点の合う視界に、緑色が滲んだ。時折吹く風が枝を揺らす以外、辺りは静寂に包まれている。
深呼吸を一つして、不安に支配されそうな心を落ち着かせながら、ボクは気絶する前後の記憶をすり合わせた。
期末テストが終わって教室に満ちた開放感、待ちに待った夏休みがやってくる高揚感、誰一人として教室から出られなくなったことによる恐怖、そして、白い光――。
そして、気がつけば見知らぬ森の中にボクはいる。
余りにも静かすぎる森に薄気味悪さを覚えつつも、周囲の状況を確認することにした。樹齢何百年以上はあろうかという大木。辺りに生い茂る、見たこともない草花や蔦に似た植物。
この場所は、日本の一般的に知られているような場所ではない――そんな事実を、それらの存在が容赦なくボクに突きつけてくる。
次にスマートフォンの液晶画面に目を向けた。――『圏外』。文明の利器が教えてくれたのはそれだけだった。
これは何かの事故なのか、あるいは何らかの事件に巻き込まれたのだろうか。努めて冷静さを保ち――同時に未知への好奇心を抑え――意識を事態の把握から対処へと向かわせようとした時だった。
「ここどこ? マジありえないんだけど!」
「あ、あれ? こ、ここは一体……?」
ザクザクという腐葉土を踏みしめ、草木をかき分ける音と共に、見覚えがある二人の男女が現れた。クラスメートの花野と田村だ。花野は、校則違反になるほど丈を短くしたスカートを、茂みの中で煩わしげに引っ張っている。田村は、上履きと眼鏡についた泥を気にしながら、花野と共にボクの近くまで歩いてきた。
「ああもう、最悪! 靴下泥だらけよ!」
「いや、それをボクに言われても――」
どうしようもないよ。と、言おうとして、
「おい、そこの三人! 動くな!」
突然聞こえてきた若い男の声が、ボク達の体を竦ませた。声のした方に顔だけを動かすと、弓矢を構えた浅黒い肌の少年がボク達を睨んで立っていた。当然といえば当然だが、明らかにこちらを警戒している。
浅黒い肌の少年の少し後ろには、ぶかぶかのローブを着た銀髪の少女がいて、肩で息をしながらボク達をじっくりと観察していた。
「落ち着きなさい、レン。――やっぱり、急いできて正解だったわ」
鈴が鳴ったような、銀髪の少女の声。それは、見た目からボクが想像していたよりも、大人びた印象を受けるものだった。
「貴方達は『選ばれし者』? それとも、『迷い人』?」
『選ばれし者』に、『迷い人』だって? 少女の言葉が理解できず、ボクが意味を問いただそうとした時、
「ちょっと待ちなさいよ! そんな訳の分かんないこと言って、私達を騙そうっていうの!?」
花野が耳にキンキンと響く声でそう叫んだ。彼女の派手なロングウェーブの髪も一緒になって激しく揺れた。しかし、ボクはヒステリーを起こした花野をなだめながら、ボク自身も改めて冷静さを保つことを意識しつつ、初対面の二人の方に向き直ってこう言った。
「いや、二人が嘘を言っている可能性は低いと思うよ」
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