第17話 初めての戦い(5)
イチノセ村の東の小川を越えると、魔物が潜むイチノセの森が広がっている。ボクとレンは夜の闇と安全な茂みに身を隠していた。身を隠している茂みからイチノセ村までは、約一キロ程しか離れていない。
ここから北に数十メートルの場所に、田村を食い殺したヒトクイカズラがいるので、ゴブリンの群れはそこを大きく迂回し、僅かな月明かりが照らす、目の前の細長い獣道を通るはずだとボクとレンは考え、この場所で待ち伏せすることにした。
晩秋の冷たい風が頬と額を撫でる。夏真っ盛りだった元の世界を思い出し、時空の壁が目の前に立ち塞がったようで、少しばかり郷愁を感じてしまった。
「ムラカミ、団体さんが来たようだぜ。……思ったより早いが、数は少ないな」
レンの言葉で郷愁を断ち切り、戦闘へと意識を切り替えた。
「了解。――作戦開始だ」
ボクがそう言うと、大きな音を立てないように注意しつつ、獣道に姿を現したゴブリンの群れに向かって、ボクとレンは弓矢を構えた。
ゴブリンの群れの雰囲気は暗く、士気も非常に低下していた。
その理由は三つ。縄張り争いに敗れた時の傷が完治していないこと。昨日までの数日間もの間、まともな食事にありつけていないこと。度重なる失態で、ゴブリンリーダーの求心力が落ち、群れの統制が取れなくなりつつあることだった。
さらに、群れの統制が取れなくなったことで、群れのヒエラルキーの中でも下っ端の者が、人間の村で盗みを働いてしまった。この行為は人間に対する宣戦布告に等しい。
このまま食物を盗まれた村を放置すれば、すぐにでも人間の軍隊がやってきて、自分達をどこまでも追いつめて、一匹残らず討伐されるのは容易に想像できた。なので、こうなった以上は村を滅ぼすしかないと決意し、盗みをした下っ端を『処分』したゴブリンの群れは、イチノセ村に向かって獣道を進んでいた。
獣道を進んで半日が経過した頃、ヒトクイカズラのいる場所を大きく迂回して、ようやく森の出口が見えてこようかという時だった。
突然、先頭のゴブリンリーダーの足下から、ガラスが割れたような音が聞こえた直後、強烈な閃光がゴブリン達の目を灼いた。
「ギィ、ギィ、メガイテェ!」
ゴブリン達は目を手で覆い、首を絞められた鶏のような悲鳴を上げながら、その場でうずくまったり転げ回ったりした。
ゴブリンリーダーだけは光源に近かったのが逆に幸いし、大きく突き出た腹が良い具合に光を遮り、被害を免れる結果となった。
「よし、上手くいったぜ!」
レンはボク達の狙い通りの展開になり、歓喜の声を上げた。そう、彼らの目を灼いた強烈な閃光の正体、それは『衝光石』という、強い衝撃を与えると、衝撃の強さに比例して強い光を放つという、紫水晶によく似た特殊な鉱石だった。ボク達はさっきの矢の矢じりの先に『衝光石』をつけて、先頭を歩くゴブリンリーダーの足下に向かって矢を射ったのだ。ちょうど、『衝光石』が地面に叩きつけられるように。
「まだだよ、レン。相手が体勢を立て直す前に、次の一手を!」
ボクはそう言うと麻袋を手にとって、潜んでいた茂みから獣道に飛び出した。レンも同様に後に続いた。
そして、混乱状態に陥っているゴブリンの群れに対して、麻袋の中身をぶちまけた。中身は赤みがかった粉のようなもので、早くも効果が現れ始めた。群れの中の数体が目を手で覆うだけでなく、体中を掻きむしり始めたのだ。
これがボク達が用意した次の一手、『赤羽蝶の鱗粉』だ。赤色の羽が怪しくも美しい蝶の魔物の鱗粉で、あらゆる生物の表皮を爛れさせる恐ろしい毒物だった。そう、花野をヒトクイカズラから助け出す時に使われた一品だ。
次回は2月29日に公開予定です。
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