第16話 初めての戦い(4)
戦いは昨夜から始まっていた。
実際に敵が襲撃してきたわけではない。ローザによると魔物というのは本来、多少知恵のある種族であれば、昨夜のように不用意に人間の領域を荒らさない。
つまり、昨夜のゴブリンの集団は、別の場所で縄張り争いに敗れて追いつめられていて、凶暴化している可能性が高いという。
太陽の光を苦手としているゴブリンは、深夜に行動を起こすことが多いという。それゆえに、昨晩は寝ずの番を強いられ、未明になってようやく短い仮眠を取り、昼前から大急ぎで防衛の準備に取りかかることになった。
「眠い……。分かっていたけどキツイな、これ……」
欠伸をかみ殺しながら、ボクは村の門前から騒々しい村の中を見回した。生活用品や家具などを満載した荷車が、肉食獣に追われる草食獣のように、舗装されていない道の泥を跳ねながら必死に右往左往している。
「おい、お前が言ってた必要なもの『二つ』、用意しておいたぞ。それと、ゴブリンの群れの大まかな現在位置と進行方向も、足跡から分かった」
レンが村の外に出る荷車に注意しながらぬかるんだ道を走ってきて、浅黒い肌に汗を流しつつボクにそう報告した。
「ありがとう、レン。ごめんよ、色々と準備を任せてしまって。作戦開始までゆっくり休んでくれ」
「良いってことよ。あの森でお前と一緒に、敵に見つからないように動き回るのは、正直なところ不安だったからな。ま、お言葉に甘えてゆっくり寝るとするよ」
そう言い残してレンは村の中へと歩いていった。
その後ろ姿をしばし見送った後、ボクは村の門の上部に取り付けられている、おそらく最近になって新調されたのだろう、まだ真新しい木製の看板を見上げた。――『イチノセ村』。その看板には黒い塗料で、この村の名前が書かれていた。
かつて、魔王軍との戦争のまっただ中で、ローザの先祖にあたる魔法使いが最初に召還したのが、『イチノセ』と名乗る一人の男だったという。
正義感が強い上に義理堅いその男は、魔王軍の軍勢が村に迫った時、村人達を守るためにたった一人で最期まで戦い、勝利と引きかえに命を落としたという。
男の勇敢な戦いに救われた当時の村人達は、男のことを忘れないために、その名前を村の名前とした――。
というのが、『イチノセ村』に代々伝えられてきた、『勇者イチノセ』の伝承の大まかな内容である。
昨晩、この世界の成り立ちについて教えられた時、後からさらに村長から『イチノセ村』の伝承をも教えられたのだが、正直に言って、これといって興味はなかった。
しかし、かつての『勇者イチノセ』と同じ立場になった今は違う。
伝承どおりなら『勇者イチノセ』は間違いなく、『勇者』と呼ばれるにふさわしい人物だったのだろう。でなければ、見ず知らずの人間のために、命を投げ出すことはしなかったはずだ。
だが、ボクは違う。ボクなら命が危なくなった時点で逃げ出している。この戦いを利用し、村人達の信頼を得て、生き残るための利益にしようとするボクは、『勇者イチノセ』とは程遠い、まがい物の『勇者』だ。
(それならそれで構わないさ。わけも分からないまま死ぬよりはマシさ。この世界で生き残るために、なってやろうじゃないか。まがい物の『勇者』――『偽者勇者』に!)
次回は2月15日に公開予定です。
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