第11話 女神と二つの世界(1)
「話があるの、ついてきてくれないかしら?」
召還されてから二日目の夜、夕食を終えて客室で一息ついていたところに、そう話しかけたのはローザだった。
彼女の真剣な面持ちに気を引き締めつつ、日が沈んで暗くなった村長の家の廊下を、足音を立てず上品に歩く彼女の後ろについていくと、元の世界では見られなかったであろうものを数多く目にした。
月が雲に隠れている間だけ、タンポポの綿毛のような光が溢れ出る紫色の花の観葉植物。絶え間なく色彩が移り変わる摩訶不思議な壁の模様。
「こっちの世界のものは、やっぱり物珍しいものなのね」
ボクはローザのそんな言葉にはっと我に返った。どうやらあまりの物珍しさに、少しばかり気が緩んでしまっていたらしい。
そんなボクに対してローザは怒りもせずに、ただ穏やかに微笑んで見守るだけだった。銀髪のショートヘアに黄金色の瞳、雪よりもさらに白い肌を、紫色の花から溢れ出た光の綿毛が照らし、彼女をより幻想的な存在に変えていた。
――元の世界では見られなかったであろう一番のものは、もしかしたら彼女なのかもしれない。ボクは胸の高鳴りを覚えながら、不思議とそんなことを考えた。
やがて古びた本棚が並ぶという書斎の前で立ち止まった。扉が開け放たれていた書斎の奥には、すでに村長のローグマンがいて、「やあ、夜遅くによく来てくれたね」と、言って微笑んだ。
ローグマンの横には三つの椅子と小さなテーブル、壁掛けの黒板、湯気が立ち上るコップがあった。どうやら、ローグマンが用意したもののようだ。
「さあ、席にお座りなさい。君にとって、とても大切な話をしなければならないからね」
ローグマンが着席を促しつつ柔和な笑みを消すと、書斎の空気がしんと静かで張りつめたものに変わった。
「まずはこの世界の成り立ちからかな。――元々、君たちと僕たちの世界は、一つの大きな世界で、二柱の女神様によって創造されたものだったんだ」
ボク達が住んでいた世界と、レンやローザが住んでいる世界、二つの世界は元々は一つだった――。
これだけでも驚くべきことだったが、話はさらに続いていく。
「知の女神ロズリィン様、勇の女神ヴァルキア様、二柱の女神様が『ソフィア』という世界を創造されたのが、全ての始まりだったんだよ」
「ちなみに、ロズリィン様とヴァルキア様は双子の神様で、ヴァルキア様が姉と言い伝えられているわ」
ローグマンの説明に、ローザがコップの飲み物を一口飲んでから注釈を加えた。その注釈を聞いてローグマンは、再び穏やかな笑みを浮かべながら小さく頷いた。
それから彼は黒板に、二柱の女神の名前と『ソフィア』という単語を書いた。さらに、『ソフィア』から一本、二柱の女神の名前から二本ずつ線を引いた。
「世界は二柱の女神様によって繁栄していったんだけど、他の神々が広大になっていく『ソフィア』を恐れて、一柱ずつの分割統治を迫ったんだよ」
彼はさらに二つの単語を黒板に書き加えた。『ソフィア』と知の女神ロズリィンの線の先に『ロズリィン・ソフィア』、『ソフィア』と勇の女神ヴァルキアの線の先に『ヴァルキア・ソフィア』。
「こうして、二つの『ソフィア』が誕生したの。そしてこのことが全ての『災い』の始まりになってしまった」
「『災い』?」
ローザが物憂げに口にした『災い』という言葉に、ボクは敏感に反応した。すると、ローザはゆっくりとボクに向き直った。
「『魔王ベルフェゴール』――。魔王軍の侵攻よ」
次回は10月19日に公開する予定です。
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