第10話 初めての村(5)
ボクが密かに覚悟を決めて間もなく、練習場近くの物置に保管していたという予備の弓矢を、何やら張り切っている様子のレンから受け取った。
練習の前に改めて練習場の周囲を見渡した。ある程度は人の手が入っているようだが、岩や石ころ、切り株はまだまだたくさん放置されており、雑草も日光と水に恵まれ生い茂っていた。お世辞にも整った練習環境とは言えない。
しかし、地面に残った足跡や的の傷跡から、レンは日ごろからかなりの練習をしているのがうかがえた。それだけの努力の末に習得した技術を、惜しげもなくボクに授けようとしているのだ。決して彼の厚意を無駄にしてはならない。
「とりあえず、まずは手本を見せてやるよ」
レンはそう言って、弓の構え方から的の狙い方まで一通り説明して、実際に矢を放ってみせた。矢は空気を切り裂く鋭い音を出して、的の真ん中近くに命中した。
目を皿のように丸くして、ボクはその一部始終を脳裏に焼きつけた。すると、頭の中で不可思議な現象が電流のように発生した。
確信に近い予感、それは――
「それ、できる、かも――」
気がつけば口から零れ落ちていた。レンはボクのつぶやきを聞いてキョトンとした顔になった。
射場にレンと入れ替わるように立ち、矢筒から矢を抜き、弓の弦にかけ、切っ先を的に向けた。矢じりが陽光をチカリと一瞬だけ反射し、ちょっとだけ目が痛くなった。痛みが走った眼窩の奥では、先程のレンの手本がビデオのように再生されていた。
ボクは脳内で再生される残像をなぞるように、ゆっくりと弓矢を構えた後、微かな風の音が止む瞬間を待ち、矢を解き放った。矢は狙いを外すことなく、甲高い音を立てて的の中心近くに突き刺さった。
「ムラカミ、お前、今のは……」
レンは驚愕で声をかすらせてそう言った。その言葉を聞きながら、ボクは二本の矢が突き刺さった的をじっと観察した。
二本の矢は中心近くの、ほとんど同じ場所に突き刺さっている。つまり、ボクはそれだけレンのフォームを忠実に再現できていた、ということだ。
それからボクとレンは競うように交互に射場に立ったが、矢を放てば放つほど、フォームの再現度が上がっていったような気がした――。
弓矢の訓練を始めてから数時間後、空は青天から夕焼け空になり、木々の影が地面を長々と這うようになった頃、ボク達はようやく帰路についた。
村長から「帰りが遅すぎるよ」と、軽く注意を受けたが、ボクの頭の中は、訓練中の不思議な現象についての推測で埋め尽くされていた。
そして、この世界に来てから二日目の夜が更けていった――。
次回は10月12日に公開する予定です。
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