第1話 始まりと出会い(1)
始まりはいつもと変わらない、日常の一コマからだった。
「やっと終わったー!」
「どうしよう、数学と英語がかなりやばい……」
夏休み前の期末試験が終わって、教室には悲喜こもごもといった声がそこかしこから聞こえた。
「村上、お前どうだった? 俺は追試確定」
村上の名字はこの1年A組ではボク一人しかいない。ボクは席に座ったまま、呼ばれた方に顔を向けた。
クラスの中では地味でおとなしい部類に入るボクとは対照的な男子。浅黒い肌にがっしりとした体格の、いかにも体育会系といったクラスメートが苦笑いを浮かべて立っていた。
「正直……微妙かな。数学だけ明らかに難しすぎるよ」
ボクは話しかけてきたクラスメート、野球部の大野大河に同じく苦笑しながらそう答えた。事実、教室内には数学テストの難易度の高さを憤る声が多かった。
「ま、終わったことはしょうがねえ! どっかで遊ぶとするか!」
大野は受けた試験のことをあっさりと忘れることにしたようだった。おそらく、テスト終了日は部活が休みなのを良いことに、ゲーセンにでも行く気なのだろうと中学からのつきあいであるボクは容易に予測できた。
細かいことは一切気にしない。大野のこの大らかさに、かつて周囲から孤立していたボクは助けられた。それに、憧れと少しの嫉妬も抱いている。ただ、そろそろ忠告の一つでも言った方が良いのだろうか……。
そんなボクの憂いとは裏腹に、楽天家な大野は口笛でも吹きそうな上機嫌さで、教室のドアを勢いよく開けようとして――
「あれ、開かねえ?」
大野は何度もガタガタと強引に開けようとしたが、ドアが開きそうな気配は全くしない。ボクはドアに近づいて、大野の背中越しにドアの鍵を見てみたが、鍵は閉まっていなかったし、壊れているようでもなさそうだった。
「何をしているんだよ。反対のドアから出たらいいじゃないか」
ボクはそう言って反対のドアの方に振り向くと、別のクラスメートが必死にドアを開けようとしていた。だが、あちらのドアも開きそうになかった。聞こえてくる会話の内容からして、鍵がかかっているわけでも、ドアが壊れているわけでもなさそうだ。
仕方がない。行儀悪いが、ドアは諦めて窓から廊下に出ることにしよう。ボクは鍵がかかっていないことを確認してから、手近な教室の窓を開けようとしたが、接着剤で接着されているかのように窓は一ミリも動かなかった。
ここでようやくボクは、教室で何らかの異常事態が発生していることを察知した。他のクラスメートの何人かからも、不安や恐怖の感情が伝わってくるようになってきた。
ボクは自分の鞄からスマートフォンを取り出した。学校の電話番号にかけて、職員室の教師に助けを求めるためだ。
「なあ、鈴の音みたいなのが聞こえねえか?」
電波が圏外なのを知って、いよいよ焦りと恐怖を覚えだしたボクの横で、大野は不思議そうな声色でそう言った。
だが、勿論そんなものは聞こえやしない。聞こえるとすれば、教室中のパニック寸前のざわめきくらいだ。ボクもこの時ばかりは大野の大らかさ、悪く言えばマイペースさと大雑把さに苛立ちながら、次の手を必死に考えようとして――
突然、周囲の景色が全て白色に塗りつぶされ、教室に存在していたあらゆる音が消え去り、奇妙な浮遊感が全身を襲った。
平凡な高校生であるボクの――村上勇也の日常は、この日この時をもって、永遠に幕を閉じることになった。
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