魔境、魔禍の大森林
魔禍の大森林にはエルフが住んでいる。
彼らは森エルフ。
大森林の番人で、人類最強の防人達。
かの森は人類の生存域を侵食し、拡大し続ける魔境。
故に、森エルフは人類の最後の砦。
命惜しくば立ち入ること無かれ。
森エルフのタルシンは、今日も今日とて斧頭の戦鎚を振るい糧を探す。
這い寄る虫を潰し、暴れる枯れ木を薙ぎ倒し、喋る茸を切り払う。それが森エルフの暮らし。
森外の民には非文明的だとか何とか笑われるが、此処ではこの暮らししかできない。
ちょっとは外の可愛い女の子に憧れるけれど、田舎者はモテないと聞く。都会は怖いけれども、やっぱり18歳になったら街に行こう。そうしよう。
思春期の妄想を膨らませて、にやけながら絞め殺しの森を進んでいると、肩に担いでいる相棒に引っ掛かりを感じた。歩いていた絞め殺しの根に、僅かに滑り気を感じる。これは、間違い無かった。
「あぁ昨日は居なかったのにな、今日は運悪いな」
上を見上げると、そこには八足虫が腐食性の毒を滴ながら、此方を見ている。
斧頭を上にして担ぎ直すと、はっきりと八足虫の複眼がタルシンを捕らえた。同時にタルシンは足を開いて腰を沈める。相棒は斧頭を上にしたままで、頭上に水平で構えた。
「こいつは酸っぱいし、足がいっぱいで糧にしたくないのにな…」
顰め面でそっと吐き捨てる。木々のしなりと、鋼を捩ったような八足虫の鳴き声で、拍子をとる。眼は全体を捉え、体は虫に対して正面を向く。前の四脚がめいいっぱい広がった。木々の大きなたわみと共に空を割いて、八足虫が飛び掛かってきた。タルシンは拍子を乱さず、一歩踏み込むと万力の力を込めて、八足虫の触腕ごと袈裟懸けに引き裂いた。勢いのまま相棒を旋回させて体液を払うと、肩に担ぎ直す。
「森より糧を頂戴する。其の恨みは糧となり我ら防人の血肉とならん。死せよ弱者、這い寄るもの。」
タルシンは祈りを告げて、八足虫の切れていない方の触腕を折りとった。これは背中の背負子に縛って持って帰る。手早く仕舞うと、一掴みの塩を八足虫に振りかけて、その場を去った。