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異世界魔術の六眷属 ~少年は魔女と踊る~  作者: 宮善
第一章 シオンの騒乱
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第四話 三大魔女

 紫色の海を幾年にも渡り過ごしてきた大男は異世界からの訪問者と向き合い語る。


「リンちゃんな、十年前に両親を殺されてるんだ。所謂魔女狩りってやつに両親が巻き込まれたんだ」


 ラダスの目の奥に哀愁と後悔が混じったような気持ちが滲んで映り込む。


 リンネに両親がいない、安っぽい同情かもしれないがアイツと俺は両親がいないという点では似た者同士だった。


 けれど希望を完全に絶たれた彼女は俺とは根本的な考え方が違うと思う。


 この二日間を通して肌から伝わってきた違和感は、彼女の絶望そのものなのだろう。


「十年前、この国の治安は至って平和だった。だが突然何処から来たのか、廃魔師(はいまし)と呼ばれる見たことない魔法を駆使して好き放題する連中が現れたんだ。


「廃魔師……」


 魔法の区別は今の所全く見当もつかないのだが、ラダスの険しい表情を察するに他人にとって驚異となる魔術であることは容易に想像できた。


 ラダスはリンネの両親が魔女狩りに巻き込まれたと言ったが、元いた世界の誰かを槍玉に上げて晒し者にすることを揶揄する意味ではなく、文字通り本当に驚異となる魔女を狩ったのだろう。


 一瞬冷たい風が吹き抜けて彼の口から立ち上るタバコの煙を揺らした。


「王国はソイツらを治安回復の大義名分の元、手当たり次第に処刑したんだ。まともな下調べなんかあったもんじゃねぇ、リンちゃんの両親は濡れ衣を着せられて、彼女の目の前で首を切り落とされたんだ」


 怒りに震える拳を握り締めつつも俯くラダスは悔しそうに声を搾り出す。


「けど俺達には止められなかった。横暴だと思いながらも帝国以上に廃魔師を恐れた俺達は、結果的に回復した治安に納得しちまったんだ」


 平和には犠牲を伴う。


 いつの間にか定着していた不条理の常套句はどの世界でも変わらないようだ。


 だが一つ大きな疑問が残る。


「ちょっと待ってくれ、廃魔師っていうのは要するにものすごい強い連中だったんだろ。どうやって国はソイツらを押さえ込めたんだ」


 俺の質問にラダスは小さく見な、と呟いて顔を左に振る。


 彼の視線の先にはここに来るまでに走った開けた大通りの街道。


 その更に奥に遠目からでも確認できるほどの大きな三人の女性像があった。


 港に来るまで一切周りを見ずに走り抜けてきたから全く存在には気付かなかったが、改めて目視で確認すると大きさも然ることながら荘厳な雰囲気を醸し出していた。


「帝国が雇った最強とも謳われる三人の魔女様の像さ。左は空間を操る時空の魔女スピカ様、右はあらゆる事象を覆す天羅の魔女トト様、そして中央にいらっしゃるのが現国王の太陽の魔女ルー様さ」


 三人の格好はそれぞれ若干の差異はあれどリンネのように魔法使いとひと目でわかるように、三角帽子にローブを纏った姿で彫られている。


 魔女が国王をしているという時点で驚きだったが魔女狩りという惨劇を起こしておきながら像が作られる程の信仰があるのは、やはりこの世界での魔法の力というのはこの世界の根幹を揺るがしかねないということだ。


「そしてあの天羅の魔女トト様の唯一の弟子がリンちゃんなんだ」


「……まさか」


「あぁそうだ。皮肉な話だよ、自分の親の仇から親を殺した術を学ぶなんてな」


 リンネが自分を天才と自負していたのはこの国を救った英雄のような師匠がいたからかと合点がいった。


 当然、師がどれほど強かろうが本人が強くなければ永久に芽が出ないことは親父から技を習った俺自身がよく知っていた。


「この街はトト様の拠点でもあったから住民は幼い頃からリンちゃんをよく見てきてるんだ。当時は俺たちはリンちゃんのことを気味悪がった。いくら魔女様のお弟子さんとはいえ片目がなくて布切れだけの格好、修行の度に血まみれになった姿は恐ろしかった。見かねた俺達はトト様には内緒で彼女に衣類と食事を分け与えたんだ」


 ラダスは目頭を抑えて言葉を口にする。


 世の中は自分が思っている以上に冷たくて、助けてなんかくれないことも、親に捨てられた俺は少しだけかもしれないが理解していた。


「その時に大声で泣き始めちまった。困った俺たちはそれ以上のことはしてやれなかったんだが、でもその日が転機だったのか町の人と積極的に関わろうとするようになったんだ」


 その時に手を差し伸べてくれた人が、祖父母が、めぐるに返しきれない恩があるということもよく知っていた。


 気のせいかもしれないが、やはりリンネと俺は少しだけ、似ているのかもしれない。


 今の彼女が町の人たちに慕われているのは、その後の努力の証明でもあった。


「今ではすっかり人気者だけどよ、それでも時折怖くなる時があるんだ。本当にたまにしか見せないが悪魔にとりつかれたような顔をする」


 ラダスは新しいタバコを取り出して深く吸い、ため息のように大量の煙を吐き出す。


 俺はこの二日間でその顔を数回目にした。


 今の俺ならわかる、瞳の虚ろの奥底には憎しみや憎悪が渦巻いていると。


 生涯に刻まれた傷は、一生かけても消えないということも。


 ラダスはまだ火のついたタバコを握りつぶし、もう一度俺の方に手を載せ、俯き様に言う。


「あの子はまだ、復讐の鬼に取り憑かれたままだ。帝国のことを憎んだままだ、だからあんなことを――」


 これから帝国を攻撃すること、これから石を投げつけられるような存在になるかもしれないことは、この町の人間は全員知っているのだ。


 でも止めないということは、彼女がやろうとしていることに対して誰も反対はしない、ザババが言った国民の反国思考は本物なのだ。


 それは何もここ数年の異界人政策だけじゃなくて、魔女狩りやほかの出来事への不満が積もり積もってのことだと容易に想像できた。


「こんなことを言うのは無責任かもしれねぇ、大の大人が子供に頼むなんて一生の恥だ。だがボウズ、お前はリンちゃんに選ばれたんだ」


 ラダスは俯く顔を上げて目を合わせて渾身の一声で伝える。


「俺達には、もうリンちゃんを止める術がねぇ。止めれるとも思えねぇ、この国の実情からしてもうやるしかねぇんだ。だがリンちゃんがもし道を踏み外してしまいそうになったら――」


 肩に乗せていた手を離し、床に伏せる。


「お前が、リンちゃんの良心になってくれ。頼む……この通りだ!」


 数分前に俺がやった土下座を今度はラダスが目の前でやった。


 人様に説教できるほど俺はまだ幼いし人間ができているわけじゃない。


 間違えることだってある、リンネが俺を選んだ明確な本当の理由なんてまだわからない。


「俺が選ばれたのはたまたまですよ、たまたま……」


 けどこれだけははっきりわかる、俺がそうだったように――。



 踏み出すためには自分とは違う何かが必要だってことを。

 変わるためにはきっかけを探してもがき苦しまなければないことを。



「でも俺にしかできないなら、しょうがないから引き受けてあげますよ」


 これは流石に調子に乗りすぎた発言かな、と我ながら高ぶる気持ちを抑えられないでいる。


 その言葉を聞いたラダスは巨体をグラグラ揺らして俺を抱き、静かにありがとうと言ってくれた。


 ふと見上げた空が、オレンジ色から群青色に移り変わる様を静かに見つめていた。



◆◇◆



「じゃあ俺、行きますね」


 俺は身長の二倍あろう大男に見上げて伝える。


 ラダスは不安そうな表情で……っておいおい、いい歳したおっさんが泣き出すなよ。


 若干バカにしたのが表情でバレたのかラダスは両手でグリグリ俺の頭をグリグリした後、俺の手の上にこれまた大きな手の平を乗せる。


「ボウズ、お前にいいものをやる」


 大きな手が離れたのを確認して自分の手に握られたモノを見る。


 紫色の宝石が埋め込まれた木製のネックレスのようだ。


「これは……?」


「この街の特産品で紫海の深淵で採れる魔骸晶(まがいしょう)さ。名前はあまりいいもんでもないが、魔を断つ効果が信じられている宝石だ」


 ラダスは崩れそうな泣き顔を無理に笑顔に切り替えて笑う。


「ただでさえ魔素に弱い異界人だしこれくらいのオマジナイはあってもいいだろ、ガハハ!」


 先日、魔素中毒で倒れただけにあまり笑えないが人の想いは確かに今この手の中にある。


 静かに握りしめてそのまま首を通して身につける。


「うんうん、なかなか似合っててカッコいいぜボウズ! ガハハ!」


「そりゃどーも……」


 わざとらしいお世辞を適当に受け流して街道に向けて踏み出す。


「頼んだぜ」


「……あぁ」


 お互いに顔はもう見なかった。

 


◆◇◆



 貰った魔骸晶を揺らしがら未だに人々で賑わう街道を走り抜ける。


 あまり道は覚えていなかったが曲がり角にエレナさんの宿の目印である赤い木の立て看板だけは覚えていたのでそこを探す。


「……あった」


 血で染めたようなおどろおどろしい赤色の看板の横を曲がろうとしたその時であった。


「わわっ! どいてー!」


 何者かがこちらに急接近して双方頭から衝突。


 あまりの激痛に同じくして双方床をのたうちまわる。


「いつつ……」


「あいたたた……」


 暫くして同時に起き上がり、目が合う。


 そして気づく、即座に反応する。


「お前……」


「あなた……」


「『日本人!』」


 意外な出会いだった。


 目の前には黒髪の長髪を蓄え、黒色の鎧ドレスを身につけた女性がいた。


 平面的な顔、落ち着いた焦げ茶色の瞳、正しく日本人のソレである。


 ラダスは確かに異界人を多く見てきたと言っていたがまさか日本人が同じ町にいようとは思いもしなかった。


「うわー偶然! ねぇ、もしよかったら少しお話しましょうよ」


 黒髪の女性は活気な様子で俺の手を掴んで引き起こすと光が漏れ出しているエレナさんの酒場の入口を指差す。


 リンネが言っていた期限は半日、言い渡されたのが昼として翌朝までに結論を出せば良いのだがから多少寄り道をしても大丈夫であろう。


 なにより彼女は同じ日本人、情報を聞き出すにはもってこいなので応じることにした。


「……わかった」


「良かったー、じゃあ行きましょ行きましょ」


 彼女は安堵の表情を浮かべるとグイグイと腕を引っ張りそのまま入店。


 見ると店内は大盛況で皆楽しそうに飲食に興じていた。


 エレナさんが立っているカウンター席は常連客だろうか、男達が揃いも揃って占領していたので仕方なく店の隅であるテーブル席に二人で腰を掛ける。


 近寄ってきた店のお手伝いさんであろう女性がこの世界の元の言葉で話しかけてきたのを黒髪の女性は難なく受け答えを済ませていた。


「あの、俺お金……」


「大丈夫大丈夫、私が奢るわ」


 あまりの勢いに飲まれ、そのまま彼女一人で注文を済ませている中で置かれた水に口を付ける。


 普通こっちの世界にきたらそんな元気は出せないと思うのだが様子から見るに彼女はこの世界に来てからだいぶ時間が経過しているようであった。


 お手伝いさんが去っていくと黒髪の女性はすぐにクルッと顔をこちらに向けほとぼり冷めぬ様子で言葉のマシンガンを連射する。


「えっと、じゃあまずは自己紹介ね。私は甘崎桜香(あまざきおうか)、年齢はヒミツだけど社会人になってからこの世界に転移してきた日本人よ」


 ニコニコしながら話す桜香と名乗った女性が、この魔法世界に来て始めて出会った日本人であった。

次回『胎動』

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