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異世界魔術の六眷属 ~少年は魔女と踊る~  作者: 宮善
第一章 シオンの騒乱
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第三話 覚悟の海

現実世界から抜け落ちた少年はシオンの港に座り込んで紫色の海を眺める。


リンネの言葉がさっきから頭の中をぐるぐる廻っている。


決断すべき時間だけが過ぎていた――。



◆◇◆



 今から一時間前――。


「私達の仲間になってガイア帝国に反逆するのよ」


 リンネが口にした提案はここにいる三人で国に反旗を翻すということだ。


 決断を促すようにザババが口にしていたキセルを置いて続ける。


「今この国の支柱は限界を迎えているんじゃ。いくら異界人とは古来から縁が深いとはいえ、突然の異界人優遇国策で国民のほとんどは疑念と不信感を募らせ、反国家精神が芽生えつつある」


 日本人かぶれの若い男は陽気な表情を崩さずこちらを見据える。


 優遇国策というのは自国語を日本語に変えたことのようだが国策というからには他にもあるということなのだろう。


「誰かが動くきっかけを作る必要がある、ワシらがその旗印になるだけのこと」


 回りくどく言っているが要するに国家に反逆する革命軍の一員として動くということだ。


 今まで平和な生活に味を占めていた日本人一人に何ができるというのか。


「……どうして――」


「『どうして俺なんかが』ってことかしら」


 無意識に出た疑いの声をリンネが遮る。


「この際ハッキリ言うわ。これから私達が戦う相手は帝国の人間だけじゃない、あなたと同じ日本人達も敵よ。その戦いにあなたが役に立つというだけのこと」


 衝撃的な発言に一瞬思考が止まり、精神空間でリンネが口にした人体実験という不吉な言葉が頭をよぎる。


 彼女がテーブルの上を指でなぞるとうっすらと光り文字が浮き出た。写真と一緒に現れた文字列は号外のような一面。


 日本人のような顔付きの男がワイングラスを持ってインタビューに応じているような写真。


「帝国は貴方たち異界人、特に日本人を見つけ次第この国の中心地、帝都に招待して接待を受けているのではないかという記事よ」


 リンネがふっと息を吹きかけるとその文字と写真は燃えるように消えた。


 先程まで陽気な雰囲気を纏っていたザババがふんぞり返って煙をふかす。


「表向きはそういうことになってはいんじゃが、実際は……」


 そこまで言うと黙り込んでキセルを外した口から煙の輪を飛ばす。


 リンネの入れ知恵と彼の言うことが本当なら、帝国は日本人を自分たちの陣地に捕縛して実験材料にしているという意味にも取れた。


 沈黙は肯定の意。俺を考えていることを見抜いているようにサババはこちらを哀れむような目で見ながら相も変わらずキセルをふかす。


 少しばかりの静寂、俺は静かに切り出す。


「……確証はあるのか」


「あるわ、確たる証拠がね。彼らが戦術兵器として実験材料にされていることも確実よ」


 違う方向から即答の声が差し込んでくる。


 顔を向けた先にある自信満々のリンネの顔が意味するところは無知な俺でもすぐにわかった。


「あなたの探し人が帝国の人間に見つかれば間違いなく帝都に連れていかれるでしょうね。そして――」


「やめろ! それ以上言うな!」


 思わず大声で否定してしまった。周りの視線なんてどうでも良くなった。


 めぐるの顔が、二日前に見た後ろ姿がひどく遠く感じて恐ろしくなる。


 気づけば緊張の汗は恐怖の冷たい汗へと変わり、頬を滑り落ちていた。


「無謀だと、あなたも笑うかしら」


 俯く俺に、リンネはどこかもの悲しげな声色で吐き捨てる。


 ここでジッとしている間にも事態はどんどん悪化しているのはわかっていた。


 だが人と殺し合いなんかしてこなかった俺には、何ができるのかわからない。


 選択肢がないことなんて自分が一番分かっているのに、息が詰まり答えられずにいた。


「――半日よ」


 リンネが冷たい声色を変えずに耳元で囁く。


「私達もあんたも時間がないでしょうし、半日だけ答えを待ってあげる。好きなとこで好きなだけ考えなさい」


 無礼を承知で立ち上がり、ギルドを飛び出した。


 何もいないところで、何も考えたくなくて逃げ出した自分を止めれなかった。


「良かったんですかい、あんな言い方して」


 ザババはため息混じりに麺食品の容器を開け、箸を割る。


「事実を伝えなければいずれ絶望の淵へ沈んで這い上がってこれなくなるだけよ」


 誰の顔も見ずに飛び出した少年の背後を見送る魔女の顔は諦めの色ではなかった。


「けれど大丈夫、必ず――必ず戻ってくるわ」


 その瞳は希望の炎で赤く燃えている。



◆◇◆



「何してんだ……俺」


 紫色の水面を視界全体に写して、潰れそうな自分の頭を掻き毟る。


 最初はめぐるを助けたい一心で本気でこの世界に飛び込んだつもりだった。


 それがどうだ、現実を叩きつけられてへこたれて、何も決断できないままでいる。


 俺は戦いや喧嘩が嫌いだ、誰かを傷つけてしまうから。


 それは欺瞞にも似た正義感だと思っていた。


 けど違う、それはただぶつかり合うのを恐れて逃げている弱い自分だと知ってしまったのだ。


 なぜあの場で、俺は仲間になるとすぐに言い切れなかったのか、弱い自分を恨む。


 どうすればいいかわからず、水面を眺めることしかできない。


「どうしたボウズ! そんなトコで黄昏ちまってよ」


 突然背後から声がしたと思い振り返ると声の主は歩きながら横に座ってきた。


 立派な白い髭を蓄え、初老に見えるが鍛え抜かれた肉体を持つ大男だ。


「あんたは日本語を話せるんだな……」


 俺の捨て台詞を大男は意外そうに目を丸くした後、ガハハと笑い飛ばして顎で港に止まってる船と船員を指すように上下に動かす。


「あいつらは話せなくてもいいが、大将の俺が話せないとあいつらを食わせていけないからな!」


 どうやらこの男は漁師のまとめ役をしているらしい。


 傷だらけの両手が漁の過酷さと経験を物語っている。


「ボウズがリンちゃんの言ってた異界人かい?」


「……そうだよ、何か用か? 何もないならほっといてくれ」


 大男の調子のいい口調に腹が立ち、つい乱暴な口調で返してしまった。


 一人にして欲しいという我侭な感情を口にしてから後悔する。


「ガハハ、まぁそうつれないことを言うな。悩み事があったら聞くぜ、なぁ?」


 彼はそれを気に止めず言葉を口にして片手に持っている酒瓶らしきものを口に当てる。


 どこの誰ともわからない相手に話すことなんて、今の俺には何もない。


 でも誰かに言わなければ、この気持ちをぶつけなければ潰れてしまいそうな自分がいる。


 何もせずに時間を潰すくらいなら、と思いを託して呟く。


「……俺に、異界人の俺にできることってなんでしょうか。魔法も使えない上にロクに戦えもしない、この世界を覆すほどの対した知識もない俺は何をすればいいんですか」


 大男は酒瓶から口を外し海と空の境界線を見据えながら口を開いた。


「ボウズ、俺はな今まで多くの異界人を見てきたつもりだ。だが今の今まで役に立たない人間なんて一人も見なかったぜ」


 そう言って自慢げに鼻をこする。


「前の世界でどんな事情があったかは知らないが、あいつらはみんな必死になってこの世界にかじりついて生きようとするんだ。苦難に葛藤して、非力さに絶望して、それでもこの世界に食らいついて何かを成し遂げてきた」


 そう言うと大男は俺の両肩を掴んで自分の方へ向かせる。


 彼の大きな両手から伝わる熱量が体の震えを止め、不安の冷たさを勇気の温かさに変わっていくのを感じた。


「お前はまだこの世界の常識に染まってない人間だ。何も知らないからこそできることがあるはずだ。ボウズ、お前は自分のやりたいことをやれ。やる前から結果がわかることなんてこの世にはねぇんだ。だったら今を精一杯がむしゃらに生きるしかねぇだろ、違うか?」


 力強い気迫に、思いっきり頬を叩かれたような感覚。


 顔も声も全く似ていないのに、父親の感触を思い出したような気がした。

 


◆◇◆



 数年前――。



「名前の由来だぁ?」


「そう、名前の由来。学校の宿題だから教えろよ」


 静かな道場で俺は親父と二人で手合わせを行っていた。


 立華式護身術、独自の流派で空手や柔道とも言い難いソレははっきり言ってインチキ臭い武術だった。


 けれど何故か弟子は至るところから集まってきている。


 それは恐らくこの武術が相手を傷つけずに無力化させるのを第一としているからだ。


 俺は喧嘩や暴力は大嫌いだったけれど、この武術は何か温かいものを感じて、嫌いじゃなかった。


「そうだなぁ……なんだったかな」


「ってわからないのかよっ――!」


 いい加減な返答の親父に痺れを切らして右足を前に踏み込んだ刹那――、


「おっそれもーらい」


 親父は即座に俺の下腹部に潜り込み左足を掴んでバランスを崩した俺を逆さまにぶら下げた。


「……クソッ」


「はっはっは、まだまだ詰めが甘いなぁ」


「……早くおろせよ、頭に血が上る」


 親父はおぉすまんすまんと笑いながら言って握っていた手をゆっくりと下ろす。


 そして急に真面目な顔になり俺を見据えた。


「陽祐、元来立華家は踏まれても枯れない華のように強くあれという教えがあるのは知っているな」


「……あぁ」


 そう言い終えると直様バカにしたように薄笑いを浮かべて人差し指で小突いてきた。


「だのにお前ときたら元気がない上にシャイだし、声は小さいし武術もちーっとも上手くならん」


「やめっやめろよ!」


 俺は鬱陶しさから両手で振り払おうとしたとき、ピタッと親父の手の動きが止まり、今度は優しく頭を撫でてくれた。


「正直な、お前は優しすぎるところがある、武を嗜む者としては致命的な欠点だ。だが俺はそれでよかったと思ってんだ。俺はお前が生まれたときこう願ったからさ」


 思いっきり顔を近づけて告げる。



「『困って一人じゃどうしようない、立ち上がれない人がいたら、お前が陽となって照らしてやって欲しいと』」



 いつでも俺に意地悪な親父は心底嫌いだった、勝手に消えて余計に腹が立った。


 でも生気に満ちたその言葉だけは、今も忘れずに脳裏にしっかりと焼きついていた。



◆◇◆



 ――一瞬だけ、昔の夢を見ていた気がする。


「無謀だと、あなたも笑うかしら」


 ギルドで見たリンネの悲しげな顔が脳裏をよぎる。


 あのクソ親父め、他人の陽になれなんて簡単に言ってくれる。


 あぁ、わかったよ。やってやるさ、それしか選択肢はないんだ。


 どうせアイツについて行かなくても身動きできずに老いて死ぬか、帝国の人間に捕まってモルモットにされるかだ。


 そんなことになるくらいなら、俺は俺のやり方で足掻いてやる。


「あんた、名は……」


「俺か? 俺はラダスってんだ」


 ラダスと名乗った大男の両手首を両手でしっかり握り、肩から離す。


 俺はアイツについて何も知らない、注入された入れ知恵を探っても見当たらない。


 何をやるにしても情報が必要だ、相手を理解しなければ何も始まらない。


「ラダスさん、アイツの……リンネのことについて知ってること、教えてください……お願いします!」


 他人に本気で土下座をしたのは、生まれて初めてだった。


 冷たい石畳が少しだけ額をかすめ傷を付けた。


 ラダスはその言葉を聞くと待ってましたと言わんばかりに高笑いして土下座する俺の背中をバシバシと乱雑に叩いた。


「そうかそうか! まぁ俺もリンちゃんについてどうしても伝えたいことがあったから声をかけたまでのことよ。……時間がないんだろ?」


 どうしてそれを、と顔を上げるとラダスはいつの間にか取り出していたタバコに指先から小さな火を出し煙を吹く。


 やはりこの世界の人間は規模は違えど多少の魔法は使えるようだ。


「この町は狭い……全員の庭で、全員が家族で、リンちゃんがこれから何をしようかなんてみんな知ってるんだ。本人は内緒にしてるようだけどな」


 どっしりとした両足で胡座を組んで向き合う。


「いいかボウズ、これから言うことは大事なことだ。俺達町の人間全員の願いでもあるんだ。聞いてくれるか」


 もう立つ背には底なしの崖しかない、覚悟を決めて頷いた。


 ラダスもそれを確認し小さく頷き返す。


 しばしの静寂、煙を吐ききった彼は重い口を開いた。


「リンちゃんな、十年前に両親を殺されてるんだ。所謂魔女狩りってやつに両親が巻き込まれたんだ」



 地獄の釜のような一人の魔女の壮絶な生涯が今、語られる。

次回『三大魔女』

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