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異世界魔術の六眷属 ~少年は魔女と踊る~  作者: 宮善
第一章 シオンの騒乱
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第二話 紫海の街シオン

 空間が赤に染まってからすぐのことだ、突然目が覚める。


 見るのは二度目になる木目の天井。


 指先を揺らして体が自由に動くのを確認して、汗で下着までぐっしょり濡れた体を起こす。


 窓から差し込む優しい日差しで朝だと認識する。あぁ、最悪な朝だ。


 もうこの世界に来てから何もせず二日が経過してしまったのだ。


 じっとりとした汗の感触が全身を包み込んでただただ気持ちが悪い。


 横に目をやると、すぅすぅと可愛らしい寝息を漏らすリンネが椅子に胡座で座り込んだまま寝ていた。


 さっきまであんな話をしていたのになんと安らかな寝顔だろうか、性根の悪さが伺える。


 ベッドから飛び降り、彼女の目線と合うようにその場に屈む。


 直後に起きたのかはたまた最初から寝たフリをしていたのか、リンネは片目を見開いて舌を垂らしながら挑発するように笑う。


「お目覚めの気分はいかが?」


「……おかげさまで最悪だよ」


 楽しそうな少女とは正反対のセリフを吐き捨てるながら顔を背けると、彼女の隣に昨日はなかった朽葉色の衣装が無造作に置かれているのに気づく。


 視線を追っていたリンネは俺の頬を両手で引っ張り、無理やり顔を自分の方へ向かせた。


「とりあえず下で水浴びしてからソレに着替えなさい、その後であなたの話をじっくり聞いてあげるわ。あなた臭くてゆっくり話せたもんじゃないもの」


 細い指でドアの方を指差してほくそ笑む。


 誰のせいだ、と口に出さずにため息混じりで服を掴んで部屋を出る。


 階段を下りていると、エレナが廊下を通りかかり目が合った。


「あら、ヨースケくんおはよう。昨日はよく眠れたかしら?」


「ありがとうございます、おかげさまで元気になりました。昨日はすみません、あんなこと言ってしまって……」


 軽くをお辞儀をした後、提供された食事に疑いを持ったことで再び深く頭を下げる。


「気にしないで。異世界から来た人はわからないことだらけでしょうし、なりふり構ってられないものね」


 エレナは相も変わらず金髪を揺らして柔らかい笑顔を返してくれた。


 たった数秒前に見た誰かさんの魑魅魍魎のようなニヤけ顔とは正反対である。


 この人柄と腕一つで商売していると思うと、その商売道具に一瞬でも泥を塗った自分を責めると同時に頭が下がる思いでいっぱいだった。


「えーと……浴室はここの突き当たりを右に曲がったらすぐだから、ごゆっくり」


 なかなか頭を上げない俺の手に握られた服を見て察したのか、エレナは耳元で優しく囁いてから笑顔のまま反対側の調理場と思われる場所へ歩いて行った。


 あの人には当分頭が上がらなさそうだ。


 足早に廊下を後にして浴室手前の更衣室へ入り、服を脱ぐ。


 よく見るとシャツは何故か穴だらけ、ズボンも所々破けていて、これはもう着れない。


 浴室に入り、ざっと見回すと日常で使っていたホテルや銭湯のような大浴場ではなく、シャワールームの個室が並んでいるようなタイプであった。


 扉が横並びになっている通路に入ると水の音で一人だけ先客がいることに気付く。


 やがて音が止み、半開きになった扉から綺麗なおみ足が覗く。


 そういえばここの浴室、男女で出入り口が分かれていなかったがまさか、と思った頃には時すでに遅し。


「んなっ!」


「あら?」


 赤い長髪を蓄えた女性の裸体が顕になった。


 しかもこれが豊満であるからいくら恋路に興味がないといえど一人の男、目の毒である。


「珍しいわね、こんな時間に」


「えっと……あの……すみません」


 あまりに突然の出来事に両手で目を覆っていると女性は通り過ぎ様に呟く。


「あの子のこと――よろしくね」


 ハッと我に返り振り返ると女性の姿は消えていた。


 よくよく考えるとおかしいのだ、更衣室には自分の服しかなかったのに先客がいること自体――。


「あークソ!なんなんだ!」


 シャワーヘッドから放出されるぬるま湯だけが異世界に来てからの蟠りを流してくれるような気がした。



◆◇◆



「……馬子に衣装とはよく言ったものね」


 リンネがテーブルに頬杖をついて珍獣を見るような視線を向けてくる。


 彼女に渡された服は動きやすいように独自のデザインになっているローブにシルクの手袋、ロングブーツにチョーカー。どれも銀色の装飾が施されており見たことのない紋章も施されている。


 自分の普段着とはかけ離れた格好に小っ恥ずかしくもあるがここまで本格的だと逆に格好がつくというものである。


「……これ、いくらしたんだ」


「どーせあなたに言ってもこの国の通過価値知らないんだから意味ないでしょ。まぁ、これからは私に付き添うわけだから恥ずかしい格好させられないわよ」


「うぐ……」


 軽蔑の眼差しを向けられながらも的確すぎる指摘に言葉が詰まる。


 頭の中を探ってみても確かに通貨に関する情報がない。


 どうやら意図的に知られたら困る情報は抜いているようだ、この魔女め。


 ここで言い争ってもしょうがないので大人しくリンネの対面にある椅子に座る、とにかく時間が惜しかった。


「じゃあ聞かせてもらいましょうかヨースケ」


 俺はここに来た経緯と今は幼馴染を追っていることを伝える。


 リンネは聴いてる間神妙な面持ちで若干体を揺らしていたが、茶化す様子もなく大人しかった。


「幼馴染追って、ねぇ……」


 リンネは話を聞き終わると、少し考えて込んでなにか企んでそうな含み笑いを浮かべながら何度か指を組んで口を開ける。


「手伝ってあげてもいいわ、あなたの人探し」


「本当か!」


「その代わり、条件があるわ」


「……それは何だ」


 少女は答えを急かす俺を片手で制しながら立ち上がる。


「ついてきなさい、行った先で話してあげる」


 足早にドアに手をかけた魔法使いにさっきから疑問符が浮かんでいることを引っ掛けてみる。


「待て――」


「何よ?」


「……昨日から疑問だったんだが、所有物とか付き添うとかどういう意味だ」


 リンネはなんだそんなこと、と肩を竦めて小さく呟くと相も変わらず悪人顔で振り返る。


「私が拾ったから、あんたは私の物よ」


 小学生並みの理論に思わず頭を抱えた。


 どうやらこの魔法使いの辞書には人権という文字はないらしい。



◆◇◆



 紫海の街シオン、ここは名前の由来の通り紫色の海が観れるということでそれを目当てに観光に来る者も多いそうだ。


 宿屋を出てリンネの後をついて行ってるものの、店の前にある立て看板や町ゆく人々が話している言葉は全く理解できない。


 それもそうだ、二つ目の自国語が日本語に制定されていたとしてもまだ三年、しかも島の末端の町ともなると情報伝達は遅い上にそう簡単にもう一つの言語も使えるようになるわけがない。


 時々見かける日本語を話している人達はどれも自分で商いを営んでいる人達で、使えなければ仕事にならないからだろう。


 そして暫く街道を見渡してきたが人々が華やかな服を着こなしていたり、どういう原理で動いてるのかサッパリ理解できない機械多数で、やはり元いた世界と差し支えないほど技術が発展している。


 いや魔法がある分この世界の方が発展してると言える、リンネに注入された知識は正確な内容だと見て間違いないだろう。


 それにしてもさっきから通り過ぎる人々がリンネの顔を見るたびに手を振ったり会釈をしている。


「随分、町の人達から信頼されてるんだな」


「ふふん、まぁね。なんせ私は天才だから!」


「はいはい、そうですか」


 生返事にリンネはムッと膨れっ面で振り向くが心なしか楽しそうに見える。


「よっリンちゃん!ソイツが昨日言ってた新しい下僕ってやつかい?」


 何やら麺類を炒めている屋台の男性が日本語で気さくに声をかけてきた。


 困ったことに俺が彼女に拾われたということはもう街中に知れ渡ってるようだ。


 リンネは出店に近寄るとご機嫌な様子で俺を指差す。


「えぇそうよ。ま、今はまだタダ飯喰らいだけどね」


 余りにもしたり顔で言うものだからハッ倒してやろうかとも思ったが周りの視線がそれを思い留まらせる。


 彼女の味方が多いこの街で敵を増やすのは得策ではない、流石に部が悪すぎるので我慢、我慢だ俺。


 拳を握り締めているのに気づいたのか屋台のお兄さんが眉をひそめて真剣な面持ち。


「そうだ少年、それでいい。この街でリンちゃんに手を上げようとして生き残った奴は見たことないからな」


 魔法使いの少女はそれを聞いて更に調子づいたのか陳列されている焼きそばらしきものを三個、容器ごと鷲掴みにしたと思いきやクルクルと器用に指先で回す。


 容器から漏れたソースの匂いが鼻をくすぐる。


「り、リンちゃん流石にお代は払ってもらわないと困るよ」


「あら、そういえばこの店が全焼したのを綺麗に元に戻した時のツケ、まだ払って貰ってないわよねぇ」


 お面のように張り付いた笑顔で店主に迫る、お前はインテリヤクザか何かか。


「か、かなわんなぁリンちゃんには……」


「これでチャラにしてあげるわ」


 リンネは笑顔のお面を外さないまま、苦笑いする店主を横目に持てと言わんばかりに先程頂戴した、いや正確には強奪した食べ物を俺の手に乗せてきた。


 若干お兄さんが気の毒になったがふと様子を見ると売り物三個で店の修繕費が賄えたと思って安堵しているようだった、ちゃっかりしてる。


「ついたわよ」


 五分程歩いてから周囲の建物より明らかに大きい建造物が目の前に現れる。


 入口の真横には見慣れない文字、その下には日本語で『ハンターズギルド』と書かれていた。


 精神空間で見た映像を思い出しながら西部劇に出てきそうなスイングドアを潜る。


 ハンターとは魔物狩る者達のことで、この世界では国の軍に所属する憲兵や魔法使い以外の働き手として重宝されているようだ。


 魔物は原生生物が魔素によって突然変異し凶暴化したもので、元々は無害な動物なことが多く捌いた肉も食用に用いることができるので収支関係も問題なく仕事として成立している。


 なのでギルドに所属していない、国の公職にも従事していない正真正銘の冒険者という職業はこの世界では希少な存在らしい。


 入ってすぐに殺風景な空気が流れ込んできた。


 生傷が絶えない男や数十個もの銃器と思われるものの手入れをしている女、カードとコインを使って賭け事に興じる荒事専門のような風体の男達等、この建物内だけ違う時代にタイムスリップした感覚になる。


 が、俺の目の前を歩く魔女もそんな連中に負けず劣らずの風格である。


「あんまりよそ見してると噛み付かれるから気をつけなさい」


 リンネの忠告が念仏のように両耳を通り過ぎて全く頭に入ってこない。事実彼女がこの建物に入った瞬間に中にいた者たちの視線が一気に集まったからだ。


 本来であればリンネに向けられていたであろう視線がその後ろの新参者に集まるわけだから当然、頭の上から足の先まで嫌な汗が吹き出している。


「そいつが例の異界人の兄さんかい?」


 張り詰めた空気に一筋の光の如く男の声がしたのでハッと視線を向ける。


 そこには丸テーブルに頬杖を付きながらキセルをふかした男がいた。


 浅黒い肌に着崩した袴、腰から日本刀のような柄が顔を覗かせ、いかにも江戸時代の侍風に日本人かぶれした奇妙な出で立ちである。


「ハローザババ、待たせちゃったかしら?」


 リンネが珍しく明るい声を発し、その男に近寄りながら誰も座っていない無骨な椅子を引き寄せ、腰を落とす。


「あぁ、ちーとばかし待ったが何やら手土産もあるようやしのぉ、許しちゃる」


 俺の手に持っている容器を見つめながら陽気に返すザババと呼ばれた男の対面に恐る恐る座った。


 この二人だけではない、この場にいる俺以外の奴は誰一人として目が笑っていない。


 少なくとも今まで戦いとは無縁の一般人である俺にとって、一時も気が休まる状況ではなかった。


「さて、早速だけど本題に入らせてもらうわ」


 そんなことは露知らずリンネは悪魔のように口だけを笑みで歪ませ声を発する。


 この魔女からどのような条件が提示されるのか、思わず唾を飲み込む。


「私の眷属になること、それがあなたの人探しを手伝う条件よ」


 突飛な提案で意味が理解できず首をかしげる。


「あら、わからないかしら。ならもっとわかりやすく言ってあげるわ」


 真紅の瞳を見開き左目の黒色眼帯を摩りながら言い放つ。


「私達の仲間になってガイア帝国に反逆するのよ」


 世界に反逆する少女が、そこにはいた。

次回『覚悟の海』

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