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異世界魔術の六眷属 ~少年は魔女と踊る~  作者: 宮善
第一章 シオンの騒乱
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第一話 魔法世界

 ――鈍い痛みで目が覚める。


 目蓋を開くといつもの見慣れた無地の天井ではなく、木目がカッチリ並んだ天井が映る。


 確か俺はめぐるを追って謎の空間にそのまま飛び込んで――そこからの記憶はない。


 あれから何時間経過したのか。


 そもそもここはどこだ。


 一気に疑問が泡のように湧き出してきたがそれを遮るように窓から日光が差し込み、なにやら遠くから男達の声らしきものも聞こえる。


 ともかく動かないことには始まらない、体を起こして辺りを見回す。


 自分が今寝ているベッドと大きめの窓、あとはなんら装飾が施されていない木目のテーブルと二人組の椅子のセット、最後に出入り口かと思わしき木製のドア。


 ドアの上部には鷲のようなマークが掘り描かれている。


 どうやらここは建物の一室のようだ、そして何やら外から話し声が聞こえてくる。


「*****」


 さっきから聞こえてくる声の出処を探るべく窓から外を覗き込むとそこには一面の紫色が広がっていた。


 にわかには信じがたいが、海のようだ。


 それも見たこともない鮮やかな紫色で彩られている海。


 少し視線を下ろすと、複数の漁船らしきものと、その上で男達が座り込んで談笑する様子が伺える。


 どうやら自分がいるのは建物のニ階くらいで、そしてここは港らしい。


 壁を通しているせいか声が小さく何を話しているのかは確認できないがそれよりも俺の目を奪ったのは彼らの近くにある船だった。


「……浮いてるぞ……あれ」


 自分のよく知っている漁船と思わしきものが遠目から見てもわかるレベルで水面から空中に浮いているのだ。


 現代でそのような技術が実用化されたなんて聞いたこともないし見たこともない。


 疲労からくる見間違いかと思い一度目蓋を閉じたその刹那――


「なーんだ、起きてるじゃないの」


 突然背後のドアを蹴り開ける音と、聞きなれた日本語で反射的に振り向く。


 そこには片目に黒光りする眼帯をつけた少女と割烹着姿の女性が立っていた。


「リンネちゃん、いきなり大きな音立てたらお客さんビックリしちゃうでしょ」


「いいのよ、コイツはもう私の所有物なんだから」


 随分な物言いで部屋に乗り込んできたリンネと呼ばれた少女の風体は異様の一言。


 つばが異様に肥大化した三角帽子を被り、紫青色に彩られたローブを纏って大きい杖を背負ったその姿はまさしくファンタジー世界の魔法使いそのものだった。


 見開いた片方の瞳はバラのように真紅に染まっており、見つめられるだけで吸い込まれそうになる。


 もう片目の黒色眼帯が真っ赤な瞳と交差しより不気味さを増して、今まで関わってきた人間とは全く違う何かがそこにはいた。


 コスプレにしては出来すぎているし、仮にコスプレだったとしてもそもそもこのような場所でコスプレをする意味がわからず、ますます疑問が増えるばかりだ。


 少なくとも今まで目と耳に入ってきた情報を要約すると、自分が今までいた世界とは別の世界かもしれないことは容易に想像できた。


「アンタ、名前は」


「……陽祐、立華陽祐だ」


 少女の突然の問いかけに少し悩んだが、この状況で隠す理由も特に見つからないので本名を名乗る。


「ヨースケ……どこにでもいそうな名前ね」


 フッと小馬鹿にしたように笑みを浮かべるリンネの横を割烹着の女性が通り過ぎ、テーブルに持っていたお盆を置く。


「ヨースケくん丸一日寝てたのよ。お腹空いてるでしょ、これ……よかったら食べてね」


 割烹着の女性はリンネとは対極的で落ち着いた雰囲気の日本のお母さんを思わせる佇い。


 お盆の上には、いくつかの煌びやかな食器の上に料理らしきものが盛られている。


「エレナママ、それ元々私のご飯――」


「あら、予約もしてないのにこの子を背負って突然押しかけてきたと思ったらこいつを助けてって懇願したのは誰かしら」


 エレナと呼ばれた女性の言葉に食事を横取りされてご機嫌斜めなのか、食事中のハムスターの如くふくれっ面だったリンネは突然咳払いをして視線を宙に泳がす。


「さ、さぁ……誰だったかしら。世の中にはいい人もいるものねぇ」


 リンネはそう嘯くと二人組の椅子の片方を手で引き寄せ、テーブルから少し距離を置いて不機嫌そうにガタンと乱雑に腰を落とす。


 ギシギシと椅子が悲鳴を上げるのに合わせて揺れる銀髪、雪のように白い肌は見れば見るほど人形と見間違えるほどで、リンネの出で立ちはこの空間の中で極めて異質だった。


 その様子を見ていたエレナはため息をついた後、こちらに向き直り暖かい笑顔で続ける。


「ごめんなさいね。変わった子だけど悪い子じゃないから仲良くしてあげて……ね?」


「……はは」


 自分の置かれている状況に思わず苦笑いしてもう片方の椅子に腰をかける。


 それと同時にエレナが思い出したように手をポンと叩く。


「そういえば自己紹介がまだよね。私はエレナ、この建物で居酒屋と宿屋を経営してるの。みんなからはエレナママって呼ばれてるの、よろしくね。で、あそこに座ってるのが――」


「――リンネ。アダマス・リンネよ」


 リンネはぶっきらぼうに言い捨てるとジッと観察するようにこちらを見つめてくる。


 無表情で凝視されると何もかも見透かされているようで不安になるが、ひとまず会話ができそうな人が見つかって安心したのか、緊張感のない俺の腹の虫はそんなのお構いなしに唸り声を上げていた。


「あら……ふふっ、遠慮せず冷めないうちにどうぞ」


「ありがとうございます……いただきます」


 流石に女性二人を前にしてこれ以上腹の虫を聞かせるわけにもいかないので、両手を合わせてから提供された料理に有り難くありつくことにした。


 改めて食器の上に盛られた何品かの料理を見渡すとあることに気づく。


 不思議なことに自分がいつも食べている食事、具体的に言えば日本の一般的な食事とほとんど変わらないのだ。


 漁業が盛んなのが見て取れる綺麗に下処理がされて味がよく染みてそうな魚の煮付け、なにやら黄色い葉物のおひたし、誰がどう見ても味噌汁としか思えない茶色の汁物に白米まであるときた。


 そして極めつけは手元にある箸だ。


 ここは恐らく、自分がいた世界とは別の世界なのだろうが相手が日本語を喋っていて尚且つ、提供された食事も食器も日本そのままなのはどういうことだろう。


 夢でも見ているような気分だがこの空腹は間違いなく本物なのでひとまず煮付けを食す。


 凄く、うまい。


 思わず声を上げそうになった口におひたしを突っ込んで咀嚼、次に汁物を一啜り白米を掻き込んで全品目の味を確認する。


 間違いなく、うまい。


 もれなく言えばちゃんと日本人の舌に合う味付けになっている。


 最近一人暮らしで簡単な食事しかしてこなかっただけにこれがおふくろの味というものだろうか、素朴な感じが体にジーンと染み渡って思わず顔がにやける。


 我を忘れて啄む鳥の如く貪り食うこと十分、箸を置いて手を合わせる。


「お口に合えばよかったんだけど……どうかしら?」


「すごく、おいしかったです」


 不安げに顔を覗き込んでくるエレナに対して咄嗟に率直な感想を述べる。


 エレナもその様子を見て満足そうに微笑み返している。


「ふーん、異界人は味音痴ばっかりだと思ってたけどマトモな奴もいるのね」


 食後の幸福感にじっくり浸っている所に訝しげな態度のセリフが耳を突く。


 嫌悪感で声の出処へ視線を移すと――、


「うぉわ!」


 離れた場所で座っていたはずのリンネがテーブル越しとはいえ身を乗り出して至近距離でこちらの顔色を伺っていた。


 瞬間移動の如く接近してきたリンネ対して思わず間抜けな声が漏れる。


「ねぇ聞いた今の声、アハハ」


 リンネはそのリアクションに満足したのか男のようにゲラゲラ笑いながら再び椅子に飛び乗る。


 悪戯好きの小動物か何かかお前は、と心の中でため息をついたが初対面の不気味さに満ちた顔からは予想しない一面だった、まるで憑き物が取れたような。


 心なしか小馬鹿にしたような雰囲気がめぐるに似ている気がした。

 


 そう、めぐるに――。



 そうだ、こんなことしてる場合じゃない、消えためぐるの行方を探さなくては。


 さっきまで目的を忘れて楽しそうに飯を食っていた自分を殴り倒したくなった。


「――ッツ!」 


 急に立ち上がろうとしたが災いしたのか、ここで目覚めた時と同様に鈍い痛みが頭に走る。


 同時に脱力して床に突っ伏してしまった。


「じっとしてなさい。症状が軽いとはいえ魔素中毒だからもう半日くらいは動けないはずよ」


 声のする方へ顔を上げるとリンネがしゃがみこんでこちらを見下ろしている。


「中毒……だって? まさか食事に毒を――」


「そんなわけないでしょ、バカね」


 リンネは呆れた様子で俺の疑念を即答で切り返し、右手の人差し指を額に押し当ててきた。


「『知識の流入(インジェクション)』」


 聞きなれない単語を呟いた次の瞬間、リンネの指先が発光する。


 一瞬、ほんの一秒くらいだろうか、発光が消えるとリンネは満足そうに笑みを浮かべて華麗なおみ足を晒しながらその場に座り込む。


「……俺に何をしたんだ」


 問いかけにリンネは機嫌を良くしたのか自信満々に言い放つ。


「ヨースケ、どうせアンタはこっちの世界に来たばかりでしょうから天才魔術師であるこの私がちょっとだけ手助けしてあげたのよ」


 そう言うとリンネは自分の頭を人差し指でコツコツと小突く。


「あなたに一々この世界の事を話をしていたら日が暮れちゃうわ。だからあなたの脳に直接、魔法で私が知りうる限りでこの世界の知識を叩き込んだってわけ。ま、体の自由が効かない間、せいぜい自問自答することね」


「なに……言って……んだ――」


 魔法をかけたという言葉の意味を問おうとしたが瞼が自然と降りて、視界がシャットダウンされた。


「安心なさい、別に死にはしないわ。ちょっと眠るだけよ――」


 徐々にリンネの声が遠ざかっていく。


 眠くないはずなのに、体が言うことを効かない。


 意識ははっきりとあるのに体どころか視覚と聴覚すらまともに反応しない、俗に言う金縛りのような状態だった。


 エレナだろうか、誰かが俺の体を抱き上げてベッドに運んで行く感触だけは微かに伝わってくる。

 それを最後に何も感じなくなった。

 


◆◇◆



 真っ黒な空間に、俺は一人立っている。


 これは夢の中だろうか、ただ鮮明に魔術師と名乗った少女とのやりとりは覚えていた。


 辺りに目をやると座り心地の良さそうな客席が、まだかまだかと誰かが座るのを待ちわびているように孤独に佇んでいる。


 つられるように腰をかけると目の前に白い長方形のモニターが無音で現れる。


 静寂の中で座席に腰を下ろし自分よりはるかに大きいモニターを眺める、これは完全に映画館のそれである。


 ――しかし待っていても一向に映像が映し出されない。


「体の自由が効かない間、せいぜい自問自答することね」


 ふと、リンネの言葉が頭をよぎる。


 ここが仮に俺の精神の世界だとするなら――。


 さっきまで俺がいたのはどういう世界なんだ、と我ながらザックリしすぎだろうと思う疑問を何も移さないモニターにぶつけてみる。


 すると何やら地図のようなモノが表示されたり、かと思えば燃えている街が出てきたり、いくつかの反応が見られたが短時間で画像と音声が切り替わり乱れに乱れてとても見れるものではなかった。


 そこで今度はもっと具体的な内容の質問を挙げていくと鮮明な映像と音声が流れてきた。


 要するにこれはリンネが言っていたこの世界の知識なのだろう。


 他にできることも見当たらないので大人しく拝聴することにした。




 ――何時間経っただろうか、数多の映像と解説を見てこの世界……魔法世界について三点、大まかに分かったことがある。


 まず一つ目はこの世界の国内情勢、俺が今いるのはオーストラリア大陸に似た広大な島を統治する島国で名をガイア帝国と言うこと。


 その帝国の統治下に置かれている末端の港町であるシオンへ落下したところをあの二人に助けられたという流れだろう。



 二つ目は魔法と魔素の存在。


 どうやらこの世界には地面から魔素と呼ばれる物が絶えず吹き出しており、酸素のように空気中に漂っている程だそうな。


 魔法世界の人間は生まれつきこの魔素を自浄する機能が備わっているようだが、俺のように別世界からきた人間は影響を受けやすく、過剰摂取すれば毒になり得るようだ。


 当然食品にも含まれているので急に倒れたのは食事による急激な魔素の摂取が原因だと思われる。


 だが別世界から来た人間も適応能力は侮れないようで、通常三日間寝たきりになるがその後は直接投与等の意図的な過剰摂取をしなければ問題なく生活を送れているようだ。


 そして魔法とはこの魔素を魔力へと変化させて起こす現象のこと。


 魔法世界の人間は魔素に抗力があることに加えて、まるでフィルターのように魔素を吸収し体内で魔力に変える力を持ち、体外へと放出することで様々な現象が起こせるという。


 魔素の変換効率や得意な魔法は個人によりまちまちで、中には魔法が全く使えない人もいるらしく、その中でも変換効率が優れた者が魔法使いになれるようだ。


 この世界で魔法は電気やガス等の代替品として用いられることも多く、生きていく上で重要な位置にあるのは間違いない。



 そして三つ目これが最も重要、俺のような別世界から来た人間についてだ。


 どういうわけか異界人と呼ばれている別世界からきた人間に対してガイア帝国は比較的歓迎する体制にある。


 この国の根幹には別世界からの訪問者は珍しいことではなく、技術を取り入れて共に成長してきたという歴史と文化が根付いているようだ。


 しかしそれを聞いても俺の疑念は拭えないままだった。


 異界人の技術介入で本来は存在し得なかった食品や建築技術、武器や衣類が実現でき、元々の文化レベルを大きく上回っていたとしよう。


 なぜ彼女らは日本語を話すことができ、料理すらも日本に近いものなのか。


 仮に魔法で特定の人間を魔法世界へ輸送できるとしても、日本よりはるかに大きいはずのガイア帝国がわざわざ何種類もいるであろう異界人の内の一種に過ぎない日本人に合わせて言語を話せるようにするだろうか。


 延々と映し出される映像を見ても一向に解決しそうにない問題に首を捻らせていると、突如モニターが砂嵐に切り替わった。


「ハーイ、お邪魔するわよー」


「うぉっ!」


 思わず立ち上がり身構える。


 砂嵐の画面からリンネがホラー映画のお化けのようにゆっくりと頭から出てきたからだ。


「あなたの脳内に直接ダイブさせてもらったわ」


「それもお得意の魔法、って奴でか?」


「あらご名答」


 カカッとご機嫌に靴音を鳴らして着地したリンネは帽子のつばを上げてこちらを見据える。


 本当に魔法というのは俺が思っている以上に万能らしい。


「そろそろ退屈してる頃でしょうし、様子を見に来てあげたわ」


「……あぁ、もう見飽きたよ」


 なにか企んでいそうな含み笑いをするリンネに先程の疑問を投げかけようとした所――


「何故、私達があなたの知っている言語を話せるのか」


 わかっている、と言わんばかりにリンネが先に切り出した。


 正面にいたはずのリンネがいつの間にか背後に立っている。


「ここはあなたの精神の中だから、あなたの考えることは手に取るようにわかるのよ」


 その精神の中に土足で踏み込んできた少女はローブを揺らし、ゆっくりと暗闇へと歩きながら続ける。


 振り返ると俺が考えていた内容が文字の羅列となって背景を埋め尽くしていた。


「――ガイア帝国が二つ目の自国語を日本語に制定したのが今から丁度三年前」


 リンネは手に持っていた杖を軸にくるりと回転して向き直る。


「そしてこの三年間、本来であれば一年で十人いれば多かったであろう異界人の数は百倍に膨れ上がった。それも大半が日本人」


 腕を組んで立つ彼女の背後に突如浮かび上がった見知らぬ日本人と思われる顔写真、その数百枚以上。


 真紅の眼差しがこれの意味がわかるか、と問いかけてくる。


 お互いを指差し、声は重なる。


「『誰かが意図的に日本人を攫い、国がそれに加担している』」


 わかってるじゃない、と小さく呟いた少女はこちらに歩み寄り見上げる。


 特定の人種だけを攫う、しかも国ぐるみでとなるとその行為で得をしている者がいるのは明らかだった。


「新種の生物に接触して、技術搾取に腹を満たした人間が次に取る行動はなんだと思う」


 首筋を細い指が伝い、冷たい言葉で囁く。


 心臓を鷲掴みされているような悪寒に鳥肌が立つ。


 また、初めて会った時のあの顔だ。まるで悪霊が取り憑いたような生気の感じない面。


「人体実験よ――」


 真っ暗な空間が一瞬で朱に染まる。


 

 降り立った世界は、夢物語の皮を被った酷く歪な世界だった。


次回『紫海の街シオン』

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