悪役令嬢の中身は。
言わないと。
あの日の私は、私ではなかったのだと。
貴方が、再び振り向いてくれた視線の先は…。
セレネとはじめて入れ替わった時から、婚約者様との仲は概ね良好だった。
先日先に卒業を迎えた婚約者様は、頻繁に遊びにくるようになったし、家族ぐるみのいいお付き合いだと思う。
なんの憂いもない日々なはずなのに。
私の心は重くなるばかり。
その理由はわかりきっている。
貴方が思い直してくれた相手が、誰なのか。
その事実を貴方に打ち明けたら。
貴方は怒るかしら。
また、婚約破棄しようとするかしら。
黙っていれば、いい。
言ったところで、信じてくれないかもしれない。
そんな思いが次々とわいてくるけど。
だけど、私は…。
私、は。
※※※※※
「さて、食事にはまだ早い時間だね。どうする?君がこの前欲しがっていた春用の服でも見に行くかい?」
「いえ、少しお話したい事がありますので。…そうですね、そこの公園に寄って貰ってもいいですか。」
話題のお芝居を婚約者様と2人で観に行った日。
私は打ち明ける決意をして、公園のベンチへと婚約者様を促す。
多少人通りが多いのが気になるけど、それはもう致し方無い。
どこかのお店だと騒ぎになってお店に迷惑をかけるし、家だとセレネに心配をかけることになる。
これから、怒られて、呆れられて、フラれるのだから。
「さて、こんなところでのお話って何かな?愛の告白ならいつでも歓迎だよ。」
ベンチにさっとハンカチを敷いて、私に先に座るよう促してくれる。
相変わらずこんなところはスマートな人だ。
「そうね、ある意味、告白だわ。残念ながら愛では、無いけれど。」
「愛では無い告白、ね。それは興味深いね。」
私は、説明した。
あの日のことを全て。
貴方が思い直してくれた相手は、私では無いと。
セレネだったと。
故意では無いけれど。
結果的には貴方を騙して婚約破棄を回避したと。
全て、打ち明けた。
─。
全て話終わった後、暫し訪れる沈黙。
そんなに長い間話していたのだろうか。
あたりは暗くなり始め、人通りも殆ど無くなった。
婚約者様は終始無言で話を聞いてくれていた。
表情はわからない。
私は殆ど俯いて話をしていたのだから。
人とお話をするときには、目を見て話しなさいと、セレネにいつも言っていたくせに、ね。
「…ねえ?今の君は、どっち?」
「…え?」
突然、降り注いだ言葉と共に、頬に手がかかり顔を上に上げさせられた。
「今の君は、セレネちゃん?それとも…。」
「私は、エアリス…です。」
「ふぅん?あの時と同じ表情しているのに?」
─泣いてるのに、僕のこと、好きって言っていた時と同じ顔。
その顔に、僕は惚れ直して、そして思い出したんだ。
出会った頃の君のこと─
言葉と共に、優しくキスが唇へと落とされた。
そして、更に婚約者様は言葉を紡ぐ。
「出会った頃の君は、元気いっぱいなのに、恥ずかしがり屋で、泣き虫だったよね。
今のセレネちゃんと似てるけど、ちょっとだけ、違うかな?
僕のこと大好きで、いつもついてきて、ふふっ、可愛かったな。
それが、終わってしまったのは…あぁ、そうだ。君が社交界デビューした頃だったよね。
何があったのかな?」
「…言われたんです。男好きみたいで、はしたないって。いつも、貴方に付きまとって、迷惑だろうって。」
そう、よく覚えている。
数名の女子に囲まれて、呼び出されて…。
その時は、ショックで、言われるがまま、婚約者様に迷惑にならないように、離れて。
その後に、その方々から色々聞かされた。
色んな方の噂話。
社交界デビューしたての私にとって、衝撃的な醜聞の数々を。
そして、思う。
今のままの私では、また彼女達の恰好のネタになってしまうと。
ならば、変わろう。噂にならないよう、完璧な淑女になろうと。
そして、今。
婚約者であっても、男性とは距離を置き。
噂話ばかりの女性とも距離を置いて。
孤高の女王様と呼ばれるようになった。
それでも、やっぱり小さい頃から好きだった婚約者様のことは、ずっと好きなままで。
セレネにだけは、いつも話をしていた。
「成る程、ね。君が離れてからやたらと僕のところにきていた娘たちかな?まぁ、いいや。今、聞きたいのはー。」
─セレネちゃんからじゃなくて。
君の口から、君の言葉で。
僕のこと
「好きって、言って。」
─僕も、好きだったんだ。
はじめてあった時から。
だから、君が離れていったのが、許せなかった。
笑顔が消えて、冷たい瞳をするようになって。
言葉を交わさなくなって。
僕のこと嫌いになったのかと思えば、時折、寂しそうな視線を送ってきて。
意味がわからなかった。
だから、婚約解消しようと思った。
誰でも良かった。
ちょうど擦り寄ってきた女がいたから、口実に使った。
別れようと決めたあの日。
まさか、中身がセレネちゃんだったなんてね。
でも、まだ半信半疑だけど。
だって、あの時の君は、完全に昔の君のだったから。
素直で可愛くて泣き虫な、僕のエアリス。
「…早く、言って?言わないと、また。」
キスするよ?
入れ替わりシリーズとしては、これで一旦完結です。
お姉さまの方がもう、ひっばれないから。
殿下とセレネちゃんを応援?してくださってるき方、スピンオフでお会いできたらと思います。
拙いお話でしたが、お読みいただきありがとうございました!!