82、持つ者と持たざる者は海へ
エルフの国で次の方針を立てた一樹は、精霊王たちをプラノとルトに任せていったんログアウトする。
なぜか神殿の庭が気に入ったらしい精霊王たちは、一樹が再ログインするまで滞在することとなった。世話役を任された神官エルフたちは緊張した様子だったが、オリジンが「頼みます」と言えば頬を紅潮させて喜んでいたから大丈夫だろう。
肌を滴るピンクの液体を軽く拭っていると、ローテーブルに置いてあるスマホの画面が光っているのに気づく。見れば美優から先日のお礼メールだった。
彼女らしい控えめながらも感謝に溢れた文面に、一樹は微笑ましい気持ちになる。
「パンケーキ、喜んでもらえたみたいだな」
見かけがフワフワで軽いように見えたパンケーキだったが、実際バターやら何やらがたっぷり入っており、一樹にとっては軽くない食べ物だった。
しかし世の女性たちはパンケーキだけでなくさらに食事もすると妹の愛梨は豪語していたが、本当だろうかと彼は胃のあたりをさする。
「しばらく甘いものはいらないな……」
そう言って軽くシャワーを浴びた一樹は、食堂へと向かった。
王都を出て南へ向かえば海がある。港もあるため海の向こうから珍しい品が入ることもあり、多くの人が王都と海を往復していた。
何度も馬車や人が通ったため自然と作られた道を辿れば、方向音痴なプレイヤーも迷うことはない。この世界では地図は高額で、プレイヤーはアイテムとして地図を見ている間は戦闘などができなくなる。そのため、自分の位置を感覚で認識している者が多い。
一樹の妹アイリは、水着のような革製のアーマーとニーハイブーツに薄手のマントを羽織っただけという、露出度の高いお馴染みの防具を装備して闊歩していた。
アイリが道を歩けば、すれ違うプレイヤーたちのほとんどがその美貌に見惚れていた。しかし彼女はそれに関して、まるで気にすることなく隣を歩く相棒のミユと雑談に興じている。
「それで? あれからオリジン様とはどこまで進んだの?」
「す、進んだも何も、そういうのじゃないよ!」
思いきり首を横に振ったミユは、オレンジ色のふわふわな髪を乱しながら否定している。そんな相棒の様子にアイリは大きく息を吐いた。
「せっかくイイ雰囲気だったのに、なんでそこで引いちゃうのよ」
「いやいや何を言ってるのアイリ! 彼はリアルの人じゃなくて、ゲームのNPCなんだよ!」
「遊びならいいじゃない。プレイヤーとNPCが恋愛しているって話も聞くし、別にいいと思うけど?」
「そういう人たちを否定はしないけど、オリジン様は格好いいし、素敵な人だし、人気ランキングも一位とってるし、あ、あそ、遊ぶとかそんな軽い気持ちになんかなれないよ」
「まぁ、たとえ次元が違っても、ミユが男と遊ぶとか器用な真似はできないって分かってるけど」
「そ、それに、私なんか子供っぽいし、そういう対象にならないと思うし……」
浅葱色のマントの中で両手をもじもじさせるミユを、アイリは呆れたように見る。
「あれだけ特別扱いされて、今さら何を言ってるのよ」
「特別扱いしてるのは私じゃないんだよ。ネットに『オリジン様と神官長様』が主役の漫画があったんだけど、そこにオリジン様は女性が苦手だって書いてあったし……」
「ちょ、ちょっとミユ! それって漫画の話だから! 事実じゃないから!」
「え? そうなの?」
ミユが何を読んだのかと問いつめたアイリは、彼女が読んだのは「健全な」漫画であると知りホッとする。
世の中のクリエイター達がこぞって『エタワル』で人気のあるNPCを使い、組んず解れつさせる内容で二次創作する人たちがいるのをアイリは知っている。そして初心なミユが、それらを知る必要はないと思っている。
兄の心のオアシスであり庇護対象でもある美優に、変な誤解をさせるようなことだけは、彼の精神衛生上避けたいところだ。
「それよりも! ミユの事情もあるけど、今日は思いっきり遊ぼうね!」
「うん。王都ハンターギルドのステラさんが協力してくれるっていうし、兄の写真も渡したから情報が集まるまでしばらくかかるからね。ギルマスさんといい、ギルドの人達ってすごく親切だなぁ」
「そりゃあ、エルフの国で重要人物のミユなんだから、下手なことできないんじゃない?」
「重要人物って……」
エルフの国でミユの立ち位置は『神であるオリジンの伴侶』である。そのことをミユは知らない。そしてなぜかオリジンである一樹も知らない。
ちなみにアイリは知っている。知らぬは本人ばかりなり、だ。
「このまま南に行けば海に出るのよね? 私こっちの方行くのは初めてだから楽しみ」
「私も初めてだよ。アイリは水着持ってるの?」
「向こうで売ってるのを買うわ。リアルマネー以外で買える水着、あるといいんだけど……」
すでに水着のような格好をしているアイリの言葉に、ミユはつい苦笑してしまう。
「この世界の中で『お遊び』するのって、結構お金かかるよね」
「服なら服飾に関するスキル持ってる生産プレイヤー達がいるから、そっちで買うなら安くなると思うんだけど」
顔を変えることはもちろんのこと、ゲームの運営側が出す限定コスチュームなどはリアルのお金がかかる。下手すれば数万円単位が。
しかし、生産プレイヤーがそれと似たような服を作れば、ゲーム内のお金や素材で取引できるのだ。これを使わない手はない。
「やっぱりおへそは出さないとね」
「ひぇっ!?」
そう言いながらアイリはミユのマントをめくりあげれば、その下は薄手のワンピースに包まれた確かな大きさの膨らみが見えて……。
「……たゆん」
「な、なに? アイリ?」
「……たゆんたゆん」
「アイリ!?」
瞳に昏い光を宿したアイリはしばらくの間「たゆん」を繰り返すだけのロボになり、ミユはひたすら「たゆん」されるのであった。
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