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74、貴重な情報(薬師、オリジン、ギルマス)



「はいはいどーぞ! はいどーぞ!」


 工房は石造りのシンプルなものだった。周りが白い壁にオレンジの屋根といった家が多い中でも、目立つことなくひっそりとその工房は建っている。

 薄暗い工房内に通された一樹は、旅の薬師としていつも持っているリュックを床に置くと、興味深げに飾ってある魔道具を見ている。


「これは?」


「自動計算機。ここに数式を打ち込むと、ソロバンが計算してくれて答えを出してくれるやつ」


「……へぇ」


「分かってる。売れないのは分かってる」


 なぜ彼女の取引記録が『自動泡立て器』しかなかったのかが、なんとなく分かった一樹は他の場所にも目をやると、いくつか置いてある瓶に目を奪われる。


「ねぇ、これは?」


「それは『クロキモノ』って団体が配ってる謎の液体。これを使って錬金したり道具を作ったりすると、変わった属性が付くって噂だよ」


「コトリさんは使ったの?」


「まさか! 私の高レベルな鑑定スキルを使っても分からないものをおいそれと使えないよ。それに何だか嫌な予感したから放置してるんだ」


「それは正解だと思うよ」


 いくつかある瓶の一つには黒い液体が入っていた。それを手に取ろうとした一樹は、コトリの素早い動きに阻まれる。意外と力強い彼女の握力に驚きながら、一樹はコトリの真剣な表情を見て問いかける。


「触ったらダメだった?」


「ダメっていうか、この素材はあと一回の動作で消えるようになってるの」


「動作?」


 首を傾げる一樹に、コトリは「ああ、そうかNPCだったっけ……」と呟くと、小さく息を吐いてから話し出す。


「魔道具作りに限らず、生産に使われる素材って『回数制限』とか『使用制限』っていうのがあるんだ。私もこういうパターンは初めて見たんだけど、あの『クロキモノ』の人がこの瓶を棚に置いたのが一回。あとは作る過程で手に持って使用するというのが一回で、それをしなかったら……つまり別の場所に移したり、どこかへ持って行こうとしたりしたら消えるって言われたの」


「なるほどね……」


 随分と小賢しいことをやってくれると、一樹は『クロキモノ』について徹底的に調べることを決意する。薬師としての一樹は高レベル鑑定能力を持っているはずなのに、この黒い液体に関しては『液体の入った瓶』としか表示されない。


「ねぇ、ここに俺以外の人を呼んでも大丈夫?」


「いいよ。なんなら鍵を預けておく」


「そこまでは……」


「実はリアル……じゃない、元の世界の仕事が忙しくなってきちゃって、ここにはしばらく来れなくなりそうなの。使用権限は鍵に付いているから持っている人間が工房を使えるようになってるよ」


「いいの?」


「薬師なんだから、調合とかするのにも便利でしょ?」


「ありがとう。助かるよ」


 コトリの有難い申し出に一樹は笑顔で礼を言う。なんのこれしきと、やけに古くさい言い方をする彼女はゲスい笑みを浮かべる。


「お兄さんの知り合いを連れこんで、色々しちゃってもいいけど掃除はしておいてねっ」


「するかっ!!」







 再ログインした一樹は、オリジンとして神殿で養生している神官長プラノを見舞う。あれから順調に回復しているのを確認しホッと息を吐くと、柔らかな笑みを浮かべてプラノの頬を撫でる。


「オ、オリジン様!?」


「顔色も良くなりましたね、プラノ」


「私ごときに温かいお言葉を……おそれおおい……」


 ベッドの上で身を起こしたプラノは、肩で揃えた真っ直ぐな金色の髪を布団につけて深々と頭を下げる。それをオリジン一樹はそっと押さえ、横になるよう優しく促す。

 プラノの自室はオリジンほどではないが、他の神官よりは広めに造られている。歴代の神官長が住まう部屋ではあるが、華美ではなくシンプルな家具が置かれていた。

 ドアの近くにはルトが立っていて、他の神官が入らないようにしている。


「エルフの国に戻って正解でした。あの国には精霊の力が少なく、エルフの神としての力も届かなかった」


「オリジン様にはお手数をおかけしました。ですが、あの黒いものについて一つ分かったことがあります」


「分かったこと?」


「倒れた時、助けてくれた人たちは私をギルドまで運んでくれたのですが、黒いものに侵された私に触れても何も異常は起こらなかったようです」


「……なるほど。エルフには耐性がない、何かということですか」


「はい」


「プラノ、もう一度……いや、また後にしましょう。しっかりと養生するように」


 一樹は王都にあるコトリの工房で見た黒い液体をプラノに見せたら何か分かるかもしれないと思ったが、今の彼に無理はさせたくなかった。

 もし、また同じようなことになったらという考えに至り、一樹は眉間にしわを寄せて黙り込む。


「オリジン様?」


「いえ、神の国へと戻らないとなりません。ルト、プラノを頼みます」


「了解です!」


 オリジンとしてエルフの国を神の目で見る。特に異常はないようだと確認すると、一樹は赤毛のギルドマスターとしてログインすることにした。







 決済箱に山ほどある書類に目を通し、仕分けしつつ凄まじい早さで決済していく。

 ログインした一樹は、キルド内の気配を読み取りステラの不在を確認すると、執務机に目一杯書類を広げて仕事をこなしていく。

 そもそも運営である一樹がゲーム内のキャラであるとはいえ、ギルドの仕事をする必要はない。しかしそれでは齟齬が生じ、運営NPCとしてやっていけないだろうと彼は考えたのだ。

 このギルマスの「キャラ的」に「仕事はしない」という選択肢もあったのだが、元々真面目な彼には思いつかないことのようだ。


「ステラが戻る前には終わらせないと……」


 みるみる書類の山を消していくギルマス一樹。さらに書類に記載されている情報もしっかりと得ていく。

 運営として不必要な仕事であるかもしれないが、これをすることによって一樹は王都周辺で何が起こっているのかを知ることができていた。

 この世界でシステムの裏側にあるような情報収集を自然と行うという、他の運営NPCが成し得ないことをやっている一樹。

 彼にその自覚はない。






お読みいただき、ありがとうございます!

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