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59、フードの女性とミユのSOS(旅の薬師)

もちだ作品、オッサン(36)がアイドルになる話、3巻

好評発売中であります。



 倒れた女性の前で途方に暮れていた一樹だが、大地を轟かすような腹の音に思わず吹き出す。


「なんだ。お腹すいてただけか。ちょっと待ってて」


 そう言いながら薬師用のリュックから干し肉と果物を取り出すと、食べやすいように果物は切ってやって木の器に入れる。カセットコンロのような魔道具を用意し、干し肉と薬草のスープを作ることにした。


「スープ出来るまで果物食べててよ。ついでに僕のお昼にもしちゃうから一緒に食べよう」


「……あ、ありがとう、ございま、す」


 この『エターナル・ワールド』では、何回か食事をしないと空腹で動けなくなったりする。それは運動量に比例するのだが、彼女もそのクチだろうと一樹は考えた。

 それでも大体の人がバーチャルな『食』を堪能することを楽しんでいるため、ここまでになるプレイヤーは少ない。

 薬師の一樹に手渡された果物を頬張る彼女は、スープ鍋を見て口を開く。


「あ、このカセットコンロ、私が作ったやつ」


「へぇ、職人さんなんだね。おっとハリズリ、警戒頼むよ」


「わぅん!」


「すみません、これ使ってください」


 フードで顔を隠しながら彼女が取り出したのは、野球ボールほどの大きさの水晶だった。表面にたくさん文字が彫ってある。


「魔獣よけです。店で売ってるのよりも範囲が広いはずですよ」


「ありがたく使わせてもらうよ」


 一樹が水晶を地面に置くと、広がるのは淡い光を放つ魔法陣だ。そしてそれは数秒後に消える。


「うん。上手く発動したみたいだね。これも自作?」


「はい。ええと……」


「僕は旅の薬師。旅をしながら素材を集めて、それを薬にして売っているんだ。薬以外にも多少は売り物があるよ」


「ああ! イベントと一緒に出てきた、お助けNPCでしたか!」


「お助け? あはは、確かに君を助けたけど、僕はエヌなんとかじゃなくて薬師だからね?」


 この世界の住人であるNPCにはゲームという概念がない。そこは運営NPCとして、しっかりと演じないとならない。

 一樹の言葉になるほどと頷く彼女は、果物を食べて少し回復したらしい。自分の持ち物から色々な草や木の実、魔獣から得たであろう素材を出していく。


「すみません。これ、買い取ってもらえることできますか? ご飯代を差し引いていただいてかまいません」


「あはは、ご飯は気にしないで。魔獣の素材を集めるには戦わないといけないから、売ってもらえたらとても助かるんだ」


「そうなんですか?」


 そう言いながら彼女は目の前にいる薬師を上から下までじっくりと見る。その視線に一樹はムズムズした何かを感じていると、何やら納得したように彼女は頷く。


「かなり良い体をしていますね。フィールドに出ているからには戦えないといけませんから、薬師もこれくらい鍛えてないとダメってことですか。なるほど、リアリティーのある仕様です」


 仕様というよりも一樹のリアルの体形そのままなのだが、そこは流して一樹はスープの仕上げに取り掛かることにする。森の中で採取した薬草とキノコ、煮ることで柔らかくなった干し肉に味が付いているため塩はいらないだろう。


「こんな感じで大丈夫かな?」


「ありがたくいただきます」


 フードを被ったまま女性はスープの入った器を受け取り、ガツガツ食べ始める。かなり長い間食事をとっていなかったらしく、「うまい……久しぶりの手作り……イケメンのエキス……」などと呟いている。

 後半の不穏なワードは聞かなかったことにして、一樹もスープを食べようと器を手にとると、突然目の前に透明なウィンドウが出現する。


「うわっ!?」


「ど、どうしました!?」


「いや、何でもないよ。ごめんごめん」


 危うく熱々のスープが入っている器を落としそうになった一樹だが、なんとか平常心を取り戻す。ウィンドウに表示されている文字に、一樹は居ても立っても居られない状態になる。しかし今、彼がこの場を離れるのは不自然だろう。


【オリジンの加護を与えし者:ミユより緊急の通知】


 以前贈った腕輪を使用したということは、以前と「同じような状況」になっているかもしれない。運営のウィンドウをだしてミユのログを目だけで確認するが、戦闘中という表示しか出てこない。


(前のように、プレイヤーと何かあったわけじゃないってことか)


 するとハリズリが「きゅーん」と可愛い声を出した。


「ハリズリその声……」


 仔犬のようなその鳴き声は、一樹がオリジンモードのときの眷属シラユキのものだ。一瞬で意図を読み取った彼は、ハリズリに指示をする。


「ちょっと森を見回ってくれる? しばらく別行動にして、用があれば僕から呼ぶから」


「わぅん!」


 元気よく返事をした茶色の柴犬のようなハリズリに、フードの女性も「可愛いですね」と言っている。そのまま森の中に消えたハリズリに状況を見てもらうことにし、薬師の一樹は少し冷めたスープを一気に飲んで立ち上がる。


「では、僕たちも動こうか。えっと、お嬢さんはどこに向かう予定だった?」


「コトリと呼んでください。私は王都へ戻るところでして……」


「それなら良かった。日が落ちる前に僕も王都へ戻りたかったんだ。一緒に行く?」


「助かります。二人なら短時間で帰れますから」


 今回配置されたNPCの役割は、プレイヤーのお助けキャラというものである。ここで彼女が断れば別行動できるが、受け入れたからには同行しなければならない。

 覗き見たミユのステータス状況も「良好」のままだ。一樹は何かあればハリズリ……シラユキの目を使ってミユを守ることにする。


「コトリさんは、魔道具を作ってるんだよね」


「はい。渡り人の間では変わったものばかり作ってるって、ちょっとだけ有名人なんです」


「へぇ、すごいね。コトリさん……コトリ……?」


 どこかで聞いたような名前に一樹は首を傾げる。コトリはフードの位置を直しつつ話を続ける。


「うっかり本名を入れて魔道具の銘を登録しちゃって、リアルの知り合いだけじゃなく色々とバレちゃって。だから顔を隠して行動しているんです」


「!! えーと、よく分からないけど、大変そうなのは分かったよ」


 とっさに取り繕った一樹だが、リアルの知り合いにバレたのは大変だろうと同情する。そして、魔道具、コトリ……これらのキーワードを得て、なるほどと一樹は思い出す。

 確かギルマスモードの時に、魔道具の銘とユーザー名が違うためマッチング出来なかったプレイヤーがいた。それが確かコトリという名だった気がする。

 彼女が王都へ戻るのは、魔道具について売り先の商会から確認があるとのことだ。それは『王都のギルマス』が依頼したものであるため、一樹は何だか申し訳ない気持ちになった。


「僕も戦えるから、コトリさんは無理しないでね」


「はい、ありがとうございます」


 せめて道中は楽させてやろうと一樹は武器である短剣をしっかり装備し、気合を入れるのだった。



お読みいただき、ありがとうございます。

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