58、黒の襲来(旅の薬師)
一樹は自分の気配というか、オーラのようなものを消すことに慣れてきていた。それでも気を抜くと出てしまう時があるが、妹の愛梨やエルフ神官のプラノでなければ気づかないだろうから特に問題と思ってはいない。
レベル上げをするために聖王国の王都近くの森に入った一樹は、使役している柴犬のような精霊獣ハリズリに周囲の警戒をさせる。
「魔獣が出てくる危険のあるフィールドで、作業に集中したい時とかソロプレイヤーにはキツイだろうな」
作業というのは、森の中で見つけた回復薬の原料になる植物の採取である。一樹には運営権限の一つである鑑定が使えるため、他のプレイヤーに比べれば何倍も楽をしているが、運営の仕事もする必要があるためなかなか捗らない。
「相良さんにステータスのことを聞きたいのに、デスクにいないし、メールも繋がらないし……」
やれやれとため息を吐く一樹の、横腹と腕の間からハリズリが「スボッ」と顔を出す。
「わぅん!」
「こら、お前ちゃんと警戒してくれよ」
「わぅーん!」
一樹がハリズリの頭をウリウリしていると、尻尾をブンブン振って喜ばれてしまう。これはダメだと顔を上げると、目の前にフードを被った女性が立っていた。
「うわっ……って、もしかして彼女がいるって知らせてくれたのか?」
「わうわうっ!」
「ごめんごめん、ありがとうなハリズリ。……えーと、僕に何か御用かな?」
フードを被っているために顔は見えない。それでも女性だと分かるのは、しっかりと主張している彼女の一部分だ。ハリズリも無警戒なのも珍しいと一樹は思った。
しばらく待っていると、フードの中で何か話しているのが聞こえる。
「え? なんだって?」
「め……し……」
そう言った彼女は、後ろにゆっくり倒れていった。
一樹のいる場所から、そう遠くない森の中を走る二人の少女。その少し後ろを、人らしき黒い影が数体ついて来ている。
「アイリ! 大丈夫!?」
「なんとか! もう、あの時みたいにはならない! ミユは私が守る!」
「ありがとう! でも、私も戦えるよ!」
黄緑のローブの上にオレンジの長い髪を揺らし、風の精霊の恩恵を受けて飛ぶように走るミユ。その横をしっかりと追いかけるアイリの服装は、相変わらず体の線にぴったりとフィットした革のビキニアーマーもどきだ。上半身がまったくブレない状態で走っている彼女は、剣士というよりも忍者のように見える。
だいぶ引き離したと思われるところで走るのをやめ、待ち構えることにした。
「前みたいにプレイヤーかな」
「違うみたい、風の精霊さんが言うには『クロイモノ』だって」
「クロイモノ、ねぇ……」
近く黒い影は、二人から少し離れた場所で動きを止める。いくつかの影の手のようなものが一気に伸び、真っ直ぐアイリに向かってきた。
「フッ!!」
短く息を吐いて双剣で弾き飛ばしたアイリは、そのまま一気に黒い影に近づくとすれ違いざまに斬っていく。割れた黒い影はそのままドロリと崩れ落ち、地面に吸収されていく。
「ミユ! 来るよ!」
「風よ!!」
ミユの言葉に精霊が呼応すると、圧縮された風の刃が生まれる。彼女を襲おうとしていた黒い影を切り刻んでいく緑の光に、アイリは笑顔を見せる。
「やったねミユ。でもなんか弱いね?」
「うん。なんか変な感じがする。中身が無い……アイリ!!」
「きゃっ!?」
地面から飛び出す黒い縄のようなものがアイリの足に巻きつき、そのまま引きずり倒されてしまう。剣を振るおうにも転んだ時に手から武器が離れてしまっている。
「風よ!! ダメ、効かない!!」
再び風の刃を出したミユだが、土と接している黒いものに風が届かずに緑の光が霧散するだけだ。
「ミユだけでも逃げて!!」
「それだけは出来ない。ごめん」
地面から出てくる黒いものを警戒し風の精霊の力で飛び上がったミユだが、逃げることなく再度アタックをかけようとしたところで動きを止める。
「どうなるか分からないけど、お願い!! オリジン様!!」
エルフの神である『オリジン・エルフ』。彼の加護を受けているミユが身につけている腕輪には、何かあれば呼びかけるよう言われていた。今がその時だろうと懸命に呼びかけるミユの真上から、白い何かが降ってきた。
「キュン!!」
「ええ!? シラユキちゃん!?」
そのまますっぽりとミユの腕に収まったシラユキは、得意げに「キューン」と鳴いた。普段ならもふもふと可愛らしいシラユキに癒されるミユだが、今はそれどころではない。
「うぐっ……」
「アイリ!!」
身体中を黒い縄状のものにグルグル巻きにされ、苦しそうにうめくアイリ。そんな彼女の元へ向かおうとしたミユの腕から、白いもふもふが飛び出す。
「わっ!! 危ないシラユキちゃん!!」
「キュンキューン!!」
鳴き声と共に白い光を放つシラユキ。その光のせいなのか、黒いものの色が薄くなっていく。
「よし! 動ける!」
拘束が弱くなったところをアイリは抜け出し、地面に転がっていた武器を手に取ると、黒いものを何度も切り刻んでいく。
先ほどと違い地面に溶けて吸収されることはなく、黒い塵となって消えていった。
「シラユキちゃん、今のは精霊の力?」
「キューン?」
ぽてんと座っていたシラユキを、風の精霊の力を解いたミユが地面に着地すると同時に抱き上げる。アイリは周囲を警戒し、安全を確認したところでミユの側に戻ってきた。
「小さくて可愛いのに強いんだね」
「この子はオリジン様の眷属だから」
「おに……オリジン様の。へぇ、なるほどね」
本当はこの場に来たかったであろう、自分の兄の苦肉の策にアイリは苦笑する。ゲームでは邪魔しないって言ったのになと思うが、もしかしたら動けない理由があったのだろうか……。
「一度、王都に戻ってみる?」
「うん。シラユキちゃんをどうにかしないとね」
オリジンの腕輪に呼びかけても反応がないため、シラユキを抱いた状態のミユはもふもふを堪能しつつアイリに賛同する。
「それにしても、アイリ、あまり体力減ってないね?」
「うん。だから言ったでしょ。今のレベルで装備できる一番防御力が高いやつだって」
「見かけは全然防御できてなさそうなのにね」
傷ひとつない肌を見せつけるように、アイリはポーズをとってみせる。モデルのような容姿の彼女がそれをやると妙に様になっていて、ミユは少しだけ世の理不尽を感じる。スレンダーとは神が与えたもうた特殊スキルに違いない。
今回の黒いものについてハンターギルドに報告する必要もあるだろうと、二人は王都へ引き返すのだった。
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