57、新たなる運営NPC(旅の薬師)
今回公開されたイベントは、聖王国王都周辺で集めた素材を売り、それがイベント中はポイントになる。最終日にポイントを多く得たプレイヤーが、金や希少なアイテムをもらえるというものだ。
そして、お助けキャラとして出るNPCは、素材を買い取ったり回復アイテムを売ってくれる道具屋や薬屋である。通常はモンスターの出てくるフィールドに非武装のNPCは出てこないのだが、イベントを皮切りに登場させることにしたようだ。
とはいえ、さすがに普通の道具屋ではリアリティがなかろうと、モンスターと戦えそうな筋肉ムキムキな親父の道具屋が多い。かく言う一樹も軽くであるが武装した薬師というキャラクターを演じることになっていた。
「今回は目立たない……かな?」
薄茶色の髪は肩くらいまであり、前髪で目元は隠れている。深緑色のフード付きマントを羽織り、茶色のチュニックとズボンに黒いブーツという、この世界では目立たない格好である。特に深緑色のマントは薬師のNPCがよく身に付けているものだ。
「ハリズリ、周囲を警戒してて」
「ワウ!」
一樹に向かって元気に吠えたのは、茶色の柴犬のような生き物だ。シラユキやクレナイと同じく、ログインした一樹の側にいた中型犬ほどの大きさの精霊獣である。
クレナイモードの精霊獣にミユとアイリの護衛をさせていたが、どうやら彼女たちがログアウトしたことによって一度命令が解除されたらしい。
「さーて、このNPCキャラは……んー、可愛い系……は無理かな。素でいくか……」
突然与えられた役割ということもあり、一樹の中でキャラが固まっていない。演じるにしても設定を作る必要があるだろう。幸いにもログインして出てきた場所は王都近くのフィールドで、プレイヤーのいない場所だった。
「旅をしながら薬を売っている。素材が必要だからプレイヤーから買い取る。持っているリュックには……よし、一応プレイヤーに売るアイテムは入っている……と」
ブツブツ言いながら自分の状態を確認するために、いつも通りウィンドウを開いてステータスを確認していた一樹は思わず固まる。
「何だよ、これ……」
「ワウワウ!」
周囲を警戒してい精霊獣ハリズリが吠えたため、一樹はひとまずウィンドウを閉じて戦闘態勢をとる。武器はリュックに入っていた投げナイフだ。
出てきたのは小鬼の姿をしている魔獣だ。ファンタジー小説でよく登場するゴブリンと似たようなもので、初心者のプレイヤーでも頑張れば倒せるものだ。
「ハリズリ! 援護を!」
「ワォーン!」
ひと吠えしたハリズリに大地の精霊が力を貸す。突然盛り上がった地面に小鬼は足をとられ転倒したところを、一樹は投げナイフで仕留める。光るガラスのようなものが散らばるエフェクトに、彼はホッと胸を撫で下ろしながら再びステータスを見る。
「レベルが表示されているし、魔獣を倒したらレベルが上がってるなぁ……」
この『エターナル・ワールド』でレベル表示されるのは、渡りの神から祝福を受けているとされるプレイヤーのみのはずである。この世界の住人であるNPCにはレベルの概念はないが、戦い続けているNPCが成長して強くなることもあるため、とにかくリアルを追求しているゲームなのだと認識されていた。
「詳細は相良さんに聞くとして、今のレベルじゃお助けキャラとして登場できないな。イベントの素材集めするフィールドのレベルは最低でも10以上は上げないとだよな?」
「ワゥ?」
足元でおすわりしていた茶色の柴犬にしか見えないハリズリが、尻尾をブンブン振りながら首を傾げている。可愛い。
「ハリズリ、しばらくこのキャラでレベル上げしないとだから、手伝ってくれるか?」
「ワゥン!」
元気に返事をしたハリズリの茶色のポワポワな毛並みをひとしきり可愛がる。外見は柴犬だが、毛質はトイプードルに近くて触り心地は抜群だ。ハリズリも嬉しそうに一樹の手に擦り寄っている。可愛い。
こうして一樹は旅の薬師としてプレイヤーの前に登場できるよう、レベル上げに勤しむのだった。
以前から飛び抜けて美少女だった愛梨は、クラスの中でも浮いていた。しかしそれは、ここ最近さらに目立ったものになっているような気がしている美優は、目の前でお弁当の卵焼きを頬張る彼女の、それでも変わらない整った顔を見る。
「ん? どうしたの?」
「ううん、大したことじゃないんだけど……」
校舎から少し距離はあるが、お気に入りの中庭で昼休みを過ごしている美優と愛梨。ゲーム仲間ということもあり、学校でも一緒にいることが多くなった。これにもう一人加わるのだが、委員会の仕事があるとのことで今日は二人だけだ。
最後のひと口の卵焼きを頬張った愛梨は、しっかり味わいながら空の弁当箱を片付ける。そしてペットボトルのお茶をひと口飲むと、姿勢を正して美優と向かい合った。
「美優の大したことじゃないっていうのは、あまり信用してないんだよね」
「ええ? でも、本当に大したことじゃないんだよ?」
「いいから言ってみて」
「本当に大したことじゃないんだ。あの、最近ね、愛梨がすごく綺麗になったなって」
「……やっぱりそう思う?」
「自覚あったの!?」
驚く美優はつい大声を上げて、慌てて周囲を見回す。幸い中庭にいるのは彼女たちだけであり、ホッと息を吐いた美優はおずおずと口を開く。
「毎日側にいたから分からなかったけど、クラスの男子達が騒いでたから」
「それを言うなら美優もだけど?」
「私? 私は普通だよ?」
「だって少し前に、美優に絡んでいた奴らいたじゃない? 私が目を光らせてたから美優に近づけなかったけど、最近は美優しかいなくても何かしようってしなくなったよ?」
「飽きたんじゃないかな?」
「違うんだよ。なんていうか……近づこうとしても、近づけないかんじだったよ」
「ふふ、何それ、愛梨は変なこと言うんだから」
美優は笑っていたが、愛梨は真剣だ。何かが変わってきている、そしてそれが明確に分からないことに不安を抱いていた。
「お兄ちゃんに相談してみようかな」
「あ、愛梨って、お兄ちゃんがいるんだね。いいなぁ」
「うん。不肖の兄……だけどね」
そう言いながらも愛梨は嬉しそうに目を細める。そんな友人を羨ましそうに見る美優の目が、ほんの一瞬揺らいだことに愛梨は気づくことはなかった。
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