127、廃れる人とはいえ常識人ではある
前線での戦いは、ひたすら湧き出る魔獣との我慢くらべとなっていた。
多くのプレイヤーが寝落ちしていく中、一時間ほど仮眠をとったムサシはすぐさま復活し、前線で大剣を振るっている。
「ムサシ! 私、もうすぐ強制ログアウトになる!」
「アヤメ、残り時間は?」
「二十分!」
「この近くに治癒師はいるか!?」
「ミユちゃんがいるわ!」
前線に単独で回復職のプレイヤーがくるとは思っていなかったムサシだが、ミユに関しては認識を変えている。
驚くことに、彼女には使役する「精霊獣」がいたのだ。
トップランカーであるムサシもまだ数回ほどしか見ていない精霊獣は、精霊使いのプレイヤーでさえ未だ使役することができていないと聞いている。
それが今回のイベントで必要な風の属性を持つ精霊獣を、治癒師であるミユが持っていることにムサシは驚きを隠せなかった。
風を使う精霊獣は、ミユの近くに魔獣がこないよう追い払っている。それを他のプレイヤーが倒し、怪我をしたらミユに回復してもらうという流れができていた。
甲虫の魔獣がギチギチと嫌な音を発したところで、それをムサシは一刀両断する。
細かい傷は気にしない。彼の近くには優秀な治癒師がひかえているのだから。
さらに湧き出る甲虫型の魔獣のまえに、緑色の羽毛がふわりと羽ばたく。
可愛らしい外見からは、想像できないほどのえげつない攻撃が発せられる。甲虫を捉え、ねじり、風の力で一気に切断していく。
「攻撃もできるとか……マジかよ……」
呆然と呟くムサシにつけられている細かい傷が、回復魔法でふさがっていく。
ミユのいる場所を確認すれば、魔法効果の範囲外であることが分かったムサシは辺りを見回すが、該当するプレイヤーは見当たらない。
ログを見れば、範囲外にいるはずのミユから回復魔法を受けたと出ている。
「マジかよ……」
魔法の距離を伸ばせるなぞ聞いたことがない。
乱戦となっている状態である今、ミユの規格外な魔法に気づくものは少ないだろう。
そう、自分のようなトップランカーでなければ……。
「ムサシのオッサン、乙女には秘密のひとつやふたつあるってもんだよ」
ふたつの剣に炎をまとわせ、きわどい水着のような鎧を着こなす女剣士がムサシの横に立つ。
ショートボブの黒髪の双剣使いと初対面ではないムサシは、彼女の言葉にしかめ面で返す。
「ひとつやふたつなら可愛いもんだ。こりゃもう俺の手には、おえんっ!」
「ありがとうございま、すっ!」
ムサシが向かってきた甲虫を一刀で斬り捨てれば、その横で双剣も振るわれる。
先ほどまで一緒だったアヤメの代わりに入ったのは、最近ランキングにちらほら名前が出ている「双剣使い」のアイリだ。
ミユとパーティを組んでいる彼女は、どうやら色々と心配ごとがあるらしいが、ムサシは「乙女の秘密」とやらを広めるつもりは毛頭ない。
「俺もトップランカーだ。それなりに色々とやらかしてはいるが、運営を敵に回そうとは思わん」
「へぇ……さすがですね」
「このゲームについて調べれば、彼女が不利になるような状況にしないほうが上手くいくことが分かる」
ゲーム『エターナル・ワールド』では、掲示板やSNSでネタバレするような書き込みを禁止している。しかし、どういう状況に置かれても、それなりに情報というのは回るものだ。
ムサシは俗にいう「廃人プレイヤー」である。
情報が命とされているこの世界で、彼は真っ先にミユという存在の重要性に気づいた。
そして、彼女と敵対することは、この『エターナル・ワールド』という世界で「削除」されることだと理解したのだ。
実は、ムサシの認識は間違っている。
ミユと敵対しても削除されることはない。それよりも、仲良くしていた時のメリットが半端ないのだ。
現にムサシは「風の属性付きの大剣」を得ている。
つまり、そういうことなのだ。
「回復魔法、どうやって飛ばしてるんだ?」
「ミユが言うには、風の精霊が手伝ってくれているんだって」
「……そうか」
「わかる。わかるよ。だって精霊が手伝うとかって意味不明だもんね」
アイリは歯切れの悪いムサシの言動に納得したようだが、当の本人は絶賛混乱中であった。
彼女たちの言葉から推測するに、プログラムされているプレイヤーが使用する通常の回復魔法に加え、ミユは精霊魔法を混ぜ込んだ「新しい魔法を作った」ということになる。
そしてそれは言わずもがな、普通はできないとされていることである。
「ここでのことは見なかった。聞かなかった」
「それが賢明だね」
そうは言いながらも、ムサシは後でミユと面会できるよう斥候のアヤメ経由で手配をしている。
ランキングのトップテンに載るほどのプレイヤーは、情報を得るのに怖がっていてはランクを維持できないのだ。
それがたとえ、恐ろしい出来事を引き起こす「こと」だとしても。
「なんにせよ君たちのおかげで、王都に魔獣が攻めこむということにはならないだろう。感謝する」
「いえいえ、どういたしまして。私の炎があまり効かなかったみたいだけど、ま、それはしょうがないよね」
「その剣にある炎は、魔法か何かか?」
「ううん、私は火の精霊が助けてくれるんだって、火の精霊王が教えてくれたよー」
のほほんとしたアイリの返答に、ムサシは「もはや治癒師だけの問題じゃなかった」と呟き、ガックリと肩を落としていた。
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