ふーん、へぇへぇ
昔々の事。
四角いテーブルにケーキが2つ置かれていた。
テーブルを囲って置かれた椅子に座る男が4人。甘美な食べ物を前に、したたかな舌戦と拳闘を始めようとしていた。
北方向。
獅子の刺青を両手の甲に入れる若き男、山寺光一。
「これは慈我流の戦闘作法だな」
東方向。
老体で弱り切っているような肉体となりながらも、百戦錬磨の風格が顔に現れている、鮫川隆三
「かはっ、男4人。誰かが喰らうのじゃ」
南方向。
サラリーマン風の七三分けにスーツという、見た目完全なサラリーマンだが、ヤクザの組合の知能を任された、伊賀吉峰。
「ケーキやコーヒーはゆっくり味わいたいですが、戦地のケーキもまた格別でしょうに」
西方向。
背は4人の中で最も高く、体格もがっちりとした男。長髪を縛る男は、天草試練
「大人が、それもヤクザの俺達が二つのケーキを食い合えってか」
4者共に傑物。ここから2つのケーキを均等に割ろうなどという輩はいなかった。
話し合う、殴り合う、そして、ケーキを喰らう。
手段はこの4人が決め、この内の2人が食べる。
「伊賀、テメェが1つ食べろよ。食わなきゃ、身体がデカくなんねぇぞ」
先制攻撃ならぬ、先制口撃をしたのは光一からであった。
正直なところ。
『虫歯できてるから、ケーキが食えねぇ』
光一はテーブルに肘を付けながら、虫歯ができている個所に手を当てていた。
「いやいや、私のような軟弱者にケーキはねぇー。ここは鮫川組長が二つ頂くのはどうです?」
話を振られ、伊賀は何気なく。そして、当然の如く。この鵜飼組のトップを務める鮫川が食べるように促すのであった。これに異論はないし、伊賀自身は
『間食は健康に響きますし、ウエストが気になってます。スーツもきつくなったような』
お腹に手を当てながら、鮫川に譲るのであった。
「ワシか。確かに納得できるがのぅ、血糖値を上げて殺す気か?」
「私、そこまでの事を言ってませんが?」
「冗談じゃわい。じゃが、ワシはケーキが嫌いじゃ」
鮫川はその振りに納得しながら、サラリと流す。その理由に
『健康が何よりも大事じゃから。ケーキで血糖値を上げる気がない』
言葉通り、正直なことを思っていた鮫川。老年となっても、その生きるしぶとさは日常から培われている。
「天草は?」
「俺、ケーキは好きだが」
じゃあ、テメェが食えよって3人は思ったが、
「明日、人間ドッグに行くからな。食べたらさすがにマズイじゃねぇか!」
こいつあんまり頭が良くねぇくせに、一番食えない理由を持ってるのかよ!!
ちなみに今、鵜飼組は構成員などの健康診断をやっている最中でもあった。光一、鮫川、伊賀は終わらせており、天草は明日受診する予定であった。ケーキを食べると、血糖値や体重なども上がって、お医者さんから指摘をされる。
「ちょっと待て、光一は食わないのか?」
「あ?」
「さっきから人に勧めてばかりですよ、嫌いだったんですか」
いや、そんなわけねぇけど、虫歯だしな。歯の痛みを感じて食っても旨くねぇじゃん。
「いやいや。そもそも、考えてみろ!なんで、テーブルにケーキが置かれてる?置いた奴、誰?」
「うむ。確かにのぅ」
っていうか、仲が悪いのが揃って同じテーブルの椅子に座る事すら不思議だ。奇妙な偶然だ。
「俺がこの2つのケーキを大野鳥からもらったぞ。労いだってよ」
「天草さん、健康診断あるのになんでケーキをもらうんですか!?」
「買い過ぎたとかで二つ渡された。俺、人間ドッグあるの忘れててよー」
ふざけんなよ、天草!つーか、この皿とスプーンまで用意したのお前かよ!ホントの直前で思い出したのかよ!?
「だったら、天草が責任持って食え。俺、席を外すわ」
「待てよ、光一。俺も困ってるんだぞ」
「なんだよ!」
「ケーキを冷蔵庫に入れたら誰かに食われるかもしれねぇじゃん」
少なくとも、この3人が食う事はねぇよ!
「な、なるほどのぅ。じゃったら、ラップして名刺を張り付けておけ。さすれば、食われんじゃろう」
「それでも鮮度も悪くなるし、誰かが食べてくれるのがいいけどな」
「では、大野鳥さん達に食べてもらえばいいですね」
「大野鳥は俺達の部下なわけだし、労いって事だろう。俺以外で食べてくれよ」
天草テメェ、空気読め。お前以外、ケーキを食う奴がいねぇんだよ。
気まずい空気。ケーキを争奪する話ではなく、ケーキを誰が食うかの話。光一は一番に殺気立って、両手をグーパーし始めた。力技をすると、鮫川にも、伊賀にも悟れた。しかしながら、
「食べ物如きで騒ぐとはのぅ」
鮫川が最も平和的に、そして、惨くアッサリと結末を見せる。
「まだ貴様等はガキじゃい」
片手でテーブルをひっくり返し、皿に乗ったケーキを床に落としてみせた。皿は割れると危険なため、光一が床に落ちる前に、二つそれぞれを掴んでいた。
「あー、いいのかよ?」
天草はスプーンを2つ掴んでいた。お前、一番どーでもいい物を掴んでいるんじゃねぇよ。
「仕方ないのぅ、大野鳥にはケーキを落としてしまったと言ってくれ」
「ありがとうございます、鮫川組長」
伊賀は鮫川に一礼。頭を下げた時、見えたケーキのクリームの中から見える赤い粒
「おや?」
それは唐辛子のように赤い。もしやと思った。
食べたくない理由は色々とあったわけと、自分で納得してしまった。
◇ ◇
「刺激MAXの激辛ケーキを天草さんや光一さんが食べたらどうなるかな?」
「激しい怒りで襲い掛かってくる気がする」
悪戯好きな10人の大野鳥夜枝達が、10人分のケーキを円卓テーブル上で食べていた。その1人の大野鳥が口を抑えながら、水を要求する
「み、水~~」
「やっぱり、一つにして正解だったね」