追想 中
キィィィ!!ギィィ!!
「即座に対応するとはね。驚いたよ」
(普通に話せる辺り、もう傷が治っているのか。それとも薬指と小指が時雨にしっかり治してもらえて無い分、殺すには自分の力が足りなかったか?)
思考を張り巡らしながらも鍔迫り合いは続く。
「じゃあ、僕も本気を出そうかな?」
「まだ本気じゃなかったって言いたいのか?」
「そう言ったところだね」
(更に強くなるのか?嘘だ……ろ?なら最初からやるべきだ。だ、だがもし本当ならばどう対応する!!)
破宮は剣を造り出して止めようとした。しかし、それは間に合わなかった。
「『同化』」
力の成長への呪文は簡単に、そして短絡的に告げられる。
それと同時に造り出した剣は全て吹き飛ばされる。
「惜しかったね」
破宮はさらに集中する。そして剣を造り出す準備を完了させた。
「短期決戦と行こうね」
(目的は一緒じゃないか。ここで終わらせればいいんだ。落ち着け。焦るな!!)
構えると同時に剣が振り落とされる。
(早い)
破宮は鉄の盾を大きく造り出し、それを蹴り飛ばして後ろへ飛ぶ。
(距離を取ろう。まだ見慣れてな……え?)
それは理解不能としか言えなかった。対策を練る為に後ろに下がった破宮の前に望は立っている。
「え?」
それが生き残るための思考を完全に停止させた。
「あれじゃ、時間稼ぎにはならなかったみたいだね」
望は剣を真下に振り落とす。生きたいという渇望だけで、それを寸での所で受け止める。
ギィィォリリィォォィ!!
「はぁぁぁぁ!!」
思考を捨てて本能だけに身を任せた破宮は、叫び声と共に蹴りを右から入れる。
これならばさっきまでとは全く変わらない。だが今は違う。蹴りを受けても望は、そんなものをもろともせずに立っていた。
「はっ?」
「お疲れ様」
たった一言だけ告げ、望は剣から左手を離す。そして破宮の頭を掴もうとした。
「終わらせない!!」
蹴りで体勢を崩していたことが功を奏して、間一髪で魔の手を避けた。そして鍔迫り合いによる抵抗を捨て、破壊した鎧の隙間に手を突っ込んだ。
むにゅぅ
変な感触がする。だがそれを気にしている暇さえ与えられてない。
(イチかバチかだ!触れた部分から剣を造り出し、中で吹っ飛ばす!)
「はれ……がっ?!」
その攻撃は全く見えなかった。
「う……そ?だろ?」
望の身体ごと破裂させようとしていた手は腕ごと斬り落とされ、鎧に挟まっている。
「動かないでね」
望は遂に動きが止まった破宮の頭を地面に強く叩きつける。
「がっ……はっ!」
その衝撃を流すべく転げようとする。それを許す望ではない。更に強く頭を握る。
そしてすかさず倒れた破宮の足に剣を突き刺した。
「ぐっ!!」
痛みが襲い、顔が歪む。望はそれを見て、笑いながらさらに剣を抜き差しした。
「うっ……あっ!」
(なんだよこれ??こいつに勝てない。無理だ。無理。俺の力じゃ勝てないのか?今まで勝てただろ?いや、これまでの奴とは違う。どういう事だ??)
視界は滲む。泣いて、涙を流しているわけではないのに。
受け入れられない現実に絶望して。
「ぁぁぁ……」
その瞬間、破宮の中で何かが蓋から開き始める。
耳元で響き渡る怨嗟の声。目の前に広がる憎悪の塊。心を握りつぶす渇望。
「さぁ、一度眠ろう。そうして君は僕らの手中へ」
(手中?離れる?俺は……あいつらの元を離れるわけにはいかないんだ!)
もう一つの呪縛が破宮を引き戻す。
(立ち上がれ!!)
破宮は足に剣が突き刺さっている事さえも気にせずに立ち上がり、望に向かって飛びかかろうとした。しかし、立ち上がろうと上半身を起こした時点で鳩尾に蹴りを入れられて転がる。その際に足は勢いに乗り、剣によって斬り裂かれた。
「がぁ!!」
(まだだ!まだ終われない!!この名の意味を忘れるな!!!)
「いい加減してよ」
「まだだ……」
それは呪いのように破宮を動かす。
「まだだ……」
「うるさい!!」
それを不快に感じた望は、破宮の首を跳ね飛ばそうと剣を振り抜いた。
「させない!」
キィィイィィイィ!!
「おい!!やめろ!時雨ッ!!!!!」
時雨は破宮を押し飛ばして間に割り込み、望の剣を受け止めた。
「言ったでしょ?護ってあげるって」
「アレ?君は一度」
「やっぱりね。あのね破宮、私が吸血鬼になる原因となったのはこいつよ」
「そう、僕が殺した筈だったんだけどね」
「でも、何故か私は吸血鬼になった」
「そうなんだ。じゃあ、死になよ。楽にしてあげるから」
「今のうちに破宮は……」
その言葉は言い切れない。望の猛攻が始まったのだ。
「はっ……!!」
キィッ!ギィン!ギィッ!キィィ!
(ぶつかるたびに飛ばされているのに……なんで無理をするんだよ。なんで、なんで俺は今ここで地面に倒れて、これを見ているんだ?こだわりは?誇りは?)
それだけで視界は晴れる。だが、心はさらに滲む。
破宮を絶望が包む。それは先程よりも暗く、深い闇。誰の声も聞こえない。しかし前だけは見れる。時雨が苦しむ姿だけは。
目の前に広がる光景は自分を責め立てるだけ。
(あの時も俺は殺されるのを見守っていた)
慈飛との戦いが思い出される。
(今回も無力か?おい?おい?おい?!!!俺は戦えないのか?「弱いから守れない」それでいいのか?!)
爆発する。そして遂に開く。
先程は邪魔されて中断された蓋の開封が。
塞いで止めていた絶望が、脳を、そして身体を満たしていく。
「行けッ!!!」
吹き飛ばされながらも振り落とされた一撃を避け、時雨は望に一撃を食らわせる。
「肉を切らせて骨を断つ、良い言葉だよね」
余裕を見せた笑顔でさらに告げる。
「終わりだね」
時雨の剣を右手でしっかりと掴み、左手で腹の肉を掴めるだけ掴んで抉り取る。
「うぅぅうぅ!!」
望は時雨の前でありながら、抉り取った肉を美味しそうに食事し始めた。
「うん。美味しい。力も湧いてくるよ!もっと頂戴!!」
望は時雨を押し倒して馬乗りになって肉を啄ばみ、肉を口に移動させ続ける。
「時雨!」
破宮は痛む足などは気にせずに立ち上がり、望に斬りかかる。
「もう終わりか。残念」
その姿を見た望は時雨を蹴り飛ばす。
「ちっ!」
破宮は振り落とすのを止め、時雨を受け止める。
「大丈夫か……?」
「大丈夫。ごめんね。弱くて」
「そんな事はないさ。少し痛くなるけど我慢してくれ」
「え?」
「飛ばすぞ。雪風、受け止めてくれ!!」
「え??っきやぁ!!!!」
破宮は時雨を雪風の元へ投げ飛ばした。
「なんで無茶するの?」
投げた距離は二十四メートルくらい。それくらいなら吸血鬼の力は楽々と投げられる。
「俺と望の間には『蜃気楼』を使わなくて良い。陽炎、皆を頼んだ」
「正気か?」
「今、そんなものがあったらさ、あいつを……バラせないんだよ」
破宮のその声は鈍く、低く、重い。全てを支配するかのような声。
嘘でさえ真実になる。黒でさえ白になる。なんな暴力的な支配者の声。それが破宮の口から吐き捨てられた。
「そうか。無理はするな。一人で出来る事は限られているからな」
陽炎はそれを聞き、敢えて受け流して答える。
「ありがとう」
陽炎の言葉。それが死地へ向かう破宮の心と身体に最後の後押しをした。
読んで頂きありがとうございます!
次回で追想終了です!




