三十六話 死界
「五月雨隊の奇襲が成功!水無月達はクラベス隊へ迫っています!」
「……そうか」
良くやった。水無月、五月雨。
「ならば行くとするか。今まで堰き止めていた分の闘志をこれからぶつけるぞ!」
もう存在を隠す必要はない。それを自覚している隊員達は今までは出さないようにしていた大きな声を出した。
「行くぞっ!」
「この戦いを俺らの手で」
「やるぞ!!」
「その調子なら満足だ。柊隊、出撃!!」
「了解っ!!!」
一万五千人を連れた柊は、先頭に立ちながら進んで行った。
「とまっ……びゃっ!」
「盾隊を前に出せ!勢いを止めるんだ!!」
「そんなこと言ったって…」
水無月隊の錯乱で五月雨隊の動きを捕捉できなった事もあり、ブイング隊は混乱をきたしていた。
「隊が分裂されたぞ!!」
そんな隊を分断するのは簡単だった。
「増援が……増援が来てくれたぞ!」
「勝てる!」
これには取り残されていた水無月隊の者達も喜びを隠さずにいた。
しかし五月雨の隊のみは、苦戦を強いられていた。五月雨の隊を迎撃してきたのは目的のブイングだったからだ。
予想通り策を使って来て俺達を翻弄させやがるか…そしてやっと会えたな!ここで殺す…
そんなことを考えながらも五月雨は、目の前から襲いかかる敵の攻撃を愛刀の「滋」で防ぎ、弾き飛ばしていた。
「お前ら!陣形『分断』を止めて、陣形『挟海』に変更だ!!」
だが…今は勝つ為だけに戦う!私怨は後だ。
ブイング隊に襲いかかった三隊に対し、五月雨は命令をした。
「了解!!!」
「挟海」とは、柊が初期の戦争開始時に使われた作戦などをまとめた書物から見つけた陣形である。
分かれてしまった三隊をどこかの地点で合流させることをせず、敢えてさらにその三隊を二隊ずつに分けて六隊にしてから左右に一度に攻め合わせる事で、背中合わせで敵を挟み込んで殺す陣形である。
挟み撃ちにされている事で大幅に下がる敵の士気や、敵が背後にいるという警戒心で相手を攻めにくくなるなどの精神状況を利用したもので、作戦は成功しやすい。
しかし、どこかの隊が一隊でもやられてしまうともう一隊も背後から襲われる事になり、壊滅にも繋がりやすい。
さらにこの際、先頭を切って戦う隊長達は端に位置する事になり、確実に隊長はその場にいない。隊長無しで各々が判断しあい、それを良い方に作用させながら戦える実力が無ければ戦えず、どの隊でも簡単に使えるわけではないという扱いの悪さを持っている。
「殲滅しようとするな!こんな奴らを気にせず、抜け出していった水無月隊を追え!!あっちにはクラベス様達がいるんだぞ!」
実はブイングはこの陣形を昔体験した事があった。
一隊潰せば…一隊潰せば充分だ!!
そのため、その時と同じ対応をすればこの攻撃を抑えることができると過信していた。
「押し返して挟み撃ちしろ!両方から押し付けて動きが遅くなってから首をかっさばけ!それよりも早く追え!!」
そしてブイングはこれだけの人数差を利用すれば跳ね返せると思い、水無月隊を追おうとした。しかしこれは致命的なミスになった。
今回五月雨隊はこの陣形を改善していた。壊滅に繋がる危険性を減らせる為に敵を皆殺しにするのではなく、ある一点に退路を作り出し、そこを攻めることで開いた空間を流れ出るように指示を出しているのである。
そのため五月雨隊は幅広く戦う事なく、八百人以上がいる一隊を一点集中で戦うことができる。
「なんだっー!」
「ギヤァーー!!!!」
「避けろ!こんなの無理だ!」
「敵前と…うびょっ!」
一点に集中した分、通常の勢いが圧縮され、弾丸のような勢いがブイング隊の隊員達を襲い、蹴散らした。
「なにがっ?!」
勢い良く空中に飛ばされた者は叫び、そのまま地に叩きつけられ、多数の馬の脚、人の足に踏み潰されて、全身の骨が砕け、血や内臓が飛び散っていた。
沢山の血飛沫が目の前で飛び散る姿を見て戦意を保てる者はいず、ただ殺させれるのを待つかのように武器を手から落とし立ち尽くすか、その場から必死に逃げる姿しか見れなかった。
そしてそのまま突破した隊は、背後から敵を斬りつけていった。
「ヤメデェェェっぎなあっ!」
「あじゃぁううえーー」
その結果、戦死者を減らす事と退避への時間を減らす事に成功していた。
「このクソ野郎共が!!」
ブイングは自分が完全に策に嵌められ、窮地に追いやられている事に激怒し、「這蛇」の範囲をさらに拡大し、五月雨の隊の隊員を捉えた。
「ガフッ…ゴフッ…」
「苦しいよな…呼吸できないもんな。助けて欲しいよな。誰か助けてやれよ」
叫び声に返答は無く、虚しく響いた。
「……」
「は?」
なんだっ?!こいつら!!救おうとしないだと…これじゃっ!
ブイングが生まれてから考えを持ち続けていた人間理論と今までの経験での人間の行動が、目の前の隊とは一致しなかった。
彼らは死ぬ覚悟も見捨てる覚悟もしっかりとできていた。そのため苦しむ隊員を誰一人、救う事も庇う事もせず、淡々とブイング隊の隊員を殺し、突破していった。
な、何故だ?!何故こいつらは仲間を救おうとしない!これじゃあ飲み込めない……逃げられる!水無月隊を追ったのも…!
「分からないだろうな」
「あ?」
「あいつらの思いなどは」
「誰かと思えば…」
「お前には一生分からなくて良い話だ」
「その声は……一番!お前まだ生きていたのかっ!」
「あぁ……惨めな気持ちで生きて来たよ」
「そうか…お前は変わらず負け犬でいろ!」
叫ぶと同時にブイングは、背後に振り向く動作と矛を横に振る動作を一度に行った。
死ね、一番。生き残れた偶然をここで散らせ。
しかしそこにいたのは隊員で、ブイングは隊員の耳から上を吹き飛ばしてしまった。
「たい……ひょっ!」
どういうことだ?俺に話しかけた際は裏にいたんだ
「答えろ!!答えろよ一番!!!!」
その言葉に反応する者はいなかった。
五月雨は突破する兵の波には参加せず、端からそのまま真っ直ぐに突き進んでいた。そして端にいる状況も分からない者達を斬り飛ばし、残っていた水無月隊の隊員を一花隊と共に救出していた。
「一花、お前も良くやった。そうなると綾波は…」
「えぇ、死にました。……なんで…あんな事を。あんな状況じゃ見捨てるしかっ!隊員をただの駒にするなんて許せるわけがない!ぐぅ…うっ…本当は救いたかった……なんでっ…」
一花は一時的な安息を迎えた今、死の危機で誤魔化していた哀しみが溢れ出し、涙が止まらなくなっていた。
「いつもそんな事の繰り返しさ。だから俺達がその分も戦わないと…この手から武器を握れなくなるまで」
「………はい」
五月雨は一花の元から離れた。
あいつの事を煽って逆上させるのには成功したな…
「ありがとな」
「いえ、大丈夫ですよ。逆に救援ありがとうございます」
「能力を使ったのはキツかったか?」
「いえ!大丈夫です!」
「二人でやりましたから!!」
ブイングに五月雨の声を届けていたのは、水無月隊にいた音への「干渉」ができる能力者の二人だった。
「二人は双子か?」
「はい!」
「そうか…おい!誰かこの二人を作戦司令部に連れてけ!」
「そんな!僕達なんて……」
「良いんだ。お前達二人のおかげで多くの命が守れたんだ」
二人は照れていた。
「全隊抜け出ました!!!」
「良くやった!」
次の一手は……
「戦死者は?!」
ブイングは周りに怒鳴り散らかしていた。
「分かりません!ですがそこまでは死んでいないと思います」
「負傷者が多数です。死者は少ないものの……戦闘不能者が多いです!!」
「何が作戦だ……無謀に暴れて戦況を引っ掻き回しただけじゃないか」
隊員達は恐怖から逃げる為、この場所から逃げ出しそうになっていた。
「包囲されているわけじゃない!ただ少ない隊を二つに分けて、二方面へ配置しただけだ!ここからは数の暴力だ……あのゴミ共を嬲り殺しにするぞ!」
ブイングはそれを止め、奮起させ、五月雨隊へ迎撃態勢を整えた。
「さぁ、殺しを楽しもう。虐殺のパレードだ!」
「なぁ、破宮!もう出てきて良いだろ!」
“完全に考えを読まれていたな”
本当にあの人達は何者だよ……
“行くのか?”
勿論だ!
空中に鉄の盾を間隔を置きながら造り出し、簡易的な階段を作った。
そしてそれを躊躇いもせずに破宮は踏み飛ばし、駆け上がった。
“どこまで行く気だ?”
ブイング隊の真ん中までだ!
「う、上から!!」
ブイング隊は混乱を起こしていた。
「アレは……一体?!」
破宮と言われる青年か……ならば吸血鬼か!!
ブイングは破宮の事を冷静に分析していた。しかしその事に集中しすぎて上からの出来事には気づけなかった。
破宮が階段として使った鉄の盾が、下にいたブイング隊の元へ落ち、隊員が頭からプレス機を利用したかのように綺麗に潰され始めたのだ。
「なっ!!」
潰された身は骨の原型も残らず砕け、そのまま肉と共に血を巻き散らしながらペッちゃんこになっていった。
「う、上だ!!避けろ!!」
「無理言うな!!押すな!!隊形が崩れる!!」
やられた……これがあいつの作戦か。駄目だ、このままじゃ全滅する。
ブイングのみが冷静さを保ち、生き残る為の一手を探していた。
これしかないか……
その瞬間、「這蛇」がブイングの周りを囲んだ。
“考えたな"
上手く行ってよかったよ……後二段!
破宮は残りの二段を踏み飛ばした。
“この後どうするつもりだ?”
下に落ちるんだよ。
“おい、それだとお前も…”
構わないさ。ブイングを殺しに行くんだ!
「希望、絶望。歓喜、悲哀。支配、喪失。欲望渦巻き、敗れる世界の中。理想に生き、破れ散り逝ったものよ」
「能力者だ!」
一人の隊員が破宮の周りを火で包もうとした。
「拒絶された思い。我の手で放たれよ!!」
しかしそれは、破宮の叫びと共に降り出した剣の雨に掻き消され、空中に消えた。
そして降り注ぐ雨は、等しくブイング隊の隊員の命を刈り取る為に近づいていった。
現状報告
柊隊 死者数 約八百六十人 備考 綾波千人将死亡
クラベス隊 死者数 約千三百五十人 投降者 約六百人
読んで頂きありがとうございます!
今回の話では今までどこにいたの?的な柊隊が動き、主人公の座は渡せないという意地がある破宮がほんの少しだけスポットが当たりました。
次回、遂に主人公が活躍します!
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