三十四話 露見
あいつ!死ぬ気か…止まれよ!!仲間も着いてきていないのに!!そんなんじゃ捕まって!!
“隊長の器では無かったな。あんなになってしまったら死ぬしかない”
そんな…俺の中であいつはあんなに憎かったけど…死ぬ姿を見るのは切ない。あんな奴でもな…
“助けたいのか?”
本当は助けたいさ…でももしブイングが俺の能力を知っていたら俺がどこかに隠れていることがバレて、確実に警戒される。
“それは悔しいな。まぁ、因果応報ってところかな…”
あぁ、なんであいつなんかを見て自分の無力さを感じなきゃいけないんだ。
「殺せぇ!!!」
綾波は水無月や一花の予想通り、ブイングの策に嵌ってしまい、動きを止められかけていた。
「何で進めないんだ!!こいつらさっきの突入時より強くなっている…」
「強くなっているだってよ!ガハハハッ」
「強くなっているんじゃなくて、俺達が最初から強いんだよ!」
「そりゃあそうだ!隊長の周りを囲むのは熟練兵に決まっているだろ」
こんなところで止まっていたら届かない!!
実はこの時、綾波の動きが止まりかかっているのは、ブイング隊の配置ともう一つの理由があった。それは隊員が後ろに付いてきていない事だ。
水無月や五月雨、柊が強いのは、後ろに付いてくる隊員達の数と、その隊員達の闘志などを背にして先頭を切って戦う事で、相手の精神面に恐怖を浮かべさせ、自分たちの士気を上げ、敵の士気を下げる事で突破力を身に着けているからだ。
しかし今の綾波は単騎。綾波程度の実力と経験では、一人で百人以上を蹴散らしこの人の海を突破して、ブイングを討ち取ることなどは到底不可能なことなのだ。
隊員がいてこその戦いだというのにそれにも気づく事が出来ない綾波は、未だなお一人でもこの状況を変える事ができると誤解して進んでいた。
「邪魔だっ!どけ!!!」
綾波の進撃の勢いは完全にブイング隊の隊員達によって止められていた。そうなれば馬はもう役には立たない。
それどころか前へ進もうと必死になった為、下への注意が疎かになる自分を不利な状況へ陥れてしまった。
「ビヒィィイン」
なっ…?
馬が異常なまでの叫び声を上げ、左に倒れ始めた。
「どういうことだ!!」
そこで初めて綾波は、視界を前だけでなく後ろや横へ向けた。
「あぁ!!!」
綾波が見た光景はただただ恐怖しか生み出さなかった。
分かったことは一つ。さっきの馬の悲鳴は歩兵の一人が振るった斧が馬の脚を砕いた事で起こったものだということだけだった。
馬の脚を砕き、自分へ斧を当てようとしてきた事に驚いた綾波はもう包囲されているというのに周りを気にせず、矛を頭に叩きつけて歩兵の頭を叩き割った。
「あがぁあああ」
その際に矛を下半身の近くまで振り落としてしまった。
早く抜かないと次の…え?なんで抜けないんだ!
綾波は恐怖や焦りを自覚していなかったものの感じていて、手に力が入らず、矛が身体から引き抜くことができなかった。
「アハハアッハハ」
そして手こずっている綾波を他の者が優しく待ってくれるわけもなく、多数の手に鎧を掴まれながら馬上から引きずり落とされ、地面に叩きつけられた。
「痛ッ!!!」
なんでだ!さっきまで俺はここを余裕で進んでいたというのに…どうしてこんなに!!あぁぁあ!!!!そうだ!全部あいつらのせいだ!!俺の指揮通り動いていればこんなことにはならなかった!!
「助けろ!!おい、一花ぁ!!拾ってやった恩を仇で返すのかっ!俺のおかげでこの場で活躍できているのに!!ねぇ水無月五千人将!見捨てるんですか!仲間ですよ!それも隊長の俺を?他の奴らよりも命の価値が重い俺を!!」
「最後の言葉はそれで良いか?」
自分の弱さを露見させていく綾波の横には、ブイングが馬上から見下ろしていた。
いつからそこに…
生き残ろうと必死になっていた綾波は、自分を窮地に追いやってまでも殺そうとしたブイングが隣にわざわざ来たことにさえ気づけなかった。
「惨めだな。死ね」
ブイングは剣を振り上げた。
「嫌だ!!死にたく無い!!死にたく無い!助けて!誰か助けてよ!!!ゴホッ!ゴホッ…」
俺は綾波一族の長男だぞ!柊将軍と同じ立場でこれから活躍して…お前らよりも偉いんだぞ!!それなのに!!
惨めな姿を露見し続ける綾波を見て、ブイングは振り上げた剣を振り下ろし、綾波の命を刈り取ることを止め、鞘に収めた。
「おい~!誰か戦果挙げたいやついるか?一応こいつも千人将っぽいからな。こいつを討てばある程度は報酬が貰えるぞ」
「じゃあ俺が!!」
「いや、俺だ!!」
「ふざけるなぁ!俺がこいつを引きずり落としたんだぞ」
隊員達は皆手柄を挙げようと必死になっていた。
俺はあんな姿だったのか?いや、俺はあんな姿じゃ無い!俺は家族に…父さんや母さんに認めてもらう為に必死に戦う事を選んで辛い思いをしながら戦果を挙げようとしたんだ。なのになんで殺されなきゃいけない?!おかしいだろ。早く助けてくれよ!
死を覚悟して戦っている者達の中で浮いた存在である綾波は、呼吸が上手く出来ず声が出ない分、自分の心の中で悲痛な叫び声を上げた。
「分かった、分かった。お前らこいつを囲め」
「どういう事ですか?」
「一斉に斬っちまって皆で戦果挙げたことにしてしまおう」
「確かにそれは良い案で!」
「隊長は良いんですか?」
「こんな小者を斬るくらいなら戦果なんていらないな」
「アハハ!」
「どいつもこいつも俺を……小馬鹿にしやがって!!あぁぁぁー!!!!」
俺だって、俺だって!!
綾波は立ち上がりブイングへ斬りかかった。
「俺一人だってこの戦況を変えられるんだ!!!」
「たいち…」
「大丈夫だ」
なんだこれは!!!俺の手にっ!!
斬りかかった綾波の両腕には、縛り付けるように「這蛇」が巻きついていた。
「それに捕まったら最後だ」
なんだこれ?!!締まる!!腕が千切れるっ!あぁぁ!!!
「あァォッッッツ!痛いよ!!痛いイィィ!!」
「お前らいいぞ!俺が殺り易いように固定した。存分にやれ」
「「了解!!」」
「やめろっ!!やめろよぉー!お前らみたいな汚らわしい……」
「うるせぇな!」
ゴキィンッッツ!!
その瞬間、「流蛇」の縛りがキツくなり、綾波の両腕がへし折れた。
「アァァァぁぁぁあ!!」
「えげつない人だよ…ブイングさんは」
「骨が折れた音がここまで聞こえるなんて…敵じゃなくてよかったな」
「それよりもお前らは良いのか?」
「待て!俺も!!」
もう……やめて…くれ。誰かたす……けて。父さん…母さん…俺はあんたらに認めてもらうためにここまで来たんだよ!!なんで俺がこんな苦しい思いをするんだよ…!!
「助けて!!誰でもいいからァアアアアア!!」
その時、綾波の前が光った。
誰か助けに来てくれたのか?
それが自分の頭を叩き割る為に振り上げられた剣とも知らず、綾波は上を向いた。
「いやだよ…俺はこんな思いしたくない!終わりたくない!!」
最後の最期まで彼は心の弱さを戦場に露見させていた。
「いやだ!!」
その瞬間、綾波を縛っていた「這蛇」が消えた。
「ッアアアアア!!!」
綾波は必死の抵抗として、剣を足に突き刺した。勿論折れた腕のせいで力はほぼ入っていなかった。
「ぐっ!!」
ずちゃんっ!!ヌチャンンン!!
綾波の攻撃で手元が狂った隊員の攻撃は、頭を捕らえることは成功した。しかし綺麗に真っ二つに割ることには失敗してしまった。
「あぁぁあぁあぁ…」
「脳味噌が零れちまったじゃねぇか!下手くそ!!」
「こいつが動くのが悪いんだ!」
「それくらい考えてやれよ…」
「脳味噌と血が混ざって気持ち悪いじやねぇか」
「すまんな、殺しやすいように『這蛇』から話したんだが動いちまったみたいだな」
「まぁ、もう考えることもできませんよ…よしやるぞ」
「三、二…」
「いた………い…や…でゃぁ…」
「一!!」
「「ゼロォォォォオ!!」」
もう動けない綾波を三十人以上の剣や矛、斧が綾波を貫いた。
沢山の血飛沫が空に、地面に、隊員に降り注ぎ、綾波は地獄の苦痛に襲われながら死んだ。
現状報告
柊隊 死者数 約百八十人 備考 綾波千人将死亡
クラベス隊 死者数 約三百九十人 投降者 約六百人
読んでいただきありがとうございます!!
今話で遂に綾波が死んでしまいました。
三章を書く上で噛ませとして出すつもりで書いていましたが、やはり彼が死ぬと考えると少し気分が沈みます…
感想、質問、誤字脱字などの指摘をお待ちしています!!
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